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2006年11月の記事

2006.11.26

森の思想が人類を救う

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    哲学者、梅原猛さんは森の思想が人類を救うで、日本人の心の中に森が息づいていることを思い起こさせてくれる。森の文明について述べられた箇所にハッとした。

家や船の材料になる樹木は、熊や、樹木の姿になって人間のもとにみやげをもって訪れた客人(まれびと)と考えられています。ですから、人間はその客人の意志に従っておいしい肉や、温かい毛布や、どんぐりや、材木をありがたくいただきますが、その霊はていちょうにあの世へ送るのです。彼らの考えでは、あの世は、死んだ人間ばかりか、死んだ熊や木もこの世と同じような生活を営むところなのです。

  この後まだまだ興味深い記述は続くのだが、ここには書ききれないので手にとってご覧いただきたい。上記のような考え方はアイヌやケルトの宗教、ドルイド教にも相通ずるものがある。ブルターニュではまだ一部で信仰を持ち続けている人たちがいるのだが、またこの話は日をあらためて。

  さて私が本屋に行くと必ずページをめくるのは、Arbres remarquables de Bretagneである。この本はブルターニュの巨木ばかりを掲載した本で、発売は2005年1月。この年のPrix Meilleure Nouveauté en BretagneブルターニュのLe prix du livre特選出版物に選出された。写真家Olivier Hameryは撮影に2年をついやしたそうである。Leica Mライカを使用したらしいが、どの機種なのか知りたいものだ。

  樹齢数百年を経た巨木はそこにたっているだけでいとおしい。このブログでも以前ブルターニュの古木というエントリーでブルターニュ最古のchêne(カシ、カシワ、ナラなどのコナラ属)の写真をお見せしたことがある。ここではわざと人物がうつっている写真にした。木の大きさを人間の身長と比べてほしかったからだ。

  梅原猛さんは上記の本で「日本の神道は私は本来、森の宗教であったと思う」と述べている。「森のない神社は神社ではない」という連想は誰でも抱くものであろう。自然崇拝イコール大樹崇拝は世界共通のものだったと私も考えている。今だからこそ人は森に帰るべきではないだろうか。

  

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2006.11.24

レバノン・白昼の暗殺

  ジュマイエル産業相(34)が11月21日、レバノンの首都ベイルートで撃たれ死亡した。レバノン産業相暗殺される・キリスト教勢力の代表格(Nikki Netより)を参照のこと。

  以前にも紹介したことのあるレバノン在住のジャーナリスト安武塔馬さんのメルマガにはさらに詳しい状況が述べられている。報復を叫ぶ若者を引き止めたのは、故人の父で元大統領のアミーン・ジュマイエル氏だった。

「内戦に引きずり込まれてはならない。ピエールは祖国のために死んだ。どうかピエールの死を汚さないでくれ。報復してはならない。今夜はただ祈ってくれ、ピエールと祖国のために」

  アミーン・ジュマイエル氏の弟バシール・ジュマイエル氏も1982年に大統領に選出された後、爆殺されたのだという。暗殺はシリアによるものとささやかれているが、実際に誰が手をくだしたのかはわからない。弟に続いて自分の長男を失ったのだ。その悲しみははかりしれない。

  午後3時半20数発の銃弾をうけて亡くなったピエール・ジュマイエル氏。その葬儀は23日、首都ベイルートで営まれ殉教者広場はレバノン国旗で埋めつくされたそうだ。レバノン産業相、ベイルートで葬儀(Nikki Netより)。昨日はレバノン建国記念日だった。しかしレバノンの状況はまだ安定していない。


  ベイルート通信 中東情勢を伝えるホームページ
  安武さんのメルマガはJapan Mail Mediaのサイト上で最新版だけ閲覧可能だ。
  国連独立調査委、レバノン工業相暗殺事件解明に協力 朝日新聞

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2006.11.23

フランス行き航空券、ホテル宿泊券プレゼント

  フランス政府観光局とエールフランスが共同で企画キャンペーンを行っています。フランス行き航空券やホテル宿泊券のプレゼントがあります。応募は2006年12月31日までです。ぜひ応募してくださいね。

■エールフランス航空利用/パリ行き往復航空券を1組2名様にプレゼント
エールフランスなら、パリはもちろん、パリ経由のヨーロッパがお楽しみいただけます。
ご旅行の計画はエールフランスのウェブサイトで。
オンライン予約なら、日本発パリ+フランス1都市が77,000円から。24時間ご自宅から100都市以上の都市へご予約いただけます。

ホテル・ロワイヤル・モンソー/2泊無料プレゼント!
2005年に全面改装をした超高級ホテル。広々とした豪華な客室は中庭に面しており、一度は泊まってみたいエレガントかつモダンなインテリア。凱旋門とシャンゼリゼー通りからすぐ近くアクセスも大変便利。

シャトー・ホテル・モンヴィラルジェンヌ/2泊無料プレゼント!
古城を改装したシャトーホテルや食事の美味しい宿オーベルジュなど個性的なホテル538軒が加盟する「シャトー&ホテル・ド・フランス」。今回はパリ近郊の古城ホテル「シャトー・モンヴィラルジェンヌ」へ1組2名様ご招待(2泊)。

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2006.11.22

プロキシ使用?

