スポーツ

2008.04.14

横浜ベイサイドマリーナにGitana 13

  Gitanaという名称に聞き覚えはあるでしょうか。2006年に行われたRoute du Rhum 単独大西洋横断ヨットレースで新記録を出し優勝したあの双胴艇三胴艇、Gitana 11です。現在33m双胴艇、Gitana 13が横浜ベイサイドマリーナに停泊中だそうです。

  このGitana 13が今月サンフランシスコ~横浜の太平洋横断の世界最速記録を塗り替えたのです。Lionel Lemonchoisと10人のクルーが2008年3月29日にサンフランシスコを出発。4月10日の朝横浜に到着。これまでの世界最速記録は14日22時間40分41秒だったのですが、3日も短縮して、11日00時間12分55秒でした。

  この記念すべき大記録を白石康次郎さんもクルーとしてささえました。詳しい内容は白石康次郎 世界一周SHIP'S LOGに書かれています。

Gitana 13 公式ホームページ インタビュービデオもあります
  横浜入港時の写真


  このホームページで今なにげなくGitanaの歴史を開いてみると、ロスチャイルドの名前が出てきて驚きました。100年以上前にスイスのレマン湖で最初のGitanaが走行したことが示されています。本当に偶然なのですが、昨晩ハプスブルグ家のユダヤ人政策について書かれた本を読んでいて、ロートシルトという性がでてきたのです。

  ロスチャイルド家の家系図が手もとにある別の本に載っていますがla Baronne Adolphe de Rothschildというのはパリ家のアルフォンス(1827-1905)のことでしょうか。名前だけでははっきりと断言できません。その次にle Baron Edmond de Rothschild、子供のle Baron Benjamin de Rothschildとありますから、やはりパリ分家で間違いないようです。最後のBenjamin de Rothschildが2001年にGitana Teamを創設したのです。なんだか夢の続きのようでおもしろいですね。

     追加

  ヨットの記述を間違っていましたので訂正いたしました。指摘いただいた山本さま、どうもありがとうございました。正しいのは以下のとおりです。
Route du Rhum 2006に新記録優勝したのはLemonchois艇長の18.28m三胴艇、Gitana 11
今回の太平洋横断新記録を達成したのはLemonchois艇長の33m双胴艇、Gitana 13

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2008.04.07

ブルターニュの自転車レースレポート

  4月4日、la Route Adélie de Vitré が開催されました。21.1キロの大きな周回コースを6周し、8.9キロの小さな周回コース8周する計197,8キロであらそわれたレースです。そのレース結果はこちらです。日本から参戦しているプロサイクリングチーム・エキップアサダは新城選手が16位にはいりました。

  4月6日、第30回目のGrand Prix Cycliste de la Ville de Rennes開催。

  なおエキップアサダは今月、以下のレースにも出場します。お近くの方は応援してくださいね。
  19日 Tour du Finistère フランス・ブルターニュ地方、Finistere
  20日 Tro-Bro Léon フランス・ブルターニュ地方、Finistere                   25~5/1日 Le Tour de Bretagne Cycliste フランス・ブルターニュ地方

  今年のTour de France ツール・ド・フランスはBrest ブレスト出発。7月5~7日までがブルターニュですから、こちらも観戦しましょう。

   追加情報

  Rennes レンヌで行われたGrand Prix Cycliste de la Ville de Rennes(写真15枚あり)ですが、天候は最悪だったようです。そのなかで優勝したのはウクライナのMikhaylo Khalilovでした。そして宮澤崇史さんが6位入賞。おめでとうございます。

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2008.03.06

Tour de France 2008 ブルターニュから出発

Parcours_breton

  夏のフランスは毎年Tour de France ツール・ド・フランス(プロロードレース)の話題でもちきりだ。距離約3500km、高低差2000m以上という起伏に富んだコースで勝負を競う。1903年から数えて第95回となる今年の日程は7月5日~27日まで。出発はブルターニュのBrest ブレストだ。7月5~7日までがブルターニュの行程になっている。

2 juillet  Permanence Presse à Brest
3 juillet  Présentation des équipes à Brest
4 juillet  Permanence Presse à Brest
5 juillet  1re étape Brest (Finistère) > Plumelec (Morbihan)
6 juille  2e étape Auray (Morbihan) > Saint-Brieuc (Côtes-d’Armor)
7 juillet  3e étape Saint-Malo (Ille-et-Vilaine) 

