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2004.02.15

81億円の文化財修復 その1

parlement.jpgどんなに大切にしても、形あるものはいつか滅び、土に返る。貴重な文化遺産の保存や修復には莫大な費用と職人の技が必要である。

レンヌには「ブルターニュの宝」と呼ばれるle palais du Parlement de Bretagne(旧高等法院)がある。建築家はGermain Gaultierジェルマン・ゴルティエとSalomon de Brosseサロモン・ドゥ・ブロス。17世紀半ばに完成した調和のとれた美しい建物である。写真をクリックすると細部までご覧いただけるだろう。

ちょうど10年前、1994年2月4日の深夜、建物は炎に包まれた。冬に吹く風が火の勢いを強める結果となり、150人の消防士による懸命の消火作業が続いた。明け方になるとニュースを知ってフランス中から人々が駆けつけてきた。固唾を呑んで作業を見守る人々の祈りもむなしく、大屋根が焼け落ちた。こらえきれない涙がみなの頬をつたう。「ブルターニュの象徴」が消え去ろうとしているのだから。

すべてが焼失したわけではないが、建物すべてが1メートル80センチの高さまで水につかったので、想像以上に損傷はひどかった。焼け焦げ、すすにまみれた書物や、格天井を飾っていた絵画が切断され窓から運び出される。

火災の翌日、首相と文化大臣が「すべて元のように修復する」と宣言した。ここ30年間でもっとも大掛かりで困難な修復がはじまろうとしていた。

以下その2に続く。


補足説明

旧高等法院はフランス語でParlement(パルルマン)と言います。ブルターニュ西部で話されていたケルト起源の言葉をフランス語でBreton(ブルトン)と言います。これまで日本語訳ではブルトン語と訳されてきましたが、最近はブレイス語と呼ぶようになってきました。ケルト学会でもブレイス語と表記しています。

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コメント

こんばんは、
この事件は、日本の新聞にも載りました。
私は、まだごく若かったし、あまりブルターニュには興味がなかったので、あの有名な建物が焼けてしまったぐらいにしか感じませんでした。近くに住んでいた知り合いから事件のありさまを聞いて、地元の人たちのショックが想像できました。それからは、哀れにも焼けてしまった旧高等法院の前を通るたびに、一体いつになったら修復されるんだろうと、思っていました。
何年か前の再オープンの日は、アラン・スティヴェルも来るということで、すごい熱気でした。
彼は、この事件のことを歌ってますよね、
歌詞は仏語ではないのでわからないけど、私の好きな歌の1つです。

投稿: がぶりえる | 2004.03.01 21:08

コメントありがとう。彼のCDは1枚だけ持っていますが「Parlementの歌」はまだ聞いたことがありません。
聞いてみたいので題名も教えてくれませんか。あつかましいお願いで、ごめんなさいね。

投稿: 市絛 三紗 | 2004.03.01 21:53

95年にでた、CD"Brian Boru"の中の"Parlamant Lament"です。歌詞はブレイズ語なので、おまかせします。私はちょっとの単語しかわかりませんが、曲の雰囲気でなんだか想像できたりして…


投稿: がぶりえる | 2004.03.02 21:07

貴重な情報ありがとうございます。聞いてみます。

補足説明
旧高等法院はフランス語でParlement(パルルマン)と言います。ブルターニュ西部で話されていたケルト起源の言葉をフランス語でBreton(ブルトン)と言います。これまで日本語訳ではブルトン語と訳されてきましたが、最近はブレイス語と呼ぶようになってきました。ケルト学会でもブレイス語と表記しています。

投稿: 市絛 三紗 | 2004.03.04 02:42

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