私がよく見ている某サイトが閉鎖されることになった。そこで掲示板にコメントしようとした。ところが「設定によりプロキシ経由による投稿は禁止されています」というエラーで書き込めない。せめて挨拶したいのに・・・数ヶ月前に書き込みをしたことがあるので、それ以降の問題だ。

  自分ではプロキシを使っている意識はないのだが、よくわからない。以前プロキシを切り替えできる「Switchproxy」を入れていたのだが、Firefox2.0では使用できない。検索してPrefBarをプラグインしてみた。でも切り替えをしても同じエラーになる。

  そこでOperaやExplorerで試してみたが同じ結果。これはプロバイダーの接続方法がかわったということなのだろうか。Club-internetを使用している方、最近変化はあったのでしょうか。

  もうひとつ。Movable Typeを使ってみようとしているのだが、こちらもFFFTPがエラーになって送信ができない。こちらももしかすると、プロバイダーが関係しているのだろうか?お手上げ状態・・・


     追加情報

  コンピューターにとても詳しいfacetさんが解説してくれました。感謝。なるほどねえ。 

  情報から判断するとproxyは使われていない、もしくは、使われていてもproxyであると一般には知られていないということです。ただ、club-internetが密かにプロキシを使っているという可能性はあります。こういう疑惑がでるのは、club-internet.frというドメインからわかるように、明らかに日本以外だと分かるせいだろうと思います。アクセスしたいサイトが使っているPROXY判定システムが、日本以外からのアクセスをできるだけ制限していて、PROXYじゃなくてもPROXYだとみなして弾くように設定しているということではないかと。

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2006.11.21

Histoire de Rennes レンヌの歴史

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  この秋、発売された大型本Histoire de Rennesレンヌの歴史である。レンヌ市役所で出版記者会見も行われた。写真にうつっているのは左からGauthier Aubert,Edmond Hervé(Maire de Rennes),Alain Croix,Michel Denisの順である。
Histoire_de_rennes
  この本の特徴はカラー図版、写真がふんだんに使用されていることだ。296ページある紙面の半分をしめているのだから。「まずは図版を選び、それから文章を書いた。写真としては質が悪いものもあるが、歴史的資料としての価値をかんがみ採用したものもある」とムッシュー・ドニは説明していた。

    古地図、メダル、中世の装飾写本、旧高等法院のイラスト、1720年の大火事、ドレフュス事件などなど、レンヌを舞台とする出来事が網羅されている。ローマ時代から現代にいたるレンヌの変遷を13人の歴史家が総力をあげて編集した美しい本だ。

  

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2006.11.16

平常心を取り戻す秘薬 その5 生体エネルギー

Paysage
  さて私が現在使用しているLes elixirs floraux、日本語ではフラワー・エッセンスと翻訳されている。これはハーブやアロマテラピーのような肉体に直接働きかけるものではなく、生体エネルギー(オーラ)に作用するというのである。エネルギーというと大仰に聞こえるが、生命あるものすべてをつくる基本要素といいかえてもいい。

  植物療法は太古の昔から活用されていたがフラワー・エッセンスを体系化したのはイギリスの細菌学者で、ホメオパシーの医師でもあったEdward Bachエドワード・バッチ博士(1886-1936)だった。Bachはフランス語ではバックと発音する。しかもムッシュー・モワンは「有名な作曲家と同じ綴りだよ」などと説明してくれたものだがら「ああ。バッハね」などと勝手にドイツ人だと思い込み、正確な情報にたどりつくまで時間がかかった。

  The Dr Edward Bach Centreエドワード・バッチセンター ここに情報がのっている。日本でもすでにアメリカ経由でフラワーエッセンス普及協会という組織ができている。

  

フラワーエッセンスは、花のエッセンス(エネルギーの特性)のみを水に転写し自然の力で活性化されたもので花の波動水ともいわれます。これはエッセンシャルオイルやハーブ製品と違い、植物の抽出成分などの物質的なものは含まれていません。花のエネルギーがもつそれぞれの性質が、私たち人間の感情や精神のパターンと呼応し、ショックやトラウマから生じた心のバランスの乱れを調整して、癒してくれるというものです。 フラワーエッセンス普及協会

