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2007.08.06

蒼い聖母ご出現の地 Pontmainポンマン その6

  シスターは数人の寄宿生に外に出るよう声をかけた。Françoise Richer フランソワーズ( 11才) 、 Jeanne-Marie Lebossé ジャンヌマリー( 9才 )、 Augustine Mouton オーギュスティーヌ( 12才 )だった。フランソワーズは夜出歩くのが怖かったので迷ったのだが、思い切って外に出た。そして、フランソワーズとジャンヌマリーは蒼い服を着た女性を見たのだった。
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  気が付けばほとんどの村人が納屋の前に集まっていた。シスター・ヴィタリヌは「日本の殉教者の祈り」を誦えていた。1597年京都フランシスコ会聖堂にいた修道会士たちが捕えられたこと。耳を削ぎ落とされ、京都市中を引き回わされ長崎の丘の上で磔刑にされたこと。まるでキリストと同じように胸を突かれたこと。そして26人の中には子供もふくまれていたことなどだ。彼らは1862年6月8日、教皇ピオ9世によって聖人となった。この物語がブルターニュSaint-Brieuc サン・ブリユーにあるキリスト教の学校で「日本の殉教者の祈り」として作られ、フランス西部でよく知られていたのである。

  Eugène Friteauフリトー( 6才 )は厚いマントにくるまれ、おばあさんに連れられてやってきた。あまりに寒かったのですぐに家に帰ったのだが、数日後美しい女性を見たと証言した。「何も言わなかった。僕に笑いかけたから、僕も笑ったよ」と。

  まだ25か月にしかならない女の子も何かに反応した。Augustine Boitin オーギュスチーヌは空を見つめながら手をたたき、Le Zésus(キリスト)と繰り返した。ほかの宗教用語を知らなかったからだ。数日後近所の奥さんが別の場所を示して「あそこに見えたのよね」と確認するとちゃんと正しい方向を向いて「もういないの。行ってしまった」と答えた。

  その7につづく その1はここから。

     参考資料

  日本26聖人殉教の地
  ヨーロッパ全土で聖フランシスコと修道会がはたした影響はひじょうに大きい。

 

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コメント

こんにちは

フランスの遠い土地のことと思っていましたが、日本のことがでてきて、意外なつながりにおどろきました。それでコメントさせてもらいます。

フランスはどこの町にも立派な教会があり、祈っている人がたくさんいます。「雪の夜に子供がひざまづいて祈る」そのような光景、日本にはないなあと思いました。

投稿: morita | 2007.08.06 16:08

moritaさん。こんにちは。

小さな村で身体も心も寄せ合って生きている、他人や弱者を思いやる心は現代フランスにも顕在です。

このシリーズの最後は村の小さな教会の話でしめくくりたいと思います。まだまだ続くのですが・・・

投稿: 市絛 三紗 | 2007.08.06 17:23

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