蒼い聖母ご出現の地 Pontmainポンマン その11

プロシア軍は1871年1月5日、それまで包囲していた首都パリに砲撃を開始。戦闘は続いていたがフランス軍の巻き返しは望みうすだった。そして1月18日、ヴェルサイユ宮殿でドイツ帝国の皇帝ヴィルヘルム1世の即位式が行われた。(宰相はビスマルク)。ちょうどそれは蒼い聖母ご出現の翌日のことだった。(戦争のいきさつはその2を参照のこと)。
この物語の舞台となったPontmainポンマンはパリから350kmほど西に位置している。すでに数十キロ離れたLavalラヴァル近くまでプロシア軍が進軍してきていた。小村ポンマンは攻められればひとたまりもない。事実1月18日も大砲の音が響き、予断を許さない状況だった。ところが、この日以降攻撃は中止され20日になると急にプロシア軍が撤退を始めたのだった。そして28日、両国の間で休戦協定が結ばれた。

Pontmainポンマンには平和が戻った。聖母の恩寵でこの地が荒らされることがなかったのだと、村人たちは信じた。そして蒼い聖母が姿を現した空に向かって祈りつづけた。その噂を聞きひとり、またひとりと巡礼者がふえていった。やがてポンマンから戦地へ赴いていた38人が皆無事で故郷に帰郷し村人たちは喜びにわいた。
もちろん誰もが聖母ご出現を信じたわけではない。子供たちはひとりずつ引き離され、教会関係者や医者に何度も尋問された。それまでにも聖母ご出現といわれたことはたくさんあった。しかしポンマンの例は特殊だった。文章があらわれたことはなかったからだ。子供たちの作り話とは片付けられない出来事だったのだ。
下の写真はBasilique Notre-Dame de Pontmainである。この内部の様子はこちらから360度見ることができる。
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