  フラワー・エッセンスの作り方は晴天の日に、咲いている花を摘み取り、流水を入れたクリスタルの器に浮かべ数時間日光の下に置くという水蒸気蒸留法。市販の製品は、これをさらに活性化しストック濃度に希釈し、アルコールが加えられることもある。バッチ博士が考案したのは38種類だが今では様々な会社が研究開発しているので、種類はどんどん増えている。私が薬局で購入したのはフランスのアルプスの麓にあるDEVAという研究所のものだった。

  生体エネルギーはふつう目に見えるものではないのでつかみどころがない。私も使い始めたばかりなのだが、このフラワー・エッセンスをきっかけとして自分のことを客観的に考え直している。その理由はムッシュー・モワンが私のために選んでくれたひとつのエッセンスの解説を読んだからだ。

  そこにはフランス語で「希望が全くないときに使用する」と書かれているではないか。半信半疑でエドワード・バッチセンターの解説を読むとparticularly unhappyとある。私は不幸なのか?希望がないのか?心が満たされていないから、このフラワー・エッセンスを服用したとたん、楽しくて仕方のない夢を見たのだとしたら・・・

  これは自分に問うしかない。残りの人生で何をしたいのか、何ができるのか・・・大変なものと出会ってしまった。

    その1はこちらから
   

     あとがき

  いったんこれで終わります。心の中に封印してしまっているもの。それを花が溶かしてくれるとしたら・・・ムッシュー・モワンとの巡りあい、感謝しないといけないですね。ショックで心が砕けてしまいそうになった時Rescueレスキューという処方があるそうです。説明はこちらです。フラワーエッセンスの本も日本語で出ています。どちらにしても使用前に医者かテラピストに面談することをお勧めします。

  日本でも東京女子医科大学付属青山自然医療研究所クリニックのように相補・代替医療に取り組んでいるところはあります。月刊誌Voice 2006年 12月号 (PHP研究所)に木村麻紀さんがインタビュー記事を書いているそうですから参考にされるといいでしょう。
  
  

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2006.11.15

ナント溺死刑の追悼式典と講演会

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  メインストリートには高級ブティックが軒を並べ、活気あふれる町Nantesナント。中世にはブルターニュの首都であった。今でもブルターニュ公の城があるが修復中で中にははいれない。

  その後、この町が繁栄したのは奴隷貿易だった。フランスの大河ロワール川をのぞむ一等地、フェイドー島とその周辺には冨を築いた商人たちがきそって豪華な館を建築した。それは以前奴隷制撤廃記念日を制定に書いたとおりである。

  さてフランス革命直後、ヴァンデ戦争と呼ばれる悲劇が起きた。ヴァンデのカトリック王党軍を追い詰めた国民公会議員のカリエは増加する囚人をてっとりばやく処刑する新しい方法を考えた。

  船に乗せてナントを流れるロワール川に生きたまま沈めてしまえばいいと。船に数十人を押し込めて川の中央に沈める。浮いてくるものには容赦なく銃弾があびせられた。しかも死人に洋服は無用というわけで、乗船前に衣類を剥ぎ取り売ったのだった。子供も含め総計6000人以上が溺死したと推定されている。さすがに非道な殺害方法だったので、のちにカリエ自身もギロチン刑となった。

  私はこのヴァンデ戦争の歴史を語り継ぐ2つの団体に所属しているので、この戦争の講演会や追悼式典には数十回参加している。メンバーと共に数々の旅をし、虐殺のあった現場に実際に足を運んできた。この週末はヴァンデ関連で別々の催しがあり、両方とも行くことにした。土曜日の講演会、日曜日も午前中のミサは無料なので、興味のある方は参加してほしい。ナント溺死刑の追悼式典と講演会は日曜日だ。

1)Troisième journéée d'étude sur l'Histoire militaire des guerres de vendée
L’Institut Catholique d’Etudes Supérieures (ICES) à La Roche sur Yon

2)Commémoration des ’Noyades de Nantes’
Messe en l’église Notre Dame de Bon-Port à Nantes (place du Sanitat)
Conférence au Musée Dobrée par Monsieur Thierry Piel ,
Professeur Agrégé d’Histoire de l’Université de Nantes

  虐殺があった事実を正しく認識すること、そしてそれを伝えること。こつこつと地道な努力を積み重ねている人たちがいるのである。

  

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2006.11.14

平常心を取り戻す秘薬 その4 錬金術の霊薬

Flamel
  薬局でもらった小冊子にはLes elixirs florauxと書いてある。まずelixirをロワイヤル中辞典で調べた。(1)エリキシル剤(主薬と香料などをアルコールに溶かした薬剤)、(2)錬金術の霊薬、妙薬、(3)精髄とある。「錬金術」などという単語を目にしてすっかり舞い上がってしまう。

  霊薬が薬局で買えるとは、フランス恐るべし!! 

