装飾写本・ケルズの書 The Book of Kells
いつか本物を見たいと思っている写本がある。アイルランドのトリニティ・カレッジの図書館に保存されている「ケルズの書」である。マタイ伝、マルコ伝、ルカ伝、ヨハネ伝と4冊の福音書が収められている。製作者は9 世紀初めにヴァイキングの襲来でアイオーナ(スコットランド西方の島)からケルズ(ダブリンの北西)へ避難してきた修道僧であると伝えられている。ケルズの僧院で作られたので、The Book of Kellsと呼ばれるようになった。
vellum (べラム)と呼ばれる子牛皮紙(一般的には子牛の皮を水に浸して毛や不純物を全て取り払って、乾燥させたもの)の上にケルト特有の渦巻き模様や人間、動物などが描かれている。最も特徴的なものは渦巻き模様で、トランペット・パターンと呼ばれる「反転しねじれながら無限に連続・増殖する形」が用いられている。
もちろん当時は印刷技術が発明されていなかったので、すべて手書きである。修道士たちが、一字ずつ書き写したのである。もう7-8年前だろうか。はっきりとした時期は覚えていないのだが、慶應義塾大学の図書館内を歩いていると、この「ケルズの書」を眺めている人がいたのである。もちろん印刷された複製本であるが、その当時は国会図書館にも所蔵されていなかった。
お話を伺うと、そのご婦人は、この本を写本しているというのである。しかも、修道士がかつて行っていたようにべラムを買い求め、当時のインクの材料を吟味し、この複雑な文様を毎日こつこつ描いているというではないか。あちこちの図書館を巡り歩いてやっと慶應にあることがわかったが、簡単に閲覧はできないので、特別許可をもらい、やっと見ることができたのだという。その情熱に心を打たれた。
私も恩恵にあずかって、緊張しながら、この憧れの写本のページをめくってみた。印刷本だが、虫が食った穴まで開けられていてとてもリアルであった。真っ白な皮表紙で装丁されていたことを覚えている。アイルランドまで出かけても、ショーケースの中の開かれたページしか見ることが出来ないので、私にとっても貴重な体験であった。この方にはご住所をうかがい、不定期に連絡させていただいているが、今でも続けていらっしゃるそうだ。
フランスにおける写本の伝統および慶應義塾大学の稀覯書(歴史的価値のある古い書物)のデジタル化については、また日を改めて書いてみたいと思う。
< 参考資料 >
VHSビデオNTSC(日本、米国、カナダ向け)
Book of Kells: The Work of Angels
The Book of Kells (British Library Studies in Medieval Culture) Carol A. Farr
British Library Publishing Division 1997
The Book of Kells
Collins and Brown 1998
ケルズの書Bernard Meehan 著 鶴岡 真弓 訳 創元社 2002
追加情報
2006年にアイルランドに行って実物を見ることができた。その感想はトリニティカレッジとソルボンヌで。
2013年、ケルズの書がオンラインで無料公開された。iPad appでも購入可。
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コメント
はじめまして。私は最近 Trinity College が出したThe Book Of Kells のCD-ROM を購入し、毎晩のように飽きずに眺めています(自分のブログにも少し書いたことがあります)。あれを写本されておられる方がいらっしゃるとは、とても驚きました。本当に気の遠くなるような作業ですよねえ…。
ブルターニュは関心のある地域のひとつですので、ブログを楽しみに読ませていただいております。今後とも、どうぞよろしくお願いします。
投稿: とんがりやま | 2004.03.15 23:33
こんにちは。
ケルズの書がCD-ROMになったとは知りませんでした。貴重な情報をありがとうございます。子供の頃から、パソコンがあったら、もう少し賢くなっていたかもしれませんが、もう遅いですね(笑)
こうやってデジタル化が進むと、うれしい反面、すべてに目をとおす時間がありません。まさにうれしい悲鳴です。
投稿: 市絛 三紗 | 2004.03.16 03:30