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2006.07.16

ピカソのゲルニカにこめられた想い

Guernica

  スペイン滞在中に北朝鮮がミサイルを発射したこと、またインドのムンバイで連続爆破テロが起きたことを知った。イスラエル軍はここ数日レバノン全土で空爆を行っている。逃げまどう人々がテレビを埋め尽くし、殺戮が絶え間なく続いている。

  2004年3月にスペインの首都マドリッドでもテロがあった。そのことはマドリッドの悲劇テロの脅威とバスク弾圧に書いたとおりだ。

  このテロがあったのがAtochaアトーチャ駅。最後にマドリットに1泊して早朝にToledeトレドをたずねたのだが、その起点となっている駅である。ここから歩いて数分の場所にあるのがEl Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofía国立ソフィア王妃芸術センターだ。時間がなかったので、ピカソ、ダリ、ミロなどが展示されている2階フロアだけを見学した。

  Pablo Picassoパブロ・ピカソの Guernicaゲルニカ(1937年制作)を一目見て帰りたかったからだ。高校生のころ、この絵がどうして評判なのかよくわからなかった。あまりにデフォルメされた人物像、ろくろ首のように伸びきった首が好きになれなかったからだ。

  だが今はこの絵にこめられた無常観がわかるような気がする。赤い血の色よりも強烈な怒りや悲しみが白と黒のキャンバスから静かに滲み出してくる。ピカソは、パリ万国博のスペイン館を飾る壁画の制作を依頼されていたのだが、主題を決めかねていた。ちょうどその時、祖国スペインにある古都、ゲルニカが壊滅したことを知った。

  当時スペインでは、独裁者フランコの反乱軍と人民戦線との間で内戦が繰り広げられていた。 フランコを支援していたのがドイツのヒトラー。鉱物資源が豊富なバスクにねらいをつけ空爆部隊を差し向けたのだった。市民7000人のうち1654人がわずか数時間で命を落とした。

  このGuernicaゲルニカの下絵がずっと並んでいて詳細なデッサンを重ね構図を変更して壁画を描いた過程がよくわかった。また別の絵の中には"Aux Espagnols morts pour la France 1945-47"「フランスのために命を捧げた多くのスペイン人たち」と大きく書かれていた。この展示の様子はここから見ることができる。

  これまでにパリでそれぞれの作品を見たことがあった。マレにあるMusée National Picassoピカソ美術館、モンマルトルの丘にあるEspace Montmartre Daliダリ美術館、そしてポンピドゥーセンターで開催されたJOAN MIRO La Naissance du Mondeも見学した。それでもスペインのまばゆい日差しの下でこれらの絵画を前にすると、弾むような色が当たり前に感じられるから不思議なものだ。形さえも溶けてしまうようなするどい光がスペインにはある。

  ピカソがGuernicaゲルニカに描いたのと同じ光景がムンバイやレバノンで今も繰り広げられているはずだ。いったい何のために、いつまで続くのか?

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