  「錬金術」とは、非金属を何らかの神秘的・疑似科学的手法で貴金属に変えることを目的とした術のこと。そして「賢者の石」とは金属を金に変え、人間を不老不死にする力を持つとされる物質。Flamel_f「錬金術」という単語を知らなくても「賢者の石」や「ニコラ・フラメル」という名前に聞き覚えはないだろうか。

  「ハリー・ポッター」シリーズ第一作目や「ダヴィンチ・コード」に出てきたあの「ニコラ・フラメル」である。彼は実在の人物で14世紀にパリに住んでいた。その建物がまだ残っているのである。こちらもパリ散策中に偶然立ち寄ったのでハリー・ポッターと賢者の石のニコラ・フラメルに写真を載せておいた。

  

ニコラ・フラメルこそは、中世フランスで並ぶ者のない博士(マージュ)であり、師匠(メートル)であり、稀代の占星術師、錬金術師として、その名は高い。(中略)
秘法の鍵を読み解き、ついに1382年4月25日、午後5時ごろ、水銀の溶媒に溶かした鉛が輝く金に変わってあらわれるのを見た・・・・・ フランス巡礼の旅より抜粋

  ニコラ・フラメルはSt Jacques de compostelle サン・ジャック・ドゥ・コンポステル巡礼の帰り道にユダヤ教学者カンチェス氏と出会い神秘学の手ほどきを受け、錬金術を完成したと言われている。右側は彼の墓に刻んであったという彫刻の写し。莫大な金を手にしたと伝えられるが、信仰心が厚かったので財産は教会や施療院にすべて寄付し妻と二人でつつましく暮らした。Portail offert par Nicolas Flamel et sa femme これはパリの教会に実在したニコラ・フラメルと妻の彫刻である。

  サン・ジャック・ドゥ・コンポステル、コンク、巡礼、ニコラ・フラメル、霊薬・・・ キーワードが限りなくつながってゆく。こんなに書くつもりはなかったのだが、数人の友人に話したところもっと詳しく知りたいと言われたのでつい・・・このまま書き続けると長編になりそうで困っている。次回はついに秘薬の正体が明らかになるか?

     参考資料

  錬金術師の館 錬金術についてすっきりとまとまっていてよくわかる

  その5につづく  (その1はこちらから)

  

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平常心を取り戻す秘薬 その3 植物療法

Fleur
  「アロマテラピー」とは、植物から抽出した100%天然のエッセンシャルオイルを用いた芳香療法のこと。香りの分子が嗅神経から自律神経、内分泌系、免疫系のシステムを司る脳下垂体へ伝達されると、生理活性物質が分泌されるという仕組み。

  私は普段、数種類の精油(エッセンシャルオイル)をアロマポットに水と一緒に入れて、下からろうそくで熱して使用している。ラベンダー、レモングラス、オレンジ、クローブなど、その時々で香りを変えるのだが、確かに効果はある。それとは別に、蒸留水ローズウォーターを洗顔後に顔にスプレーすると、バラの香りが広がって気分がいい。

  一方の「ホメオパシー」とは毒物を微量に含むレメディ(植物や鉱物などを高度に希釈した液体を小さな砂糖の玉にしみこませたもの)を服用する。毒物に対する抵抗を意図的に起こし、自己治癒力を高め活力を取り戻させるのである。一見怖そうだが、フランスでは保険がきくし使用している人も多い治療法である。

  日本でも多くの植物が民間療法として用いられている。子供のころ怪我をするとヨモギの葉をもんで止血したり、喉が痛いときはキンカンを食べたりした。五月の節句にはショウブ、冬はユズを浴槽に入れたものだった。このような知識は生活の知恵として根付いている。

  さて私はよくわからないまま薬局に行ってムッシュー・モワンが書いてくれたメモを見せた。すると5本のエッセンシャルオイルによく似たビンと、1本の空のガラス瓶を出してくれた。「全く知らないのですが、たまたま勧められたので」と言うと「レンヌでも2人の医者が熱心にやっているし、講習会に参加した友人もいるの。よく効くわよ」と説明書もくれた。それから指示どおり酒屋によって、コニャックとミネラルウォーターを購入し自宅に帰った。

  それからテーブルの上にすべてを並べ、空のガラス瓶にコニャックとミネラルウォーターを入れる。次におのおののビンの中身を3滴ずつおとしかき混ぜる。それで完成。あとはこれを1日に4回口に入れるだけ。おもむろに口を空け、スポイトで4滴だけ口に落とす。

