Saint Yves聖イヴのパルドン祭 その2

5月21日、Saint Yves聖イヴのパルドン祭。パルドン祭は決してはなやかなものではない。年に一度、日ごろの行いを懺悔し祈りを捧げる厳粛なものだ。この日だけ特別に記念のミサが行われ、通常は見ることのできない聖遺物が開帳される。
ミサが終了し、教会の中からそれぞれの教区の旗を持った人々が外に出てきた。これから町の中を行列するのである。雨の中じっと野外で待ちかまえていた巡礼者たちがいっせいに入り口に集まる。出来るだけ近くで見たいというのが人情。あっという間に人垣ができ、傘が邪魔して何も見えない。

伝統的な民族衣装に身をつつんだ女性たちが聖母子像をかかげて先頭に立つ。コワフと呼ばれる帽子をかぶっている。地域によって衣装の刺繍や、コワフの形が異なるので、地元の人なら見ただけでどこの人間なのかを識別できる。
これらは20世紀初頭までは日常で使用されていたもの。20年くらい前までは一部地域でまだ見られた光景だというが、現在では祭りの時くらいしかお目にかかれない。その後にはそれぞれの教区の旗ごとに住民全員が行列に参加する。普段遠くで働いている家族が地元に帰り、互いの近況を語り合う日でもある。

別の入り口から教会にはいってみた。正装した弁護士たちがたくさんいる。むかって左側に美しい彫刻をほどこされた真っ白なSaint Yves聖イヴの霊廟がある。「誉れ高き友の側に葬って欲しい」というブルターニュ公JeanV の命によってつくられたものである。サン・ドニ大聖堂にある歴代のフランス王の墓にも匹敵するほど立派なものだ。その中央には右手を胸の上に置き穏やかな顔でSaint Yves聖イヴが横たわっている。
だがこの墓、じつはフランス革命直後に荒らされ海に投げ込まれてしまったのだという。教会や修道院は宝物があるというので格好の標的にされたのだ。しかしこの略奪者はすぐに死んでしまったそうだ。現在のものは19世紀に再建されたものらしい。ブルターニュ公の墓もこの時破壊されてしまった。どのようなものであったのか、スケッチさえも残されていない。下の写真はSaint Yves聖イヴの頭蓋骨。この教会の貴重な宝である。地下墓地に隠蔽されていて略奪をまぬがれたのである。
教会内では、ろうそくを買い求め祈りを捧げる列が切れ間なく続いている。そのまわりは花で埋め尽くされ、かぐわしい香りがたちのぼっている。ブルターニュのことがさらに好きになった一日だった。
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