  Le maillot jaune マイヨ・ジョーヌとは黄色のジャージのこと。個人総合成績1位の選手だけが着用できる栄光のジャージだ。ブルターニュには歴代のマイヨ・ジョーヌ着用者がひしめいている。

Les bretons qui ont porté le maillot jaune

Ferdinand Le Drogo (1927), Léon Le Calvez (1931), Jean Fontenay (1939), Louison Bobet (1948, 1953, 1954, 1955), Jean Robic (1953) – vainqueur en 1947, il n’avait endossé le maillot jaune qu’à l’arrivée au Parc des Princes –, François Mahé (1953), Jean Malléjac (1953), Joseph Groussard (1960), Georges Groussard (1964), Jean-Pierre Genet (1968), Désiré Letort (1969), Bernard Hinault (1978, 1979, 1980, 1981, 1982, 1984, 1985, 1986), Ronan Pensec (1990), Pascal Lino (1992), Stéphane Heulot (1996).

On ne saurait évidemment parler des Bretons du Tour sans citer Jean Bobet, Robert Bouloux, Albert Bouvet, Jean Dacquay, Jean Guéguen, Maurice Le Guilloux, Jean Le Guilly, Ange Le Strat, André Mahé, Fernand Picot, Francis Pipelin, André Ruffet, Georges Talbourdet et… le doyen Alfred Le Bars qui se classa, respectivement, 26e et 19e des Tours 1907 et 1909.


Lacarte
  個人の選手について詳しくはないのだが、数年前にツール・ド・フランスのテレビで史上初の総合3連覇を達成した Louison Bobet ルイゾン・ボベ(1925-83)のドキュメンタリーを見てすっかりファンになってしまった。彼の故郷、ブルターニュに博物館があると知ったのは最近のこと。もう少し早く知っていれば行けたのに残念。今年はどんなドラマが生まれるか楽しみだ。


  Tour de France 2008 公式ホームページ 右が今年の行程。クリックすれば大きくなる。
  Le musée Louison Bobetルイゾン・ボベ博物館


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2007.09.09

ラグビー観戦でホテルが満室

  スーツケースを宅急便で空港に送り、SNCFのサイトとにらめっこ。やっと検索ができたので、日程に合わせてTGVの時間を検索した。前に書いたように、NantesナントからDijonディジョンまで列車で移動しようと思っていた。

  だがNantesナントのホテルがどことも満室だ。調べてみたら、案の定ワールドカップラグビーの試合がある日だった。シーズンオフでも大きなコンサートや見本市があると宿泊場所がなくなってしまうので注意が必要なのだ。(残念ながらフランスチームは昨日の開幕戦で敗れてしまった)。

  NantesナントはRennesレンヌから日帰りで行って、1日早くBourgogneブルゴーニュへ列車で移動することにした。普通はいったんパリで駅を移動しなければならないが、Lyonリヨン経由なら構内で乗り換えだけ。時間は少し長くなるが荷物があると余計な労力を使わずにすむ。せっかくなら、リヨンの街も歩きたいがそれほど乗継時間はないので残念だ。

  予約番号だけとって、購入はフランスに到着してから自動販売機で自分で買うことにした。この方法なら、クレジットカードの番号を入力する必要はない。難点は数日後の期日中に買えないと、自動的にキャンセルされてしまうこと。ほかのTGVの割引チケットは自分で印刷した。(こちらはクレジットカードの入力が必要)。最近飛行機のチケットもなくなりつつあり、今回はKLMのチケットを印刷したが忘れそうで怖い。

  それから半日かけて地図を確認しながら、ホテルの予約をした。数週間前から調べてはいたのだが、ここと思うところは遠すぎて無理。目的にあうような個性的なホテルは値段も高いので、見定めるのが大変だ。それでも何とかスケジュールにあわせ予約が完了したのでホッと一息。あとはレンタカーの予約だけだと思う。これはまた明日にしよう。

