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2004.05.07

米兵によるイラク人虐待写真

  5月6日付けワシントン・ポストのイラク駐留米兵らによるアブグレイブ刑務所でのイラク人虐待の様子をとらえた写真をインターネットで見た。1面に掲載されているのは、女性上等兵(21歳)が、床に横たわる裸の男性の首に付いたひもを持っている写真である。

  ほかにも数枚の写真がインターネットで公開されている。裸で鉄格子に手錠でつながれたり、黒い袋を頭からすっぽりかぶせられたイラク人拘束者たちと、その横で、あるいは背後で笑顔を見せる米兵たち。

  夕刊フジ特電には、さらに生々しい記述が書かれている。虐待があったとされる時期は昨年10月から12月である。「米軍が極秘裏に実態を調査し、事実を報告書にまとめていたが、公表されなかった」と書かれている。これを米CBSテレビが放映したことで明るみにでたのである。

  これが事実であるなら(言い逃れもできないだろうが)人間ほど残酷な生き物はいないと思わざるをえない。ロイターには国際赤十字委員会(ICRC)は「同刑務所の実態を認識しており、入手した情報を基に再三にわたって米当局に是正を求めた」と説明がある。それでもこういった行為が継続されていたと仮定するなら、背筋が寒くなる。

  こんなことを見たくはなかったし、書きたくもない。だが知らないふりをして、素通りするわけにはいかない。フランスでも夜8時からの全国ニュースでこれらの写真が放映されたので、たくさんの人が見たことと思う。女性兵士は「間違った時に間違った場所にいた」と話したと書かれているが(毎日新聞)それだけですまされる問題ではない。

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コメント

こんにちは。私もこのニュース、もう聞くに堪えないなぁと思いながら見ていました。どういう心理状態なんでしょうね?人間は過ちを繰り返すんですね・・・。
もうこんなニュースが公になると、アメリカは何のためにイラクにいるんだ?!という批判が集中してもしょうがないですよね。これからどうなるんでしょう。とにかく、イラクの子供達が安心して普通に生活を送れるようになって欲しいです。

写真のこと、アドバイスありがとうございます。なんとなく自分でハードルを作っているというか、恥ずかしさが先にたってしまって。恥ずかしがってると相手も不審に思いますものね。サヴァ?なら私にも言える!やってみます。

投稿: モネ | 2004.05.07 05:32

モネさん。

私の今年の目標は「いつも笑顔」なのですが、怒りや悲しみをおさえきれないような出来事がいくつもありました。

読んでくださった方に喜んでいただけるような楽しい話題を書きたいと思っていたので、マドリッドのテロの時は、書きはじめるまで2日間とても悩みました。

これから世界がどこへ向かってゆくのかは誰にもわかりませんが、海外で暮らしていると日本にいた時は知らなかったことも考えるようになりました。みんなが笑顔でいられるように祈るしかありません。

投稿: 市絛 三紗 | 2004.05.08 02:43

下らん・・・う~ん、下らん・・・やり方が下らん・・・そしてこんな下らん事をしているアメリカ民族の言いなりになっている我々日本人も下らん・・・
 大体、裸にされて女性用のパンティを頭から被せられた男が「嫌だから証言しよう」なんて思うと思います? こんなの明らかにやった米兵が自分の性的好奇心を満たす為に行ったとしか思えない・・・捕虜からスムーズに証言を引き出す為に「ある程度の虐待を行って欲しい」と指示したとされている上層部米陸軍情報部隊のトーマス・パパス大佐ですらあの写真を初めて見た時は「下らん」と失笑したと思うよ。
 犬をけしかけるとか全裸の男に人間ピラミッドをさせるとか・・・もうこの人達、兵隊なんかやってるよりもお笑いの放送作家にでもなった方がいいんじゃないの?
 自由の国「アメリカ」・・・自由も行過ぎた末路はこんな結果って所ですかね。日本はアメリカに憧れてる子分って所があって、最近は犯罪の質とか悪い所まで似て来てるから、こんな末路を辿らない様に注意しないとね。

投稿: NAO | 2004.05.19 04:24

Naoさん。こんにちは。

4月21日にセシルという女性のことを書きました。彼女の素晴らしさはひとりひとりの人間を、ありのまま受け入れてくれることです。相手がイスラム教徒でも仏教徒でも態度が変わることはありません。

「板東俘虜収容所」の例も同じです。住民たちはドイツ語なんて話せませんでした。でもパンの作り方や洋野菜の育て方を手振りで習ったり、聞いたこともない異国の歌を一緒に楽しんだのです。そんな暖かな交流がもたらした「交響曲第九番」を共に歌うために全国から鳴門市に人々がやってきます。

米軍の指揮官はなぜそうしなかったのでしょう。もし米兵たちが、イラク人から風習を教えてもらって、イスラム教を尊重していれば、「ありがとう」という言葉が返ってきたかもしれないのです。人間の尊厳をふみにじったのですから、非難されて当然です。

