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2007年2月の記事

2007.02.26

SNCFの新しいユニフォーム決定

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  こちらがSNCFの新しいユニフォーム。私も大好きなChristian Lacroix クリスチャン・ラクロワのデザインだ。彼は新しいTGVの内装もてがけている。これが斬新な色あわせ。まだ古い車両が多いのだが一度乗ったら忘れられない。

  というのも、座席のほとんどが紫色で、少しだけオレンジ色の座席が混じっているのだ。その写真はこちらにある。実物のほうがもっと華やかというか、コントラストがきいている。日本では考えられないような色調だろう。

  上の新しいユニフォームを制作しているのはArmor Lux アルモー・リュクス。1938年創業のブルターニュを代表する服飾メーカーである。ストライプのTシャツで有名だ。

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2007.02.25

Gustave Flaubert en Bretagne フルベールのブルターニュ旅行

Flaubert
Gustave Flaubert ギュスターブ・フローベール(182~1880)のVoyage en Bretagne『ブルターニュ紀行』が3月に翻訳刊行されるとありくいさんが教えてくれたのだが読んだことがなかったのでどのような内容なのか調べてみた。

  bretagne.comの説明によるとフロベールは1847年春に友人と共にブルターニュを旅行している。海ぞいを自分の足で歩き、その感想をつづったのだ。この年、フランスでは2月革命が起きていたのだが、収穫が悪く農民たちは怒っていた。革命で2月24日にはフランス王ルイ・フィリップが退位。 翌日には第2共和政が開始した年なのである。Flaubert découvre la campagne bretonne en 1847. Scène de vie à Plouharnel (56).

    Centre de Recherche sur la Littérature des Voyagesで行われた講演を音声で聴くことができる。内容はおもしろいがとても長いので、暇があるときにどうぞ。
Flaubert en Bretagne (Par les champs et par les grèves): voyage et anti-voyage, le discours viatique comme laboratoire du roman par Roland LE HUENEN (Université Victoria (Toronto)) 20 avril 2005


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これがフランス語版。リンク上で中身の一部が閲覧できる。
  Voyage en Bretagne








     追加情報

51cwmubjql_aa240_ ブルターニュ紀行 野を越え、浜を越えが発売になった。

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2007.02.24

巨大ウサギ、北朝鮮で飼育開始

  以前世界一 大きなウサギというエントリーでドイツにいる巨大なウサギを紹介したことがある。「German Giant」という種類のウサギなのだが「本当にウサギ?」と疑うような堂々たる体格だった。

  産経新聞に北朝鮮、巨大ウサギに食指という記事があるのを見つけた。

食糧難にあえぐ北朝鮮がドイツの“珍獣”に関心を寄せている。通常のウサギの3倍ほどもある「灰色の巨人」の異名を持つ巨大食用ウサギがそれだ。北朝鮮政府の依頼でこのほど巨大ウサギを同国に輸送したドイツ人の男性は、北朝鮮外交官との意外なやりとりの一部を明かした。(独東部エバースバルデ 黒沢潤)

 この男性は、エバースバルデで巨大ウサギの交配・飼育を42年間行っているカール・スモリンスキ氏(67)。このウサギは「世界最大品種」といわれ、体長約70センチ、重さが10キロ前後ある。1匹からは7、8人分の肉(約7キロ)がとれる。

 北朝鮮がスモリンスキ氏に接触してきたのは昨年10月。同氏がこれに先立ち行われた巨大ウサギ・コンテストで、最優秀賞を受賞したのを北朝鮮メディアが取材したのがきっかけで、同国指導部が興味を持ったとみられるという。

  なるほど、このウサギなら北朝鮮の人々の貴重なたんぱく源になるに違いない。在ベルリン北朝鮮大使館の外交官がウサギを見て、「肉、肉、肉」と異常なほどの関心を示したという記述が非常にリアル。スモリンスキ氏は北朝鮮政府の依頼を受けて北朝鮮を訪問し、ウサギの繁殖法を指導する予定だそうだ。

  でも、このウサギに与え続けるだけのキャベツはあるのだろうか?という素朴な疑問がうかんできた。まずは巨大キャベツを探す必要があるのでは・・・

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2007.02.22

Ségolène Royal à Rennes セゴレーヌ・ロワイヤル女史、レンヌに来る

  フランス大統領選挙の第1回投票は4月22日。あと2ヶ月である。Nicolas Sarkozyニコラ・サルコジ内相が優勢といわれているが、ここにきて社会党公認候補Segolene Royalセゴレーヌ・ロワイヤル女史がじわじわとサルコジ内相を追い上げている。その詳細はセゴレーヌ・ロワイヤル人気上昇中を参照のこと。
 
    そのセゴレーヌ・ロワイヤル女史が20日にレンヌにやってきた。その演説(上記ビデオ)を聴こうと、支持者たち約15000人が集結した。演説では、ブレイス語の擁護についてふれるなど、ブルターニュの特殊性をとらえて語っている。「フランス初の女性大統領が誕生するか」とますます注目をあびる存在だ。


