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2006.02.24

レンヌで学生が大学閉鎖 その3 2003年の大学封鎖

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  レンヌで大学が完全に封鎖されてしまったのは、これがはじめてではない。2003年11月に政府が推し進めようとしている「大学近代化」案の全面撤回を求めて学生たちが決起、全国で最もはやく行動したのがレンヌ第二大学だった。11月のはじめ、突然学生たちが教室内の机と椅子を運び出し、ひとつの建物に運び始めた。それでも、床に座って授業を行ったクラスもあった。

  だが翌日になると、午前8時からはじまる授業を皮切りにすべての建物を入り口が封鎖された。教師が教室に入ろうとするのを机でブロックして押し返す。そんな光景が大学の至るところで見られた。写真はちょうどその時の様子だ。入り口の外部、内部とも机と椅子が積み上げられているのがわかるだろう。
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  その前の年までは、大学が完全に封鎖されたことはなかった。一部の学生や教師たちがデモに参加することはあったが、授業を受けたいものはデモに参加しないという選択肢もあったのである。だからこの事態は全く異常だった。封鎖を決行しようとする学生たちは教室内に泊り込み外部からの侵入を阻んだのである。

  それでもこんな騒ぎは数日で終わると予想されたし、レンヌ第一大学では授業は続けられていた。一般の授業を受けたい学生たちも授業がいつ再開されるのかわからないので、毎日大学に足を運んで様子を伺っていた。ところが予想に反して封鎖は1ヶ月も続いたのである。

  レンヌの様子がマスコミで報道されると、徐々に他の大学でも大学を占拠する手段が用いられたからである。11月後半には全国88大学のうち18大学が1~2週間にわたってストを続けていた。いったんはじめた以上ひくにひけない状態になったと言ってもいいだろう。

   その4に続く

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