  このブログをつうじて知り合ったフランス在住の日本人2人が、「ブルゴーニュでうちに泊まってもいい」、「もしSNCFの予約が必要なら声をかけて」と連絡してくれた。きっと近いうちに会える日が来ると信じている。ご厚意、ほんとうにありがとう。

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2007.09.07

ラグビーのワールドカップ2007開幕

  ラグビーのワールドカップIRB Rugby World Cup2007がいよいよフランスで開催になる。1987年から4年に1度開催され、今大会は第6回目。開幕は9月7日午後9時からパリ郊外のサン・ドニで行われるフランス対アルゼンチン戦だ。

  参加チームは20チーム、全48試合が計12ヶ所(うちフランス10ヶ所、スコットランド1ヶ所、ウェールズ1ヶ所)にて行われ、240万人が観戦すると見込まれている。2007年大会のシードは、以下の8ヶ国。イングランド(前回優勝)、フランス(開催国)、アイルランド、スコットランド、ウェールズ、オーストラリア(前回準優勝)、ニュージーランド(前回3位)、南アフリカ 。日本チームも出場する。メンバーはこちらIRB Rugby World Cup 公式ホームページ

  フランスのラグビー人気は高く、サッカーに次いで好まれるスポーツ。いよいよ開幕ということでいろいろな特集が組まれている。ちょっと気になったのがFrédéric Michalak フレデリック・ミシャラク。1982年生まれで24歳。前回大会で活躍したが開幕戦ではリザーブメンバーになっている。そこで、フランスラグビーのセックスシンボルである彼の姿が見られないのかと話題になっているのだ。
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  Son statut de sex symbol du rugby français n’est plus à démontrer. Crâne rasé et regard ténébreux, il est la valeur sûre du XV de France... et du calendrier des Dieux du Stade.

  ご存じない方のためにフランス人女性をとりこにしている彼の肉体美をお見せしよう。 これは一般の書店で販売されているラグビーチームのカレンダーDieux du Stade : Calendrier 2006だ。(昨年は20万部が売れたそうである。金曜日のテレビニュースでやっていた)。この2006年の表紙となっているのがFrédéric Michalak フレデリック・ミシャラクなのである。このメイキングMaking of du calendrier 2006も飛ぶように売れている。じっさいの映像を続きに貼り付けておく。左側が彼。贅肉などなく、すっきりとひきしまった身体だ。

  Dieux du Stade Calendrier 2008 来年のカレンダーも発売になった。
 

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2007.08.02

サーフィンのヨーロッパ到来50周年

Surf2

  サーフィンといえば、ハワイをイメージしますが、ヨーロッパにサーフィンがあらわれたのは1957年。フランスの南西部、スペインに近いバスク地方のBiarritzビアリッツだったのです。バスク海岸のVilla Belzaヴィラ・ベルザの沖合で少年たちが波の上を滑っていたので、地元の人たちも驚いたのです。
Expo_vagues_surf_vgn

  それからサーフィンはすっかり定着し、ビアリッツを含むこの地域の海を代表するスポーツとなりました。今年はヨーロッパ到来50周年を記念して様々なイベントが11月まで開催されています。サーフィンコンテストや、展示会、映画の上映やイベント、コンサートなどです。そのスケジュールはここから。上の写真はブルターニュのサーファーです。

  そのうち「バスク海岸の波とサーフィン写真展」のポスターが右。Exposition : Vagues et Surf de la Côte Basqueの内容はここから。

Biarritz fête le 50e anniversaire de l’arrivée du surf en Europe サーフィンのヨーロッパ到来50周年記念 ビアリッツ ホームページ

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2007.04.30

ブルターニュの自転車レース

  現在開催中の自転車レース第41回Tour de Bretagne(4月25日~5月1日)に日本チームEquipe Asada(レース結果、写真、音声あり)も参戦している。11カ国、22チームでアジアからは1チームだけだ。ブルターニュ在住の方々、ぜひ応援を!ルートマップはここから。

  このEquipe Asada、ブルターニュでは上記のほかに以下の4レースにも出場している。 
    LA ROUTE ADELIE(4月6日)
  Grand Prix Cycliste de la Ville de Rennes(4月8日)
  TOUR DU FINISTERE (4月21日)
  TRO BRO LEON(4月22日)

