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2007.11.17

明治生まれのひとりの日本女性

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  明治43年2月生まれ。もうすぐ98歳をむかえるところだった大好きな人が、おとといの朝天に召された。幾多の戦争を体験し満州で暮らしたこともあった。生涯畑にでて馬車馬のように働いてきた人だった。ゴム手袋をはくのをいやがり、綿の手袋しか使わなかったのでいつも手がガサガサだった。

  私は赤ん坊のころから2歳くらいまで、昼間だけこの人に面倒を見てもらっていた。そのころの私は犬とずっと遊んでいたらしい。その遊びというのは犬の口の中に手を入れることだったようで、犬も子供だから仕方がないと思ったのか、じっと口をあけたままで我慢してくれていたらしい。「噛まれたら大変」とどうにかやめさそうとしたようだが、目を離すと同じことをくり返していたのだと言う。

  亡くなったと連絡をもらったとき、ちょうど黒マリアの謎という本の「飼いならされた死」について読んでいたところだった。植物は冬になれば枯死するが春には新芽をふき出すように、人間もまた新しい生命となってよみがえる。死は存在しないのである。それが中世までの農村における死の観念だった。

  出向いてひとりでお別れをした。最後は眠ったまま朝に旅立ったその人は優しい穏やかな表情をしていた。そっと顔に触れるとまだ暖かかった。「私が行くまで待っていてね」と声をかけた。よもぎ餅やぼた餅など季節ごとに手作りの品を届けてくれたし、数年前まで薪でご飯をたいていたので、一緒によくおこげを食べたものだ。

  それほど丈夫な人だったが、ここ数年は養護施設にお世話になっていた。車椅子からベットに移る介助をしてあげたときのことだ。「どなたさんか知りませんが、ご親切にありがとう」とお礼をいわれた。お礼なんて言わなくていいのにと涙がでた。どんどん若返って私のことも覚えていない。そうやって新しい生への準備をしていたのだろうか。そうであればきっと来世でも出会えるだろう。

  この人には88歳になる妹がいる。子供がいなかったので、「よく行っていた高野山の寺で永代供養してほしい」と妹に最後の身の振り方を頼んであったそうだ。私はこれまで一度も高野山に行ったことがない。来年の命日にそのお寺まで会いに行こう。そして黄色く色づいた銀杏の木の下でおべんとうでも食べようと思っている。


  黒マリアの謎 聖母像はなぜ黒く塗られているのだろうか。キリスト教の浸透するよりはるか昔、ヨーロッパの古層にその起源を求めて旅立った著者は、キリスト教世界のうちに習合された民間信仰の存在を発見した。ヨーロッパ異教世界の復権。
  死と歴史―西欧中世から現代へ 12世紀から今までの、人間の禁忌のテーマ“死”“死を前にしての態度”について、その変わった部分と変わらない部分、そして20世紀の産業化・都市化の果ての未曽有の断絶についての考察。

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コメント

死に関しての捉え方は概ね私と同じと思います。ただ本当の所は誰にも解らないほうが幸せと言う事もある。と最近は思ってます。死を目前にしてなにができるかもその人の生き方か運命のように思えるこの頃です。全ての人が来世では安らかにいられるように祈るだけです。

投稿: 内山仁空 | 2011.02.20 23:59

民衆の中に息づいていた死の観念は、キリスト教下でもさらにケルトの考えに近いものだったのでしょう。

フランスの大地には様々な人生が塗りこめられていて深く知れば知るほど惹きつけられていきます。

投稿: 市絛三紗 | 2011.02.23 01:32

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