教皇ピウス十二世とナチス

たった今1冊の本を読み終わったばかりだ。
ローマ教皇とナチス 大澤 武男 文春新書 2004
今年亡くなったヨハネ・パウロ二世(在位1978~2005)は第264代の教皇だったが、この本の主人公は第260代のピウス十二世(在位1939~1958、本名エウジェニオ・パチェリ)である。1876年ローマ生まれ。1899年に若干23歳で司祭になっている。第一次、第二次世界大戦のまっただなかで地上におけるキリストの代理者はどう生きたのか。読み応えがある。
祖父、父親が俗人の教会法顧問として教皇庁に奉職していた関係もあって、18歳で司祭となることを決め、平均睡眠時間4時間、パン、水、果物中心の粗食を生涯つらぬき高潔な人格であったと伝えられるが、反ナチスの態度を変えなかった前任のピウス十一世をなだめて1933年にヒトラー内閣と政教条約を終結させ、それによって軍隊を持たないヴァティカンを守ろうとしたのだ。
なぜならヒトラーこそ、共産主義に抗戦しうる唯一の国家元首であると評価したからである。だがナチスは罪なき人々を次々と殺戮してゆく。セルビア人、ユダヤ人、ロマ、そして非健常者の安楽死計画も明るみにでる。1941年にはドイツで抗議の声をあげた3700人の聖職者さえも強制収容所に送られた。それでもピウス十二世は沈黙したままだった。後にユダヤ人虐殺を知ってもナチスを名指しで非難しようとしなかった。
だがヴァティカン市国の中にもユダヤ人が匿われていた事実もある。ピウス十二世もナチスの虐殺に胸を痛めていたはずだ。それに米英政府も航空撮影を行っていたにもかかわらず、アウシュヴィッツ絶滅収容所を爆撃することはなかった。もしあの時と考えたらきりがないが、ピウス十二世がナチスを容認しなければ、また早期に爆撃が行われていれば、ユダヤ人犠牲者の数は少なくなっていたことだろう。大澤さんは次のように書いている。
キリストが説く神の声に耳を貸さず十字架にかけて殺し、その天罰として祖国を失い放浪を続けるわずらわしい民、キリスト教の隣人愛の教えに反する高利貸によって富を築き、社会が困窮しているときにかえって私腹を肥やしている人々・・・・・ヨーロッパのキリスト教社会に潜む、こうした反ユダヤ思想が、ユダヤ人を救うための意思をキリスト教徒から奪ってしまったのである
2002年にヨハネ・パウロ二世はヴァチカン文書館が所有する第二次大戦中のドイツ関係未公開史料を公開するよう指示したと言うが、すでに公刊されている史料集ではまだ全貌はわからない。それでもユダヤ人の強制輸送に協力した者が世界中にたくさんいるのも事実である。
今年はアウシュビッツ強制収容所・解放60周年であった。我々にできること、それは過去を真摯に受け止め、新たな紛争を起こさないことだろう。すべての命を慈しむことを一緒に考えよう。
参考資料
歴代の教皇を写真いりで紹介しているすごいサイトがある。
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