  ブルターニュは自転車競技が盛んで、数々の名選手が誕生しているのだ。Equipe Asadaはブルターニュの前はノルマンディーのレースに出ていたらしい。スポーツ選手は体力勝負。移動しながらの参戦は体調を保つのが大変だろうと思う。今後の健闘を祈りたい。

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2006.11.08

Route du Rhum 単独大西洋横断ヨットレース、新記録誕生

Depart
  10月29日にSaint-Maloサン・マロを出発した単独大西洋横断ヨットレース、はやくもGuadeloupeグワドループに到着している。出発当日は波止場までいったのだが、濃い霧がでて写真のようにぼんやりとしか見えなかった。前回は強風がふいていたという話だ。

  Multicoques ORMA (18.28m,60 pieds)多胴艇部門で優勝したのはLionel Lemonchois リオネル・ルモンショワ。1960年、ノルマンディ生まれだ。19982002年(訂正。8年前)の記録を塗り替えた。

  1998 Laurent Bourgnon   Sui T 18.28m 12d08h
  2002 Michel Desjoyeaux Geant T 18.28m 13d07h
  2006 Lionel Lemonchois Gitana 11 T 18.28m 7d17h19m06s

  Gitana 公式ホームページ 感激の優勝シーンをビデオでどうぞ。

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2006.10.27

Route du Rhum 単独大西洋横断ヨットレース、開催せまる

Route_du_rhum_2006

  レース開始は今週末。サン・マロのヨットハーバーは夜中まで見物客で大変な賑わいだ。もらった資料の山にうずもれながら、「専門用語を日本語ではどう訳すのだろう」と思案にくれる。そこでWebで検索してみるといつくかの記事がひっかかった。

  先日紹介したRoute du Rhumを詳しく解説してくれているのが山本俊一さんのルト・ドゥ・ロム単独大西洋横断レースである。久保山立民さんのフランス、サン・マロからの順風も簡潔にまとまっていてよくわかる。

  そして大荒れとなった前回2002年のレースについては橋本尚幸さんのLe Monde抄訳が参考になる。巨大多胴型セーリングヨットは人々を魅惑させるが、スキッパーには「ストレス」を与える

  しかし一方でこんな記事もある。フランスの港で大量のコカイン押収にはレースを終えたヨットからコカインが見つかったニュースを伝えている。

  前回も取材していたというスポーツ紙の記者は「今回はスポンサーが変わり、規模が格段に大きくなった。駐車スペースが少ないのが困りものだが・・・」と話してくれた。見学に出かけるなら列車やバスを利用するのが無難である。

    ヨットレース追加情報

  10月22日にスペイン・ビルバオをスタートして、単独世界一周のヨットレース「5OCEANS」に出場中の白石康次郎さん。ゴールするのは来年5月。今回のレースの寄港地はわずか2ヶ所という過酷なレースだ。出航してまだ数日しかたっていないのに、大切なセールが折れてしまうというアクシデントにみまわれている。みんなで応援しよう。

  白石康次郎さん 公式ホームページ
  白石康次郎 世界一周SHIP'S LOG ブログ
  5OCEANS 公式ホームページ

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2006.10.25

Route du Rhum ラム酒ロードヨットレース

Trimarans
  10月29日、日曜日、Route du Rhum ラム酒ロードヨットレースが開催される。Saint-Maloサン・マロからGuadeloupeグワドループまでの大西洋横断ヨットレースだ。1978年から開催され、今年は8回目である。Trimaransg  

  日曜日の夕方、電話がかかってきた。私は長旅の疲れもあって家にこもっていた。Saint-Maloサン・マロに行こうというさそいだったのだが、雨が降っていたので乗り気ではなかった。押し切られるかたちで行ってみると、見たこともないヨットが所狭しと並んでいた。

    上の写真はTrimaransというヨット。日本語では三胴船と訳すようだ。帆をあげると右のようになる。話を聞いていると普通のヨットよりずっとスピードがでるらしい。「海のF1レース」とでも言えばいいのだろうか。ブルターニュで研究開発されたらしく、このようなレースはほかではあまり行われていないようなのだ。
Trimaranss
    操縦席は写真の右後方の白い部分。戦闘機の操縦席に似ている。見ておわかりのように船内にもわずかなスペースしかなく、かろうじて人ひとりが横になれるくらいだそうだ。わずかな仮眠だけで大西洋を横断するのだ。そのためスキッパーは非常に尊敬されていると聞いた。