投稿: 市絛 三紗 | 2004.05.20 01:49

三紗さん、こんにちは。
余りに酷い写真を目の当たりにしてしまった為に、先日の書き込みは若干感情的になってしまった事を初めに皆様へお詫び申し上げます。
 私はアメリカの文化が大好きで、特に音楽の分野に関心を持っています。僅か200年余りの歴史しか持たないアメリカと言う国が何故これ程までに音楽的な成長を遂げ、高度な独自の音楽文化を創り上げる事が出来たのだろう・・・彼等の音楽を聴く程にいつも感心させられます。それと同時に政治や外交の面では「どうしていつまでも三流なのだろう?」と苛立ちを覚える事もあるこの頃です。勿論アブグレイブ収容所の一件は、ごく一部の人間にのみもたらされた事で、アメリカ人全ての真意ではないと信じたい・・・しかし「上層部の命令」「ラムズフェルト国防長官も容認」等と言う事が連日報道されて行くにつれ、疑いの目を持ち始めている自分がいる事も否定出来ません。
 先日、アメリカの管弦楽団(NYフィルだったかなぁ?)がイラクの音楽家達を招いて技術交流をしている映像をTVで見ました。イラクの音楽家達は国営の楽団に所属する為、フセイン政権時代は自由な技術交流や演奏活動もままならず、僅かな所得で生活を賄っていたそうです。ですから今回のこの技術交流は彼等にとって素晴らしいチャンスであった様で、「世界の一流楽団に指導を受ける事は大変参考になる」・・・アメリカの音楽家も「イラクの音楽家達がこんなに豊かな表現力を持っているとは知らなかった」・・・お互いが目を輝かせて語っています。そこには憎しみ等微塵もない、純粋に音楽を愛する「人間」達がいるだけでした。
 私は日本人ですので特定の宗教を信仰しようとする事はありませんが、以前にイスラムの教えに関する文献を読んだ事がありました。そこには他人を慈しみ、困窮に苦しむ人がいれば皆で助けてあげようとする素晴らしい教えが書かれてありました。勿論キリスト教も同じ様に素晴らしいものだと思う・・・心底困窮に陥ってしまった人間へ救いの道を示すだけの力を持ったものだったのだと思う。しかし人間とは弱いものですので、それが永い年月を掛けて人伝に伝えられて行くうちに個人の主観が入り混じり、それぞれの都合の良い様に捻じ曲がって行ってしまったのではあるまいか? 絶対に言える事は、どんな理由であれ「人を殺して良い」「人を傷付けて良い」等と書かれた教典は世界中に一つもないと言う事・・・そんなバカバカしい宗教は誰も信じようとする筈がない!
 どうして皆「相手を尊敬する」と言う事が出来ないんだろう・・・自分と他人を比較して「自分の方が優れているか否か?」なんて事を知って何になるのだろう・・・今や世界中がその優劣を決める為だけに殺し合いを繰り広げている様に感じられてならない。
 私は幼い頃、こう教えられて育ちました。【いいかい、「自分がされて嫌な事」は絶対に他人にもしてはいけないよ。そのかわり「自分がされたら嬉しい事」は出来るだけ他人にもしてあげなさい】・・・完全に実践する事は難しいのですが、出来るだけそう出来る様に微力ながらもいつも頑張っています。もし世界中の皆でそれを心掛ける事が出来たなら・・・他人の「痛み」や「苦しみ」を皆が「自分に置き換えて考える」事が出来たなら・・・やはりこれって「綺麗事」なのかなぁ・・・
虐待も報復も許さない・・・そんな惨い連鎖に陥る以前の所で、そんな事にならない為に少しでも努力して行かなければならない。「意地の張り合い」により人類は何千年もに渡って殺戮の歴史を繰り返して続けて一向に改善の兆しが見えない・・・そろそろ学習機能を持たないと・・・「憎む」とは相手との戦い・・・「許す」とは自分との闘い。凄く難しい事だけど、お互いの立場を理解しながら少しずつでも努力して行かないとね。
戦争とは殆どの場合、相手の民族固有の文化を否定する所から始まります。パレスチナの問題にしてもイラクの問題にしてもそうですが、皆さんの家に見知らぬ家族がやって来て住み付いた挙句に好き勝手な事をし始めたらどう思いますか? 凄く嫌な思いをすると思うんです。「自分に置き換えて考える」とはそう言う事なのだと思う・・・国家レベルなんて言う難しい観点で考えているうちは盲目な論争に陥りがち・・・重要なのは「国」ではなく、そこに生きる「人」だと思うんです。 
 イラクの人々が自分達の事を表現する時に「我々イラク人は・・・」と言わずに「我々イスラム教徒は・・・」と表現する事が多いのは何故でしょう・・・それは外の人間に勝手に線引きされて造られた「イラク」と言う国に、いまだに「自分の国だ」と言う自信と自覚が持てないからなのではないでしょうか? そんな彼等に今度こそ自分達が住み良い幸せな国を造ってもらいたい・・・その為の真の手助けを私達「外」の人間はして行くべきなんです。
 決して土足で上がり込んで、自分のアイデンティティーを好き勝手にを押し付けるのではなく・・・ 

投稿: NAO | 2004.05.20 13:57

naoさん。こんばんは。

音楽のことは詳しくないのですが、ジャズも聴きますし、バンジョーの音も好きです。

どうでしょう。Blogをはじめてみませんか。ココログなら、すぐ今日からBlobを発信できますよ。アメリカの音楽のことを書かれたら喜ぶ方がたくさんいると思います。私も遊びに行きますから、考えてみてください。

投稿: 市絛 三紗 | 2004.05.21 03:51

三紗さん、こんばんは。
 先日メールにてお話させて頂きました通り、現在は残念ながら自分のHPを一つ抱えており、そちらの更新に追われていて中々範囲を広げる事が出来ない状況です。しかし近い将来、機会があれば是非利用してみたい素敵なシステムですね・・・ご紹介頂きありがとうございました。
 「音楽」は必ず国境を越えて世界の人々の友好に役立つものと信じています。
「無益な傷の付け合い」が一日も早く終わると良いですね。

投稿: NAO | 2004.05.24 01:32

NAOさん。

丁寧なメールをありがとうございました。 芸術には国境がないですよね。自分で演奏できたらもっと楽しいでしょうが、才能がないので聞くだけですが・・・

投稿: 市絛 三紗 | 2004.05.25 17:47

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