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2004年2月の記事

2004.02.29

ブルターニュってどこにあるの?

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  ちょっと地理の復習をしてみましょう。下がフランスの地図です。そして地図で赤くなっている所がBretagne ブルターニュです。フランス西部に位置します。「もちろんわかっている」という方もいらっしゃるでしょうが、知らなくても当然です。では質問です。Rennes レンヌはどこにあるでしょうか。

  見つかりましたか。レンヌはブルターニュの中では東のほうにあります。パリからTGV(高速列車・フランスの新幹線)で約2時間でレンヌに到着します。ここに私は住んでいます。これからよく出てくる地名ですから、覚えておいてくださいね。

  ブルターニュ全体の人口は290万人ですが、年間1000万人(フランス人800万人、外国人200万人)の観光客が訪れます。美しい海と温暖な気候を求めてやってくるのです。海の幸、特に生牡蠣を食べるのが目的のひとつです。ブルターニュってどんなところか、イメージしていただけましたか。

  これからブルターニュの歴史や文化をすこしずつ紹介してゆきます。気長におつきあいくださいね。


    < 関連エントリー >

  ブルターニュ情報は以下のリンクにまとめてありますが、量が多いので読むのには時間がかかります。時間のあるときに読んでください。新しい情報はBretagne 情報2にあります。

  Bretagne 情報 2
  Bretagne 情報 1
  Gare Monparnasse モンパルナス駅からブルターニュ行きの列車に乗車します。
  

    参考資料

   フランス政府観光局 ブルターニュの説明(日本語)

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雪景色

ブルターニュはフランス西部にあり、レンヌはパリからTGVで約2時間で到着します。気候は冬は温暖で夏は涼しいと言われています。今年の冬は暖冬で1月後半から2月上旬まで最高気温15度前後の暖かな日が続いていました。案外桜の木が植えられているのですが、すでに花盛りです。例年より1ヶ月は早いそうです。このまま春になるのかしらとひそかに期待していたのですが、2月中旬から、寒さが戻ってきました。

27日朝、雪が積もったのです。昼すぎにはだいたい解けましたが、28日朝も雪景色でした。昨年の年頭はとても寒く、最高気温が0度をきる日が続いたのですが、雪はふりませんでした。2、3年前に一度だけ積もったことがあるのですが、みんな喜んで写真を撮っていました。それほど珍しいのです。私は寒いのが苦手なので帽子と手袋はかかせません。完全防備したつもりでも足元から冷え込んできます。

今こちらは28日午後4時すぎですが、また粉雪が舞い始めました。春はもう少し先のようです。文化財修復その2の寄稿がおくれていて申し訳ありません。数日前から、アクセスカウンターをつけてみようといろいろやっているのですが、どうしてもトップページに貼り付けられないのです。一度もパソコンを習ったことがなく自己流でやっているものですから、信じられないようなことが起きます。変更途中でアクセスいただいた方は、びっくりされたかもしれません。もう少しすれば、定期的にアップできると思いますので、数日間お待ちください。

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2004.02.23

豊かな森フォンテンヌブロー 伝統の狩り

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フォンテンヌブローの森はパリ郊外にあります。2万5000ヘクタールの広さはフランス国内でも第2番目です。フランス人の友人が狩りに行くと言うので一緒に出かけました。森の中には16世紀にフランソワ1世が改築した美しい宮殿がありますが、私たちが行ったのは森の真ん中の待ち合わせ場所です。

気温は3度、あいにくの雨でしたが、そこには深緑の狩りの正装をした人たちが集まっていて、挨拶を交わしていました。友人がみんなに紹介してくれました。幾人かのブルトン人(ブルターニュに暮らすケルトの末裔)もいて、しばしブルターニュのことで話が盛り上がりました。フォンテンヌブロー宮殿や近くのバルビゾン村はたくさんの日本人が訪れるのですが、狩りは観光用に公開されていませんし、深い森の中は一般車両通行禁止ですから、さすがに日本人はいませんでした。

猟犬がはなたれ、馬に乗った狩人たちがあらかじめ打ち合わせした方向にそれぞれ進みます。この狩りは獲物を猟犬によって追い詰めるもので、銃は用いません。私は四輪駆動のジープに乗せてもらい出発しました。あらかじめ森の奥に先回りして、猟犬の来るのを待つのです。車止めに使用されている木製の柵の鍵を開け、獣道を抜けてゆきます。木の枝が車体をかすめようと、道がぬかるんでいようとおかまいなしに疾走します。パリダカールラリーを思わせる荒々しい運転です。ところどころでエンジンを切り、かすかに聞こえる猟犬の声を手がかりに、方向を決めるのです。馬車や自転車で追走する人たちもいます。

