書籍・雑誌

2008.04.04

Bravi 南仏 豊かさの基準

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   Braviを購入しました。表紙がとても素敵です。大人の旅Bravi (Vol.6 2008)) (昭文社ムック)

  今回は南仏の大特集を組んでいますが、写真の明るいトーンがバカンス気分を盛り上げてくれます。眺めているだけで南仏の明るい太陽が思い出されます。この記事を書いたのはフランスにお住まいのシャルバーグ八千代さん。丹念に取材していることが紙面から伝わってきます。じつは家にお邪魔したこともありますし、最近電話でもお話しました。

   フランスのProvence プロヴァンス、Côte d'Azur コートダジュールとLa Principauté de Monaco モナコ公国というゴールデントリオ。フランスでも私の住んでいた北西部とはだいぶ違います。読んでいるうちに、旅に出たくなってきました。どうぞ手にとって眺めてくださいね。

南仏 豊かさの基準

ボンジュール!憧れの南フランスへ
プロヴァンスの真髄、リュベロンへ
マルシェは豊かさの証明
プロヴァンス、芸術家たちの足跡
町の風景が育んだセザンヌの感性
アルル女性の美に惹かれたゴッホ
教皇庁宮殿を飾ったイタリア人芸術家
博物学者ファーブル先生が愛した家
地元の人ご愛用のショップ・アドレス
南仏風お皿の上のアートを味わう
知人宅にいる気分で泊ってみたい
チャーミングなホテル

コートダジュールのバカンス
クラブメッドで過ごす南仏の休日
セレブになりきるモナコステイ

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2007.12.19

フランスの古本屋

  フランスの図書館はどことも蔵書が少ない。何か調べたいと思っても、特に地方には目的の本がない。検索するとパリの数ヶ所の図書館しか所蔵していないなんてことになる。日本では普通の県立図書館でもびっくりするほどの蔵書がある。調べものだけなら十分だ。
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  このようにフランスでは資料探しに大変な労力が必要となる。自分の足で定期的に古本屋をチェックするのはもちろん、最近はAmazon frでも購入できるようになった。また古本が強いChapitreにネット上でリクエストを出しておけば、入荷メールで連絡がある。だがこれも数ヶ月から1年以上かかることもあるのでじっと待つしかない。こうして待っていて想像と異なるものが届くこともあるのだが、そればかりは仕方がない。

  例えばブルターニュの装飾写本は中身が白黒でがっかり。しばらくしてBécherel べシュレルでこの本の別表紙を見つけた。こちらのほうが20ユーロくらい安かった。またこんな失敗もあった。だが手にはいるだけでもありがたい。一冊は地元の古本屋で安く引き取ってもらった。

  さて、ここまでが長い前置き。これからが本題だ。パリのルーブル美術館のすぐ近くにあるla Galcante ラ・ガルカント。« Galerie »と « Brocante »をくっつけてつくった造語だ。1975年にChristian BAILLY クリスチャン・ベリーが創業した。"Musée de la Presse"プレス博物館のだぶっている資料を販売したのである。その規模は徐々に拡大。地下倉庫は迷路のようにどこまでも広がっている。でもどの箱もきれいに整理されていて、一目で何があるのかわかるようになっている。その総数700万件。面積は1200平方メートルあるそうだ。

  NHKで放送された世界・時の旅人「ルパンに食われた男」で豊川悦司さんがルパンの資料集めの目的で訪問していた。地下倉庫に案内されたのだが、どこまでも続くかと思えるような長い通路で「新聞紙の奇岩城になっています。ほんとに迷路のようだ」とつぶやいたほどだ。

  パリに行くといくつかの古本屋に立ち寄る。写真はセーヌ川のほとりにあるLes Bouquinistes 古本屋だ。ここからSt Michel大通りをくだって本屋をはじごすることが多い。だがla Galcanteはたぶん行ったことがないと思う。なぜって、こんなに整然と箱が並んだ古本屋ははじめて見たからだ。それでもいつか訪ねるために住所をチェックした。ところが、昨年6月30日で閉店したと書かれている。なぜ閉店に至ったのかというと、一番の理由は客が減ったこと。1870年創業のSamaritaine サマリテーヌデパートが2005年6月15日に店舗老朽化のため店じまいしたこともその一因だ。また2006年から新聞の消費税が値上がりしたことも経営を圧迫したのだ。

  せっかく訪ねようと思ったのに残念。それからさらに調べてみると、2006年10月03日に再オープンしたことが記されていた。規模は縮小したようだが、ホームページ上では5ユーロの割引券までプレゼントしている。頑張っているなあと感激する。うちにあるフランスの古新聞や雑誌類も誰かの役にたつ日がくればいいのだが。