  たった4滴なのだが、それから数分すると気分が落ち着いたように感じた。でも半信半疑だった。寝る前にまた4滴飲んだ。するとその夜、とても楽しい夢を見た。どんどんいい事が立て続けに起こる夢だった。体調がよくなかったのでそのまま寝ていると、さらに夢が広がってゆく。すべてを覚えているわけではないが、服用前とあきらかに何かが異なっている。そこでネットで調べてみることにした。

  その4につづく  (その1はこちらから)
  


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2006.11.12

平常心を取り戻す秘薬 その2 天国と地獄

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    さてフランスの最も美しい村々にも選ばれているConquesコンク。そんな小さな村で偶然出会ったムッシュー・モワンは教会の入り口前で私をまっていてくれた。サント・フォア教会のタンパンは天国と地獄の姿をくっきりと浮かび上がらせた彫刻で有名である。

  私の長年の研究テーマは「生と死」なので、これまで「死」を表現したフレスコ画や彫刻をたくさん見続けてきた。サント・フォア教会の彫刻は評判にたがわぬ傑作だ。ここではキリストはそれぞれの手で「天国」と「地獄」を指し示している。「救済」と「劫罰」がはっきりと目に見えるように区別されているのである。

  下の写真は「地獄」の一部分である。中央に座っているのが地獄の大王。左端の馬から引きずりおろされている領主(くさび帷子着用)は「傲慢」を、互いの首を縄でくくられている男女は「淫乱」を、大王の右側で首を吊られている男は「吝嗇」を、その足元で舌を引っ張られている男は「虚偽」を、それぞれ象徴している。拷問を加えられている人間の血管まで浮き上がって見えるほど細かな描写なのに恐怖がわいてこない。

  このタンパンの前で静かにムッシュー・モワンは話し始めた。「昨日の夜はもと修道院の建物に泊まったんだけれど、エネルギーが満ちているのを感じたよ」。それから次第に心の仕組みに話はうつっていった。「人にはそれぞれ苦手なものがある。怖さはいろいろな種類に分類できるんだ。犬が怖いとか闇が怖い。過去のひどい体験が忘れられない、または得体の知れないものやまだ起きていない未来が怖いとかね。客観的に自分を見つめなおすことが、第一歩なんだ」と。
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  私はめったに自分のことを人に話さないのだが、この村全体を包み込む雰囲気がそうさせたのだろうか。過去について、そして現在について聞かれるままに、正直にありのままを答えた。そうして30分くらい話しあっただろうか。彼はいくつかの製品の名前と使用方法を書いてくれた。「このメモを持って薬局に行けばいいよ。それからコニャックとミネラルウォーターも忘れずに。これは薬ではないから副作用もない。きっと心が楽になるから」。

  ひとりひとりの症状に応じて組み合わせを変えるらしいのだが、それとは別にたとえばひどいショックを受けたとか、受験前とかイザという時にほんの数分で平常心に戻るまるで魔法のような処方もあるという。一種の植物療法だが、私がこれまで知識のあったアロマテラピーや、フランスでは普通に行われているホメオパシーではないという。ではいったいどういうものなのか。
  
  その3に続く  (その1はこちらから)

 
    関連書籍

  Le tympan de Conques en détail コンクのタンパンについての解説書 写真入りで詳しい説明がはいっているのだが、30ページと小冊子なので携帯できる
  フランス・ロマネスク この本のコピーを持参して見学した
  ロマネスクの図像学〈上〉
  ロマネスクの図像学〈下〉

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平常心を取り戻す秘薬 その1 巡りあい

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  微笑みをたやさずにいたいと思っても心をコントロールするのは容易ではない。知らぬ間にバランスが微妙にくずれ、いらいらしたり落ち込んだりする。

  体調がすぐれないとなおさらだ。10日ほどまえから風邪で喉が痛くなり、それがおさまったと思ったら鼻炎になって、まだ完全にはもとに戻っていない。今日は数年ぶりの偏頭痛に悩まされた。それに背骨のずれから来る痛みはもう1ヶ月も続いている。だが、風邪で寝込んでいる間に非常に興味深い体験をした。眠るたびに楽しくてたまらない夢を立て続けに見たのだ。

  実は1週間前からあるものを服用している。それが確かに心に効いているのだ。身体はなかなか回復しないのだが、驚くほど気分は落ち着いて安定している。その秘薬を処方してくれたのは、Conquesコンクで知り合った男性で苗字が何とMoineモワン(修道士という意味)さん。徒歩で巡礼している途中だった。
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  この出会いもおもしろいものだった。私が観光案内所で聞いた民宿でその夜の宿泊を頼んでいたら、大きなリュックを背負った男性がやってきて、「chambre(部屋)はありますか」と聞いた。「すみません。こちらの女性がたった今決めたところです」とことわった。私が横から「ベットはひとつ空いてますけれど」とつぶやくと、男性は不思議そうにじっと私の顔を見ていた。そしてもういちど「champooing(シャンプー)がほしいのです」と言った。