落ち葉がかさかさ音を立てるだけで、苔むす大木が立ち並ぶ森の中は静寂に満ちています。1時間ほどたった頃、大きな角を持ったりっぱな鹿がすぐ側を横切りました。合図の角笛がこだまします。猟犬が鹿を追って森を駆け抜けました。それから約5時間、森の中をゆきつ戻りつ、奔走したのですが、何しろ起伏のある森ですから、猟犬の姿を確認できたのは3回だけでした。それでも他の野生の鹿を何頭も見かけました。狩りは日没前に終わりです。この日は鹿を見失って収穫なしに終わりました。

馬から下りた人たちと持ち寄ったパン、チーズ、パテなどを食べ、パリに戻りました。きらびやかな光の都のすぐ側に広大な森があるのです。狩りには女性も参加していました。「森の中を馬で走るのが好きだから、ほとんど毎週、雨でも来るのよ」と言います。四季それぞれに異なる美しさがありますから、新緑のころもう一度森に行ってみたいものです。

  参考資料

国立民族学博物館:ビデオテーク・プログラムフランスの鹿狩り 伝統的追走狩猟
内容についてはラブリー写字室の写字生の日記に書かれています。

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2004.02.15

81億円の文化財修復 その1

parlement.jpgどんなに大切にしても、形あるものはいつか滅び、土に返る。貴重な文化遺産の保存や修復には莫大な費用と職人の技が必要である。

レンヌには「ブルターニュの宝」と呼ばれるle palais du Parlement de Bretagne(旧高等法院)がある。建築家はGermain Gaultierジェルマン・ゴルティエとSalomon de Brosseサロモン・ドゥ・ブロス。17世紀半ばに完成した調和のとれた美しい建物である。写真をクリックすると細部までご覧いただけるだろう。

ちょうど10年前、1994年2月4日の深夜、建物は炎に包まれた。冬に吹く風が火の勢いを強める結果となり、150人の消防士による懸命の消火作業が続いた。明け方になるとニュースを知ってフランス中から人々が駆けつけてきた。固唾を呑んで作業を見守る人々の祈りもむなしく、大屋根が焼け落ちた。こらえきれない涙がみなの頬をつたう。「ブルターニュの象徴」が消え去ろうとしているのだから。

すべてが焼失したわけではないが、建物すべてが1メートル80センチの高さまで水につかったので、想像以上に損傷はひどかった。焼け焦げ、すすにまみれた書物や、格天井を飾っていた絵画が切断され窓から運び出される。

火災の翌日、首相と文化大臣が「すべて元のように修復する」と宣言した。ここ30年間でもっとも大掛かりで困難な修復がはじまろうとしていた。

以下その2に続く。


補足説明

旧高等法院はフランス語でParlement(パルルマン)と言います。ブルターニュ西部で話されていたケルト起源の言葉をフランス語でBreton(ブルトン)と言います。これまで日本語訳ではブルトン語と訳されてきましたが、最近はブレイス語と呼ぶようになってきました。ケルト学会でもブレイス語と表記しています。

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2004.02.13

ブルターニュから愛をこめて

bretagneb

bretagnea.jpg

バレンタインデーに「うるわしのブルターニュ」第1回目の記事をお届けします。フランス語ではSt Valentin(サン・ヴァランタン)の日です。起源についてはいつくかの説がありますが、殉職した幾人かの同じ名前の聖人伝説が混じりあい生まれたお話と考えられています。

一般的に、男性から女性に花束や香水などをおくるようです。女性がプレゼントをすることもあるようですが、特に決まった品物を選ぶことはありません。

写真はフランスで発売された2004年のバレンタイン切手2種類です。毎年デザインが変わりますが、今年はシャネルが担当しました。0.5ユーロの切手には香水が、0.75ユーロの切手にはパリのエッフェルの前に立つ女性が描かれています。

13日のテレビニュースで「日本では女性が同僚の男性にチョコレートを配る風習があるが、禁止している会社もある」と紹介していました。ニュースを紹介したアナウンサーはうらやましそうでしたが・・・

読んでくださった皆様方にチョコレートをおくるのは無理ですが、ハートの切手と共に、こころからの愛と感謝をお受け取りください。

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