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2007.02.20

蒼い聖母ご出現の地 Pontmainポンマン その3 聖母ご出現

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  人口わずか500人しかいないポンマンからも38人の若者たちが戦争に参加していた。だがその生死すらわからなかった。そして、敵はすぐ近くまでせまってきていた。1871年1月17日。その日はとても寒く、雪が屋根を白くおおっていた。しかもフランスではめったにない地震が昼間に起きたのだった。

  その日の夕方、Barbedetteバルブデット家の納屋(写真、上下)ではEugèneウジェーヌ(12才)とJosephジョゼフ(10才)が父親の手伝いをしていた。彼らには父親の異なるAugusteオーギュスト(25才)という兄がいたが、戦争に行ったまま消息がとだえていた。幼い兄弟にとって、兄のやっていた仕事をこなすのは容易なことではなかった。そこで二人はいつも「早く戦争が終わり兄が帰ってくるように」と祈っていた。(母親の1度目の夫と3人の娘たちは腸チフスで相次いで亡くなっていた)。
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  そこに近所の人がやってきた。そして兄オーギュストが無事ですぐ近くの村に戻っていると知らせてくれた。ウジェーヌは仕事の手を休め、空を見上げた。すると隣家の屋根の上に蒼い服を着た女性の姿が見えたのだ。女性の洋服には星がいっぱいついていて、その顔は微笑みをたたえているようだった。
  
その4につづく その1はこちらから。

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2007.02.17

ルーブル美術館、ストのため無料

  フランスではつねにどこかで行われているストライキ。14日にはMusée d'Orsayオルセー美術館とMusée du Louvreルーブル美術館で監視員のストがあった。オルセー美術館は閉館になったが、ルーブル美術館は特別なはからいで普通は8.5ユーロする(今年7月からは9ユーロに値上げされる)入館料が無料になった。ルーブル美術館、監視員のストで入館無料(朝日新聞)

  ここで新しいことを発見。というのは、「混雑防止を理由に05年9月から人気絵画の写真・ビデオ撮影を禁止」していることだ。この事実を私は知らなかったが、一部絵画だけ禁止になったことを観光客は理解していないと思う。ルーブル美術館を見学するときには注意しよう。

       フランスでの報道

La grève des gardiens de musée se poursuit à Paris Le Nouvel Observateur
  

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2007.02.15

蒼い聖母ご出現の地 Pontmainポンマン その2 普仏戦争

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 Pontmainポンマンに聖母があらわれたのは、1871年1月17日のことだった。1866年、フランスはオーストリア皇帝の要請を受け、オーストリアとプロシアの戦争に干渉していた。その結果、戦争は短期間で終結し、北ドイツ連邦が成立。ビスマルクが宰相に就任した。

  次いで70年にプロシア王家の血をひくレオポルトがスペイン王につこうとするのをフランスのナポレオン3世が反対したことが引き金となって、同年7月、フランスがドイツに宣戦布告する。

  だがフランス軍は敗戦を重ね、ナポレオン3世が捕虜となる。そして9月2日にはドイツ軍に降伏したのである。この戦乱で多くの人たちが戦火を逃れ、現在のアルザスやロレーヌ地方から、ブルターニュをはじめとするフランス西部へと逃れてきていた。(私の友人であるギヨームの祖先たちもそのころブルターニュに移住してきたそうだ)。

  クリスマスに必ず飾られるクリスマスツリーの起源はアルザス地方。移住をよぎなくされた人々が故郷をなつかしみツリーを飾ったのである。しかし、その風習はフランス国内では人気がなく、それからスカンジナビアやアメリカに広まった。フランス本土で親しまれるようになったのは第一次大戦後、アメリカから持ち込まれたもの。今ではおなじみのクリスマス・ツリーだが、この普仏戦争時の故郷への郷愁がもたらした風習なのである。

  つい話がそれてしまったので、ポンマンにもどろう。プロシア軍は、1月12日にLe Mansル・マンに入り、17日にはLavalラヴァル近くまで進軍していた。ラヴァルからポンマンまでわずか50kmしかなかった。

  その3につづく その1はこちらから。

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2007.02.11

Musée des manuscrits du Mont-Saint-Michel モン・サン・ミッシェル写本美術館

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  世界遺産に指定されているMont-Saint-Michel モン・サン・ミッシェルの中にあった図書館はヨーロッパでも有数の豊富な写本を所持していました。現在はAvranchesアブランシュで保管されています。詳細はこちらに書いています。上の写真は観光EXPOの様子で、実際の美術館の内部ではありません。

  ずっと市役所内部の図書館にありましたが、新しくこれらを展示する美術館がオープンしています。Mont-Saint-Michel モン・サン・ミッシェルから車なら1時間ほどで行けますのでぜひどうぞ!
Musée des manuscrits du Mont-Saint-Michel

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