  オーナーと私はしばらく考えてから大笑い。そこで別れたのだが、Conquesコンクは狭い村なので誰もがすぐに顔見知りになる。Moineモワンさんは教会前で再び出会った私を「別の店でシャンプーを買い、さっぱりしました。やはり相部屋お願いできませんか」とからかいながらも巡礼仲間に紹介してくれ、8人と一緒に夕飯を食べた。よく話を聞くと、私の部屋は彼と友人がその前日にキャンセルしたものだった。ほかの人たちも別の道ですでに挨拶を交わしていた人たちだった。

  それぞれ同じ順路を歩いているうちに親しくなった人たちだそうだ。巡礼路は長いのですべての行程を一度に歩き通す人はごくわずかしかいない。彼の場合は友人に誘われ、2週間だけ参加している。この8人のうち6人がこの日が巡礼の最終日だったこともあり、教会でパイプオルガンの演奏を聴き夜半まで話がはずんだ。職業をたずねるとしばらく考えて「エネルギー研究家」だという。「たとえば風力発電とか、そういうものですか」という問いに「いやいや、生体エネルギーです」という答えが返ってきた。もう時間が遅かったので、翌日の朝教会の前で待ち合わせをした。

  その2につづく

  

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2006.11.10

旅の神髄は世界遺産にあり

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  11月7日に発売されたフランスの旅 no.3―旅の神髄は世界遺産にあり。パリから先の、知られざるフランスへ。 表紙に用いられているモン・サン・ミッシェルの夜景が印象的です。写真をクリックすると大きくなります。

  その主な内容は以下のとおりです。

 総力特集★憧れの世界遺産を訪ねる モン・サン・ミッシェル
  ・モン・サン・ミッシェルへの旅路、歴史、島内の歩き方など
  
 大特集★知られざるフランスに出会う旅 ラングドッグ・ルシヨン 大紀行
  第一章/ラングドッグ・ルシヨンの旅
  ・ラングドッグ・ルシヨンの世界遺産
  ・次に飲んでみたいのは、セパージュワイン
  ・厳選・美食&もてなし自慢のホテル4軒

  第二章/カタロニア地方
  ・カタロニア地方のものづくり
  ・芸術家がたどった、カタロニアの街案内

 特集★アラン・デュカスの旅 プロヴァンス&コート・ダジュール美食散歩

 特集★教会建築と芸術に触れながら、もうひとつの南仏に出会う旅
  ミディ・ピレネー地方 天空の村を探して


  まだ実際に手にとってはいないのですが、思い入れのある本です。というのも、9月に旅した南仏(コート・ダジュール、ラングドックルシオン、ミディ・ピレネー)はこの本の制作スタッフと一緒だったからです。私は現地での通訳とコーディネイト、それに車の運転をしました。車のトランクは非常に大きかったのですが、カメラや撮影機材でいっぱいでした。

  私たちが訪ねた世界遺産は、ポン・デュ・ガール(ローマの水道橋)、城塞都市カルカッソンヌ、ミディ運河、フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路でした。カルカッソンヌでは大雨が降ったため、大幅に予定を変更せざるをえませんでした。夜景を撮るため真夜中まで撮影をしたのですが、非常に美しい景色でした。コルド・シュール・シエルの夕暮れどき、高台から太陽が沈むまで撮影したことも忘れられません。

  世界遺産には選ばれていなくてもペルピニャン、アルビ、トゥルーズ、コリウールもそれぞれ個性的でした。そしてアルビのサント・セシル大聖堂のフレスコ画「最後の審判」の迫力には圧倒されるばかりでした。またカタロニア独特の風習を守ろうとする人たちの誇りにみちた生き様にも心打たれました。

  この本のもうひとつの特色が「美食&もてなし自慢のホテル」紹介です。アラン・デュカス氏ひきいる「シャトー&ホテル・ド・フランス」に加盟しているホテル13軒を訪ねたのですが、それぞれ出発前に何度も連絡を取っているので、知人に会いに行くような感じがしました。どこともスタッフの人たちの暖かい笑顔が印象的でした。シェフと早朝の市場や食材の生産者を訪ねたことも貴重な体験でした。手元に届くのを首を長くして待っています。

       追加

  フランスまで送っていただきました。私が関わっているのは30~111ページまでです。46ページに載っているベルナールさんのおいしいハチミツをいただきながら、南仏の青い空と海、そして切り立った山をなつかしく思い出しています。