  この日はボーとしていたので改めて取材したいと思っている。日本に二胴船、三胴船などのヨット愛好者はいるのだろうか?レースはあるのだろうか?もしご存知の方がいたら情報をよせてほしい。

   Route du Rhum 公式ホームページ 数多くの写真やビデオ映像有
   Saint-Maloサン・マロのWEBCAM ヨットハーバーのライブ映像。10秒ごとに更新される。

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2006.07.20

ジダンの頭突きがまき起こした波紋

  ワールドカップサッカー最終戦はイタリアの優勝で幕を閉じた。1次リーグ敗退かと心配されたフランスチームが最後まで勝ち残る、フランスにとっては最高のお膳立て。残念ながらスペインにいた私はこの試合を見ていない。車の中で、スペイン語のラジオ放送を聞いていた。途中でジダンが退場と聞いたが、何がどうなっているのか、さっぱりわからなかった。

  あとでこの問題のシーンを見た。 Coup de tête de zidaneこれが試合の実況中継である。

  ジダンはフランスのみならず、世界でも有数の名選手だ。サッカーに対しては厳しいが普段の顔は穏やか。慈善活動にも時間をさいている。優勝決定戦でしかも自らの現役最後の試合で頭突きをして退場したのだから、その原因についていろいろな憶測が流れた。

  ジダンは口をつぐんでいたが、フランスのテレビ放送Canal plusに出演しZidane l'interview - CANALPLUS.FR独占インタビューで心境を淡々と語った。毎試合Merciありがとうと書かれたアンダーシャツを身につけていたこと。「子供たちやファンには自分の行為をあやまりたいが、最後の試合で理由もなくあんなことができるはずがない」と許しがたい挑発の言葉があったことを示唆した。そして「後悔はしていない」とはっきり言い切った

  イタリア代表DFマテラッツィがジダン本人に対して暴言をはいたとしても、きっとジダンはそのまま聞き流しただろう。8年目にようやくつかんだ優勝のチャンス。そして選手としてプレーする最後の試合であることを誰よりもよくわかっているのだから。だがそれは母親や姉妹に対する侮辱であった。ジダンはイタリアでプレーしていたので、イタリア人選手はみんな知っている。「これまでの遺恨が積み重なったものか」という質問に対しては「全くない」と否定している。

7月18日の朝日新聞社説ジダン退場 差別にもレッドカードをを読んだ。

人々はサッカー選手に聖人君子を求めはしない。しかし、肉体と意志を鍛え上げた一流プレーヤーなら、困難な問題に立ち向かい、誤りを正すこともいとわないはずだ。そんな期待は大きい。
 ジダン選手にも注文がある。暴力については反省の言葉を口にしている。ならば、MVPにふさわしいのか、自らに問い直してもらいたい。

  フランス代表DFチュラムは「ピッチ上はまずい。彼も間違いを犯したことは分かっている」と指摘した。試合後にジダンと話したというチュラムは「彼自身、はめられたことを理解している」と述べた。一方でマテラッツィを「彼のような選手は吐き気がする。サッカーのイメージを悪くする」と非難した。AP共同

  W杯ファンを狙うトロイの木馬まであらわれた。CNET News.comによると、2006 FIFA World Cupの公式サイトを装う偽サイトだそうだ。この偽サイトは、ジダン選手が決勝の対イタリア戦で起こした頭突き問題をトップニュースとして扱い、「(頭突きを受けた)マテラッツィ選手はジダン選手に一体何と言ったのか?」と訪問者に疑問を投げかける内容になっている。

  ジダンの行為はほめられたものではない。だが人を傷つけるのは刃物だけではない。誰かの言葉がするどい刃となって消えない傷をつけることも事実である。自分の名声を損ねても守りぬきたかったもの。それは家族だった。この騒ぎで私のジダンへの信頼がかわることはない。

  ここであなたに聞いてみたい。あなたにとって自分より大切なものとは何ですか?

