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2006.04.23

反CPEの拠点があった場所

Tentea
    ここは昔ロワイヤル広場(王の広場)と呼ばれていた場所である。そこを反CPEの拠点にすることに意義があると、若者達は数週間の間、テントを20ほど設営し寝泊りしていた。木切れを集めてきて小屋のようにシートをかぶせ、次第に規模が大きくなってきた。活発な討論の場になるのならそれでもいいのだが、バーベキューをして酒を飲み一晩中大声を張り上げ騒ぐので、近くに住む私はずっと眠りをさまたげられた。寝ずに朝まで怒鳴っているのなら、テントなど必要ないではないか。ドイツ人の友人と夕方その横を通ったら「ここ、ドラッグやってる。匂いでわかる」という。これでは何のためにそこにいる必要があるのかわからない。

  それでもMythosというフェスティバルのため、このテント村は強制撤去されるはずだった。だが、彼らは「民主主義のフランスでこの全国的に高まっている反CPE運動の拠点を立ち退けとは許しがたい」と拒否。市長も及び腰で結局Mythosの方がレンヌ市と協議し場所を変えることとなった。
Tenteb
  ひとりの生物学専攻の男子学生と話をしてみた。うるさくて眠れないことを告げると「僕は夜は家に帰っているからわからないけれど、迷惑をかけているならすまないと思う。いろんな人間が集まっているし、特に責任者もいないから」という。それから「デモをすることには賛成だが、大学、道路、鉄道などの封鎖には反対である。なぜなら、これらが地方経済を圧迫していると感じる」と言うと、「僕たちの目的は地方経済を徹底的に攻撃することなんだ。それを全国で実施すれば、地方から非難の声が上がるから首相だって無視できなくなる」とうれしそうに答える。

  「どうしてパリで行動しないのか。レンヌを痛めつけるのはやめてほしい」と言うと、「少人数だしパリまで行く金もない。ここで暴れるのが手っ取りばやい」との答え。「金がないなら、ここからパリまで歩いていったらどうか。破壊行為などせずにパリまでデモ行進したら、メディアもこぞって報道すると思うけど」との提案には首をすくめ、「遠すぎるよ。歩くなんて」と言うばかり。

  昨年11月に約3週間続いた暴動でも、若者たちは地元の学校や公共施設を攻撃した。自分の親や隣人の車に火をつけたものもいる。この時の被害額は概算で2億ユーロ(280億円)と言われている。反CPE運動に関連して、ナントではブルターニュの象徴、ブルターニュ公の城まで占拠されたし、たくさんのスーパーやデパートが襲われた。中心となったのは左派の学生や高校生たち。誰か扇動者がいたとしても、それを実行したのは普通の若者たちだ。しかも中学生もたくさん混じっていた。

  4月4日の出来事は繰り返されるデモ後の乱闘で書いたが、ちょうどこの前にレンヌ第二大学で17世紀の文学を教えている教授と出くわした。「何が起きているのですか」と聞くと「あっちでgamin(少年、少女)が暴れているよ」と平然としている。「やりすぎだと思わないのですか」とたずねると「デモはフランスの伝統だからね。やめろと言ってもやるだろう」と顔色も変えない。

  上記のテント村は4月10日の早朝に撤去されたのだが、ここに住み着いていた住所不定の若者たちは、それからレンヌ第二大学の校内に居座り、寝泊りするようになったのだ。大型犬をつれて大学内を闊歩していたという。もうそこは勉強できるような環境にはないので、学長が大学閉鎖したわけだ。先週になって全国すべての大学で授業は再開されたが、校内の損傷は激しい。

  ただのデモだけならいいが、安定した雇用を求める運動で「経済を破綻に追い込むこと」を目的とした道路や鉄道の封鎖が行われたとは矛盾していると感じる。そしてそこに暴力、アルコール、麻薬も加わるのである。デモ行進も「寒いから景気付けに」とアルコールを飲みながら歩いている人がとても多いのだから。機動隊が手だしできないようにわざと乳母車を押した女性をデモの最前列に配置したり、子供を先に歩かせたりするのはやめてほしい。「封鎖はしても暴力とは別」というのは建前だが、それが切り離せないとしたら、デモでなく別の抗議方法を考慮すべきだろう。

  バックナンバーはこちらから。
    レンヌに住むフランス人学生のブログの記事をひとつだけ紹介しておく。CPE : point de vue d'un étudiant de ScPo Rennes anti-blocage et pour une négociation de la loi

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コメント

その後レンヌも落ち着きましたか?最近のフランス、治安の維持が誰にもできなくなりつつあるように見えてとても怖いです。

投稿: ふらんす | 2006.04.28 17:32

こんにちは

商店街の見た目は普段と変わりませんがまだガラスを入れ替えていない店舗がだいぶあります。

投稿: 市絛 三紗 | 2006.04.28 18:14

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