  AIRBUS社ではA380のモックアップ(実物大模型)に乗せていただきました。その大きいこと!エコノミークラスの人がゆったりくつろげる広いラウンジもあります。日本線の就航が待ち遠しいです。

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2006.11.09

フランス 全面禁煙が近づく

  フランスは来年2月1日から公共の場での禁煙が決定した。ただし、カフェ、バー、レストラン、ディスコなどは11カ月間の猶予があり、全面禁煙は08年1月1日から。違反喫煙者には罰金75ユーロ、施設の責任者には150ユーロが科せられる。「密閉の喫煙室」があれば喫煙が認められるらしいが、これらは全体の3%くらいだと推測されている。

  はじめにこのニュースを聞いたとき、ほんとうに実施できるだろうかと疑った。なぜなら道路を歩いていても、くわえタバコは当たり前、吸殻は道中に落ちているくらいだからだ。数年前からタバコの価格が急騰していて1箱5-7ユーロ。日本円に換算すると800円もする。学生たちは一番安い手巻きタバコをクルクル巻きながら、フィルターもつけずに吸っている。
 
  町で見知らぬ人から「タバコ1本くれませんか」と声をかけられることもしょっちゅうある。私はタバコを吸わないだがこれまでヘビースモーカーが周りにたくさんいたので、煙がただよってきただけで数種類の銘柄を言い当てることができるくらいだ。

  それに葉巻の人気も根強いものがある。タバコを吸わなくても葉巻は別なのだという。たとえばパリのシャンゼリゼ通りにあるガラス張りの建物、publicisdrugstoreには、カフェ、レストラン、ワインショップ、本屋などがあるが、その一画にLa Cave à Cigares葉巻専門店があり、大変繁盛しているのだ。友人にいわせれば「食事の後にゆっくりと香りを楽しむ」のだという。高級ホテルでも葉巻を扱っているところは多い。これも自宅で楽しむことになるのだろう。

  すでにアイルランド、イタリア、スコットランドが全面禁煙となっている。喫煙者にとってはますます肩身がせまくなってきた。

 

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機内持ち込み手荷物の規制を強化

    飛行機の機内持ち込みがさらに制限されるようになった。女性は普段使っている化粧品さえも没収されるおそれがあるので注意が必要だ。

欧州連合(EU)で6日から、飛行機に搭乗する客の機内持ち込み手荷物の規制を強化する新たな規則が運用される。

この規制強化措置は、今年8月に英当局が米国に向かう旅客機を液体爆弾を利用して爆発するという計画を阻止したことが発端。新たな規則では、EU内の空港から出発するすべての乗客に適用されるもので、液体には、クリームやヘアジェル、マスカラも含まれ、最大で100ミリリットルだけが持ち込める。液体は小さな容器に入れた上で、透明なビニール袋に入れなければならない。

薬やベビーフードは例外で、また、搭乗前に空港内の店で買った飲み物や香水なども持ち込める。また、ラップトップコンピューターやビデオカメラ、ラジオなどの電気製品は別個にエクス線検査を受ける必要がある。

EUスポークスマンによると、今回の規則はEU内のすべての空港で適用されなければならない最低限のもので、各国は必要ならばさらに厳しい措置を講じることが可能という。

到着客にはこうした規制は適用されず、また、出発する乗客でもチェックイン荷物に入れるならば、もっと大量の液体も許可される。〔AFP=時事通信社


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2006.11.08

Route du Rhum 単独大西洋横断ヨットレース、新記録誕生

Depart
  10月29日にSaint-Maloサン・マロを出発した単独大西洋横断ヨットレース、はやくもGuadeloupeグワドループに到着している。出発当日は波止場までいったのだが、濃い霧がでて写真のようにぼんやりとしか見えなかった。前回は強風がふいていたという話だ。

  Multicoques ORMA (18.28m,60 pieds)多胴艇部門で優勝したのはLionel Lemonchois リオネル・ルモンショワ。1960年、ノルマンディ生まれだ。19982002年(訂正。8年前)の記録を塗り替えた。

  1998 Laurent Bourgnon   Sui T 18.28m 12d08h
  2002 Michel Desjoyeaux Geant T 18.28m 13d07h
  2006 Lionel Lemonchois Gitana 11 T 18.28m 7d17h19m06s

  Gitana 公式ホームページ 感激の優勝シーンをビデオでどうぞ。

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2006.11.04

フランスのニュースキャスター Mélissa Theuriau メリッサ・テュリオ

Melissa_theuriau
    女性ニュースキャスターMélissa Theuriauメリッサ・テュリオ(1978年7月生まれ)が注目されている。彼女はフランス南東部のローヌ・アルプ地方、グルノーブルで生まれた。地元でICM(Institut de la Communication et des Médias)というディプロムをとり、Match TVでレポーターとして活動を開始、2003年からテレビ局LCIに移った。そしてわずか3年で朝のニュースキャスターに抜擢された。

