歴史が書きかえられる時
フランスに続いて、オランダでも欧州憲法批准は否決された。昨晩テレビ中継を見ていたが「EUは死滅した」と喜びをあらわにする人と、がっくり肩を落とす人とが交互に映し出されていた。この結果をうけて、イギリスは自国の国民投票の実施を凍結すると発表した。
21世紀にはいってから世界が大揺れにゆれている。911事件、イラク戦争、マドリッドのテロ。フランス国内では2002年の大統領選挙で、極右政党・FNのルペン党首が勝ち残りフランスの闇の部分が表にでてきた。表面上はシラク大統領が大勝したが、国民の不満は解消されたわけではない。
メールマガジン、<緊急レポート・ゆれるフランス>で発信しているように、実際に暮らしているとここ数年で状況はさらに悪化しているように感じる。それでもブルターニュ地方やペイ・ドゥ・ラ・ロワール地方の一部、Grand Ouestと呼ばれるフランス西部は欧州憲法批准を認めている、ある程度安定している場所なのである。レンヌは賛成が58.87パーセント、ブレスト55.71、カンペール55.07、ヴァンヌ62.73、ナント59.06、アンジェ58.20といった結果がそれを裏付けている。
さらに毎年フランスの雑誌Le Pointル・ポワンが「フランスのどこに暮らすのが望ましいか」という特集を組んでいるのだが(その結果はメールマガジンに書いた)、今年上位7位までに選ばれている都市はみな批准にOUI(トゥールの結果だけ未確認)だった。ほかの地方は東欧やアフリカからここよりも多くの労働者が流入し、社会に混乱が生じている。
ベルリンの壁が取り払われ東西ドイツが1990年に統一された時、知り合いのイギリス人が「自分が生きている間にこんなことが起きるなんて信じられない。奇跡のようだ」と言ったことをよく覚えているが、今の私はまさにそういう気持ちだ。歴史が変わろうとしていることを感じる。
EU推進派の人たちは「まだこれが終わりではない」と言い聞かせているが、EUの前身であるEEC(ヨーロッパ経済共同体)の時からの加盟国であったフランス、オランダで相次いで欧州憲法批准に否定の結果がでて、計画の変更は避けられないだろう。ユーロは29日から急激に下がってきた。「ヨーロッパ」とは何なのか、もう一度考え直す時期がきたのかもしれない。
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La ratification devrait continuer, malgré les deux «non» 7月10日に国民投票が予定されているルクセンブルクの首相ジャン=クロード・ユンケル氏も動揺を隠せない(Figaro avec AFP.)
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