  ちょうどZIDANE : ジダン 神が愛した男Zidane, un portrait du XXIème siècleが日本で公開になった。内容はつづきでどうぞ。


  

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2006.07.02

ワールドカップサッカー、フランスがブラジルを圧倒

  フランスチーム、おめでとう!

  ゴールを量産し優勝に1番近いと思われていたブラジル。それにひきかえ、なかなか1勝があげられなくて、「もうフランスの時代は終わった」と期待薄だったフランスチーム。1次リーグを非常に苦しんでやっと勝ち上がったフランスは強敵ブラジルと対戦。今日はこの2チームが熱戦を繰り広げた。

  フランスチームはアンリのシュートで得た1点を守りぬき、ブラジルにゴールを許さなかった。実に素晴らしいゲームだった。これまでフランスが勝っても静かだったが、今日ばかりは喜びが爆発。車はクラクションを鳴らし続け、叫び声がこだまする。誰もが手放しで今日の勝利に酔っている。

  このまま優勝にむけて突っ走れ!

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2006.06.24

フランス、決勝トーナメント進出

  W杯G組のフランスはトーゴと対戦。ジダンを出場停止で欠くフランスチーム。しかも今日はジダンの34歳の誕生日だった。ベンチにそのジダンの姿はなかった。勝たなければ、もうジダンのプレーは見られない。何とか踏みとどまって、ジダンの誕生プレゼントにしようと試合にのぞむ。夜8時の全国ニュースも時間の半分くらいが、その後ではじまるこの試合のことだった。

  前半はフランスが攻め続けるが、ゴールが決まらない。パスミスも多く、重苦しい雰囲気。私もテレビの前で固まったまま。このまま終わってしまうのか。後半に入ってトーゴがボールをもつ時間が増えてきた。それでも後半10分、ようやくビエラのシュートが決まった。外からも歓声が聞こえてきた。そして6分後にアンリが追加点を挙げた。

  同時に行われていたスイス対韓国も、スイスが2点リードしていた。フランスがこの2点を守りぬけば、決勝進出できる。相変わらずパスミスが続き、ハラハラしっぱなしだったが、長い試合もやっと終了。フランスはそれまで勝ちがなかったが、負けもなかった。スイスが韓国に勝ったおかげでフランスが同組2位となり、2大会ぶりの決勝トーナメント進出を決めた。

  フランスのW杯での勝利は、優勝した98年フランス大会の決勝以来6試合ぶり。8年ごしの価値ある勝利。最後の最後で意地をみせた。オリンピックもワールドカップも4年に一度だけ。勝つのは容易なことではないし、筋書きのないドラマが生まれる。ともかく決勝トーナメント進出おめでとうと言いたい。

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2006.06.19

ワールドカップ、フランス引き分け

  COUPE DU MONDEワールドカップドイツ大会、F組の日本はクロアチアと0-0で引き分け。決勝トーナメントに進出するにはすでに2勝し決勝進出を決めているブラジルに勝つことが最低条件となっている。ジーコを非難する声もあるようだが、ジーコが鹿島アントラーズで日本サッカーを牽引した功績ははかりしれない。彼が日本に来ていなかったらワールドカップに出場することなど夢で終わっていたかもしれない。最後までジーコジャパンを応援しよう。

  フランスチームも勝ち星があげられない。13日のスイス戦0-0で引き分け。昨晩は韓国と対戦。アンリがきれいなシュートを決め1点リードしたものの、後半韓国に追いつかれた。このゴールはキーパーの前でバウンドしたボールがそのまま得点につながるという、フランスにとってはまさかというような失点。

  それからも攻めあぐねて、結局1 - 1で試合は終了。G組で唯一勝ち星をあげているのは韓国だけ。フランスも土壇場に立たされている。8年前優勝したときのような切れがない。応援しているものにとっては、とても苦しい状況だ。サッカーはフランスで一番人気のあるスポーツ。でも若手が全く育っておらず、いったん引退を決めたジダンが代表にもどり必死でチームを引っ張っている。どの国でもスター選手というのは簡単にあらわれるものではない。

