テロの脅威とバスク弾圧
フランス国内では、ブルターニュ、コルシカ、バスクの3地域が独立を求めて、闘争を続けてきた。ブルターニュとコルシカはフランスの地図にはっきり記載されているが、バスクの地名はどこにもない。バスク地方はフランスとスペインにまたがっているのだが、人口300万人のうち、9割近くがスペイン側に住んでいる。
ちょうど先週末、「ブルターニュ公妃アンヌ・ドゥ・ブルターニュ(1477-1514)」についての講演を聞くため、パリに行っていた。そこでバスク出身の友人と、ブルターニュやバスクの文化の独自性について話したところだった。ポンピドゥーセンターで開催されている「JOAN MIRO La Naissance du Mondeミロ・世界の誕生」も見てきた。(3月3日から6月28日まで)。ミロはバルセロナ出身の画家でパリに長く住んでいた。いつかバスクを訪ねてみたいと思っていたところだった。
「バスク祖国と自由」は1959年、フランコ独裁政権時代に誕生した。住民投票によってバスクが自治州となったのは、1979年のことである。今回のマドリッドのテロで「バスク祖国と自由」の名前がとりざたされているのは、これまでに数々の流血事件が起きているからだ。そして、民主主義を守るという理由で、昨年スペイン政府は自主独立を目指す「バタスナ」の非合法化を決定した。バスク語で書かれた唯一の日刊紙「エグンカリア紙」も発禁処分となった。これらの措置に対しては「バスクのアイデンティティーを侵害する」と激しい抗議の声があがったのは、いうまでもない。
この詳細については、フランスの「ル・モンド」の関連会社が編集する国際月刊紙「ル・モンド・ディプロマティーク」日本語版に掲載されている「バスク地方を支配する二重の暴力」2003年5月号をご覧いただきたい。
テレビではこのバスク地方でも人々が町にでて、テロ追悼のため祈っている姿が映し出されていた。これまでのいきさつからすれば、「スペイン」のために過去のわだかまりをすてるなど、考えられないことだった。「バスク祖国と自由」も関係ないとコメントしている。それほど衝撃的な出来事だったのだ。だが、「バスク祖国と自由」の一部のメンバーがアルカイダに協力しているという情報もある。非合法化で彼らを心理的に追い込んだ政府にも責任があるという意見もでている。
このテロは、スペインだけでなく、ヨーロッパ中を震撼させた。14日付けの「ル・モンド」のトップ記事は「ヨーロッパはアルカイダの脅威に直面」というタイトルなのだ。
テロという許されざる行動で200人もの尊い命が犠牲となった。まだ21世紀ははじまったばかりだというのに、あまりに悲しいことが多すぎる。もう一度言う。力のよる弾圧や報復は、憎しみを増長させるだけで、解決には結びつかない。互いに歩みよるしか道はない。いますぐ隣人の手をとり、話し合いをはじめよう。もう血の惨劇は見たくない。
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コメント
こんにちは。はじめまして。
仕事で急にブルターニュのことを調べることになり、
ネット検索の末、こちらにおじゃまします。
なんと現地在住の日本の方がいるなんて!
恥ずかしながらワタシもブルゴーニュと勘違いしました。
今日図書館に行って少し旅本などを借りてきましたが、どれもほんの少ししか載っていません。これをきっかけに少し勉強できたらと思います。そして、近いうちに行けたらとも。
参考にさせて頂きますが、どうぞよろしくお願いします。
投稿: MIU | 2004.03.18 15:36
お越しいただきありがとうございます。レンヌには日本企業もいろいろありますし、仙台市と姉妹都市なので、日本との交流もあります。たくさんの日本人が暮らしているそうです。
なかなかきちんとしたブルターニュ案内が書けないので、すでに出版されている関連書籍をご紹介してゆきます。これなら、図書館でかりれますよ。
こちらこそよろしくお願いします。
投稿: 市絛 三紗 | 2004.03.18 19:21