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2010.10.08

かけがえのない唯一無二の人

  地球上には68億人が住んでいる。その中でいったいどれくらいの人とめぐり合うことができるだろうか。あなたにとってかけがえのない人はいったい何人いるだろうか。

  私には人生の師と呼べる人が2人いる。ひとりは田辺保さん。フランス文学に精通し、パスカルをはじめシモーヌ・ヴェイユなど多くの著書があるが2年前に亡くなった。もうひとりは司法書士の姫野雅義さん。「第十堰住民投票の会」の元代表世話人で吉野川第十堰の可動堰化計画を巡る市民運動をささえてきた人だ。2人に共通するのは穏やかな物腰、明晰な頭脳、信念をつらぬくゆるぎない意志、そして他者に対するかぎりない優しさだろう。私がフランスにいる時も手紙やメールで2人からどれだけ励まされたかわからない。


  月曜日、友人から1本の電話がかかってきた。「姫野さんが昨日魚釣りに出かけたまま行方不明だとテレビで見たけれど知ってる?」と。その電話が冗談ではないとわかり頭の中が真っ白になった。何かの間違いであってほしいと念じつつ、翌朝100キロあまりはなれた海部川まで急いだ。前日夢うつつで見たのは川底の苔むす石と竹藪だった。それが目の奥に焼き付いて何も手につかなかった。

  車が発見されたのは海部川河口から13キロさかのぼった場所だと朝刊にのっていた。途中で捜索してくれている消防団員に状況をたずねつつようやくそこまでたどり着いた。もうすでに車は撤去され立ち入り禁止のテープがあるだけ。急な鉄砲水で3メートルも増水し、姫野さんを飲み込んでしまったであろう海部川は水かさも減り穏やかに流れていた。男性が「知り合い?」と私に聞いたのだが、言葉は枯れてしまって一言もでてこない。ただうなずいて川面を見つめていた。

  200人余りの消防団員、それから姫野さんを知る数十人が川と海から捜索している。ヘリコプターも上空を舞っていた。見知った人たちを見かけたがどの顔も殺気立っていた。まだ生きているという一縷の望みを捨てていないからだ。13キロという距離はとてつもなく長いが、私も川岸で捜索に加わった。アシやら植物が2メートル近くの高さで生い茂る中をかき分けわずかなすきまを覗き込む。草の根分けて探す、その言葉の重みがはじめてわかった。黙々と作業を続けてくれている消防団員の人たちの仕事がどれほど大変なものか身にしみた。

  二次災害をさけるため捜索は午後5時まで。もし海まで流されていたら、海流にのって和歌山県まで流れ着く可能性もあるという。「もし海底に沈めば、虫が食べてしまって骨だけになる」と聞かされ悲しくなった。もうすでに3日目が終わろうとしていた。夕暮れ時の海部川も海もこの世とは思えないほど美しかった。それを眺めていると押し殺していた涙がこみあげてきた。車の中でひとり泣きじゃくりとっぷりと日がくれた。

  すっかり沈み込んだ心で岐路につく。1時間ほど車で走った頃だった。突然目の前に大きな打ち上げ花火があがった。なんというタイミングだろう。夜空を染める数十発の花火は「君の人生にはまだまだ楽しいことがある。精一杯生きるんだよ」と姫野さんがプレゼントしてくれたかのようだった。

  そして昨日、遺体が発見された。私が到着したときには遺体は病院に運ばれた後だったが服装に乱れもなくきれいな身体だったと聞いてほっとした。見つかった現場は車があった場所から7キロ下流。川が大きく蛇行しているくぼみだった。木がおおいかぶさっていて道路から死角になっていたのだが、すぐ横が竹藪だった。手をあわせて祈ったがもう涙は出なかった。

  死が訪れるまで、どれだけの時間が残されているのかわからないが、悔いを残さないように生きよう。胸をはって堂々と生きよう。2人にどこかで再会するその日まで。


  可動堰反対リーダー死亡:「大黒柱が…」「信念継ぐ」仲間ら、悲報に衝撃 毎日新聞 
  姫野さん不明 「無事でいて」仲間祈る 朝日新聞
  第十堰新活動の矢先 保全運動の姫野さん死亡に仲間絶句 朝日新聞
  川と仲間愛したリーダー 読売新聞


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