  ところで、ドイツに来ているアルゼンチンのマラドーナがスピード違反で捕まったと報道された。サッカーファンなら、あのドリブルやシュート、忘れられるものではない。トラブルが多くてもみんなマラドーナが好きなのだ。このマラドーナが、初めてTV番組のホストを務めたトーク&バラエティ番組「10番の夜」 。アルゼンチンのみならず、南米全土、そしてヨーロッパ各国でも放送され、平均視聴率は25%超、最高視聴率34.9%を記録した超人気番組がパソコンテレビGya0で見られる。特集ページはここから。日本語字幕あり。

  

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2006.04.03

自転車競技グランプリ・レンヌ開催とサッカーリーグ快進撃

  日曜日レンヌはまたまた道路封鎖された。でもこの日の封鎖はle Grand Prix Cycliste開催のためだった。ブルターニュは自転車競技が盛んで、ツール・ド・フランスの歴代のチャンピオンもブルターニュ出身者がいる。

  レンヌでは反CPEのデモが激化しており開催が危ぶまれたが、レンヌのエドモン・エルベ市長は自転車が好き(メルマガに書いた)なので開催に踏み切ったのだろう。結果はここにのっている。

  さてフランス、サッカーリーグの順位表(ここ)をみてほしい。我がスタッド・レネは現在4位と順位をあげてきた。4月2日の対Toulouse戦でも1-0で勝っている。

  波に乗るレンヌとウタカに書かれているとおり、3位になれば初のUEFAチャンピオンズリーグ出場が待っている。がんばれ!!
  オフィシャルサイト Stade Rennais F.C. チームカラーは赤と黒だ。 

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2005.10.14

フランス・ワールドカップ出場決定

  昨晩はテレビでサッカー観戦。2006年ワールドカップ(W杯)ドイツ大会欧州予選の最終節だった。フランスはキプロスを4―0で下し、3大会連続の出場を決めた。

  やはりジダンの活躍がめだった。いったん代表から引退したものの、すこし前に復帰した。きのうの試合ではみずから最初の得点を決める活躍ぶり。ボールさばきはさすが。彼を超える選手がでてこないのが悩みの種なのだが、いつまでもプレーが見えるとうれしい。

  シセはキーパーと一対一になりながら、得点できない。今日の新聞にはCissé est le roi des maladroits.シセはへなちょこ王だなんて書かれる始末。  

  うちは古い建物(300年近い)なのでテレビの差込がなく、室内アンテナだけ。うつりが悪いのが困る。どうせなら、もっときれいな画面で見たかった。

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2004.10.16

パラリンピックのメダリスト

  レンヌの情報誌le Rennaisでうれしいニュースを見つけた。アテネのパラリンピックに卓球で出場したThu Kamkasomphouさんが個人と団体で2つの銅メダルを獲得したというニュースだ。

  私がレンヌに来て最初のころよく通っていた中華料理の店があった。週に2回くらいは行っていたと思う。100グラム単位で購入して持ち帰りもできるし、その場でも食べることもできた。とても親切な夫婦が経営していて、安くて味もおいしい、私にとってはありがたい店だった。ラオス出身でもう長いことレンヌに住んでいるということだったが、独特のなまりがあって聞き取るのはむずかしかった。

  ある日、奥さんから「娘は卓球をやっていて、日本に仲のいい友達がいるんだけど、手紙を日本語に訳してくれない?」とたのまれた。それからしばらくすると、「シドニーオリンピックに行くのよ」と言うのだが、もうオリンピックは終わったはずで、いったいどうなっているのか話がよくわからなかった。次に行くと「娘は金メダルを取ったから、シラク大統領と会うことになったのよ」と言う。何度も説明してもらってやっとパラリンピックで個人の金メダル、団体で銅メダルをとったのだとわかった。

  それからシラク大統領と並んだ娘さんの大きな写真が何枚も額にいれられ店の中に飾られた。一度だけ、本人が店にきていたので話をした。とても穏やかな表情だったことが印象に残っている。がっしりした体格なのだが、少し足をひきずっているようだった。数ヶ月ぶりに店に行くと、そこはロシア料理店に様変わりしていた。知り合いの中国人に問い合わせたが、どうしているのかその後の消息はわからなかった。1年くらいたって、偶然町で奥さんに出会った。「もう長いこと働いたから思い切って店をやめた」ということだったが、元気そうで安心した。

  今日インターネットでHPを見てはじめて詳しい経歴を知った。ジュニアで国内8位に位置していた彼女は18歳で病魔にむしばまれ、一度は卓球をあきらめかけた。厳しいリハビリの末、シドニーでの金メダル。計り知れない苦労があったはずだ。そしてさらに4年がたち、再び獲得した2個のメダル。

  心からおめでとうと言いたい。そして、昨日に続きまた自分のことをかえりみることになった。私も負けないようがんばろう!