  端正な顔立ちとニュースキャスターには見えないラフなファッションが若者たちに受け、ファンクラブもできるほどだ。ほかのテレビ局のニュースキャスターたちが隙のないスーツに身を包んでいるなかで、彼女のファッションはひときわ目をひく。タンクトップやTシャツを重ね着したりと、まるで大学生のようなのだ。写真はGoogle imageでどうぞ。

  Photo_1  現在発売中のダカーポ 2006年11月15日号が「女性ニュースキャスター」という特集を組んでいる。日本の女性ニュースキャスターの比較をしているのだが、アメリカとフランスからそれぞれ1人のニュースキャスターが紹介されている。

  日本に帰国していた10月初旬に、ダカーポ編集部からMélissa Theuriauメリッサ・テュリオについて聞かれたので、テレビの画面で見た感想を簡単に述べた。数日前、編集部から「雑誌を送ります」と連絡があり、私のコメントが記名入りで載ったことを知った。

  この記事を友人がスキャンして送ってくれた。特集ではLCIのニュースキャスターと紹介されている。日本でも評判になるくらいなのだろうかと、彼女のことを改めて検索してみた。すると、彼女は今年9月から別のテレビ局M6に移っていることがわかった。現在はle magazine Zone Interditeを担当している。記事は私が書いたものではないし彼女の経歴を答えたわけでもないのだが、事実と異なる内容になっているのが気にかかって仕方がない。

  聞かれたときに、最新のデータを詳しく調べ、資料としてわたすべきだった。それがおろそかになっていたことに恥じ入った。自分の名前が出るということは、それだけの責任がある。原稿を書くときは、片っ端から資料を集め、納得できるまで書き直すのが習慣になっている。何度も手を入れているうちに最初とは異なる内容になることも多い。

  ただコメントを述べただけだとか、普段と異なる状況だっのでしばらくテレビを見ていなかったことなど言い訳にしかならない。読んでくれた人にも申し訳ないと思う。そこで編集部にお詫びのメールを出した。これからは何事にも最善をつくそう。

    LCI.fr テレビ局LCIのサイト
  M6 le magazine Zone Interdite 現在出演している番組
    M6 Melissa Theuriau 非公式サイト、彼女のビデオはこちらから

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2006.11.03

ヨーロッパの王妃

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  数年前、英国を旅したとき、王室の宝石コレクションを見た。ちょうどその時、歴代の王妃のウエディングドレスや故ダイアナ妃のドレスも別の場所に展示されていた。ルーブル美術館にもCouronne de Louis XVルイ15世の王冠がある。このようなきらびやかな衣装や宝石を身にまといつつ、他の国に嫁いでゆく王女たち。

  そのほとんどが、ものごころのつかないころに婚約者を決められていて、自分の意思で相手を選ぶことも叶わない。それでも仲むつまじく添い遂げることのできたカップルもいる。だが歴史の波に翻弄され、再婚を余儀なくされたり、時として処刑されてしまうケースもあった。

  この「図説 ヨーロッパの王妃」には13人の実在の人物が生きた波乱万丈の物語が綴られている。夫をそして子供たちを守るため、雄々しく運命と立ち向かう王妃たち。刻々と変化するヨーロッパの情勢が、彼女たちの行く手に立ちふさがる。豊富なカラー図版が時代ごとの風俗を示してくれ、それぞれに細かな系図があるので歴史の復習には最適の本だ。

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2006.11.01

Rocamadour ロカマドゥールの夕暮れ

Rocamadour_nuit

    ブルターニュには高い山がない。それに比較すると南仏の風景は起伏にとんでいる。断崖絶壁のうえに寄り添うように家々が建っているのだ。このような地形が天然の要塞となって外敵の侵入を防いだのである。

  曲がりくねった山道を抜けると、突然対岸にRocamadour ロカマドゥールが見えた。そそりたつ白い岩の上に教会がある。それまですでに南仏の秘境を訪ねていたが、Rocamadour ロカマドゥールは特別だった。教会の下の急な坂道を登りきると、反対側の高台についた。

  もう夕方で観光案内所も閉まっていた。あるホテルの前に「空き部屋有り」と書いてあったので、迷わずそこに決めた。そのホテルの窓から見えたのがこのような絶景だった。ホテルの目の前にあったクレープ屋のテラスでビール片手に夕日が沈むのを眺めた。

  風が強かったので、ウエイターは室内にはいるよう何度もすすめてくれたのだが、この素晴らしい夜景をガラスごしに見るのは我慢できなかった。約2時間、あかね色の空が闇に溶け込んでゆくまでじっとそこにいた。

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