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2004.10.11

みんな走ってる

  小雨が降ったりやんだりの日曜日。道路はいたるところバリケードで封鎖され、幾重にも人垣ができている。Tout Rennes courtというマラソン大会だ。23回目となるこの大会はすっかり定着して、たいへんな観客で大混雑。2341人が午前に、3368人が午後参加したようである。子供も大人も、男性も女性も、とにかくみんな走っている。走りながらあちこちで知り合いに手をふったりして、とても楽しげだった。天気がよくなかったので写真は撮らなかったが、どんな様子かここに写真がある。結果はここにのっている。

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2004.10.04

スポーツ選手 栄光と挫折

  イチローはシーズン最多安打記録を「262」まで伸ばし、3年ぶり2度目のア・リーグ首位打者にもなった。ほかの日本人選手も活躍している。だが今年、野茂英雄投手の名前がほとんど聞かれなかったことが、ちょっと寂しい。調整して来シーズンはぜひマウンドに立ってほしい。

  テレビでプロ野球をやめた選手たちの、その後の人生をおいかけたドキュメンタリーを見たことがある。プロとして活躍できるのは人生のわずかな期間だけ。選手をやめても野球にかかわる仕事につける人はほとんどいない。「野球しかやってないから、世間のことを知らなかった」選手たちは、転々と職を変わることもめずらしくないという。

  元横綱、曙のK1転向にも驚いたが、まだ勝利をあげることができないでいる。友人は「相撲取りの身体能力はほかのスポーツをはるかに超えているから、絶対負けるわけはない」と言っていたのだが・・・ 若乃花のNFLへの夢も実現しなかった。

  それでも、果敢に挑戦している姿をみると応援したくもなる。なぜなら彼らが我々に見せてくれた技のきらめきと興奮を覚えているからだ。そんなファンの期待を踏みにじるような行為もある。アルゼンチンのスーパースター、マラドーナのボールさばきは伝説になるほどだが、入退院を繰り返しても薬物中毒から抜け出せず、ついにキューバの病院で治療中だという。もう過去の人になってしまったのだが、まだ彼は43歳なのだ。人生を投げ出すのは早すぎる。

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2004.08.17

おめでとう! 日本

  フランスでも生放送で、最後の鉄棒の様子見えました。おめでとう。金メダル!! でも途中でフランスのメダリストが生出演して中継がとぎれ、体操の結果がどうなったのかわからず、ひやひやしてしまいました。

  最後の最後で逆転優勝するなんて、なんて劇的なドラマになったことか・・・ 私もちゃんと拍手しましたよ。テレビのあるところに帰ってきていてよかったです。

  乾杯といいたいところですが、結婚式後のパーティーでちょっとシャンパーニュをいただきすぎたので、お茶でお祝いします。もう一度感動のシーンを見たいのですが、それは無理みたいですね。

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2004.04.29

フランス人は自転車が好き

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  フランス人の好きなスポーツはサッカー、ついで自転車レースだそうです。毎年初夏に行われるツール・ド・フランスが有名ですが、ほかにも各地で様々な大会が行われています。きのう昼すぎ、レンヌの市役所に自転車がいっぱい並んでいました。選手たちが出発すると、予備の自転車を積んだ車が、数十台続きます。

  通りかかったのが出発の直前で、すぐにみんないなくなってしまったので、何のレースなのかよくわかりません。テレビ局も取材にきていましたので、インターネットで調べたのですが、うまく検索できませんでした。「4日間行われる」とそばにいた人が話していたを耳にしただけです。国外から参加しているチームもあったようです。


  追加情報 5月1日
  新聞を見て行われていたのはle Ruban Granitier Bretonというレースだったとわかりました。詳細が知りたい方は、下記を見てください。Club Velo 101またはVelo Club

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