  La Galcante ホームページ こちらで店内の様子を180度覗くことができる。

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2007.12.18

ルパンに食われた男、モーリス・ルブラン

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  Maurice Leblanc モーリス・ルブラン(1864~1941)という作家を知っているだろうか。私はこの作家が書いたルパンシリーズ56作品のほとんどを読んでいる。さらにモーリス・ルブランが亡くなってからボワロー・ナルスジャックによって書かれた続編の日本語訳も持っている。2005年はArsène Lupin アルセーヌ・ルパンが誕生してちょうど100年、新作映画も公開された。

  最近寝る前に読み返しているが非常におもしろい。読み返すきっかけとなったのは友人がNHKの番組を録画したDVDだった。2年前にNHKで放送された世界・時の旅人「ルパンに食われた男」である。豊川悦司さんがフランスを旅してMaurice Leblanc モーリス・ルブランの足跡をたどるという趣向だった。

  まず資料を探しに立ち寄ったのが新聞や雑誌などの膨大なストックを持つパリの古本屋、la Galcante ラ・ガルカントだ。いやはやここの陳列棚の美しいこと。1892年のものから購入できるというのだから驚きだ。地下にはすごい量の資料が眠っている。この本屋については改めて紹介したい。
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  そこで見つけた雑誌”Je sais tout”、「私は何でも知っている」というタイトルの大衆雑誌。ここにルパンシリーズが掲載されたのだ。上の写真はノルマンディー地方、Etretat エトルタのLe Clos Arsène Lupinで購入した3枚の絵葉書だ。それから”Promenades en Normandie avec Maurice Leblanc et Arsène Lupin”の作者、Gérard Pouchain ジェラール・プシャンさんと話をする。知らずに見ていたのだが、プシャンさんは偶然にもパリに住む友人のお父さんだった。

  モーリス・ルブランは、はじめは読みきりのつもりだった。しかもタイトルは”L'arrestation d'Arsène Lupin” 「ルパン逮捕」。友人である編集者のたのみを聞き入れしぶしぶ書いたのが世紀の大泥棒ルパンだったのだ。そんな偶然から生まれたルパンは熱狂的に大衆から愛された。そのあざやかな手口と血を流さない紳士的なふるまいで、ヒーローのごとく支持されたのである。燕尾服とシルクハットで華やかな社交界を舞台に盗みを働くイメージが強いが、改めて読んでみるとまだ稼ぎが少ないころはその格好も垢抜けしない。

  そのあまりの人気にモーリス・ルブランは連載を続けることになる。金銭的にはうるおったものの、ずっと目指した純文学でフランス文学史に名前が出ることはなかった。皮肉なめぐり合わせだ。そして晩年はルパンを恐れ厳重に戸締りをしたほど、その作品に振り回されることになる。

  これだけおもしろい作品がフランスでは有害図書に指定され、子供達の目にふれることはなかったのだと番組の中で知った。フランスの教育はあまりにクラシックすぎる。大学の現代文学専攻でもラテン語が必須科目なのだから・・・ ルパンでもハリー・ポッターでも、本に興味を持って読むことが大切なのではないだろうか。

     参考資料

  Le Clos Arsène Lupin Maurice Leblanc モーリス・ルブランが晩年を過ごした家。彼が使っていた机も残っている。家の中にはルパンの部屋もあって変装道具や盗んだコレクションなども置かれている。売店ではどれもこれも欲しくなったのだが、購入したのは上記の絵葉書きと、ジョルジュ・デクリエール監督のテレビドラマシリーズのDVDを2本だけだ。
  ルブランのルパンシリーズ 寝ようと思いながらつい読んでしまう文庫本
  ルパンの映画・テレビ デクリエール監督のテレビドラマもあり

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2007.12.04

ビジネス情報誌、オルタナno.5 発売

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  環境や消費者の健康、CSR(企業の社会責任)に重点を置いたビジネス情報誌オルタナの最新号no.5が届いた。価格は350円。45日間お試しOKのデジタル版もある。

  この号の巻頭特集は「オーガニック1%の壁」だ。そこにビオファームまつき、松木一浩さんの話がのっていた。2.5ヘクタールの畑で7年前から有機農業をやっている松木さんは、フランスと深い関わりがある。ホテル学校を卒業後、名古屋、東京、フランスでホテル勤務。そして銀座のフランス料理店支配人、 さらに恵比寿にオープンした「タイユヴァン・ロブション」に給仕長として4年半勤めていた。

  その後 JoëlRobuchon ジョエル・ロブションと名まえを変更したこのフレンチレストランは先日発売になったミシュランガイド東京 2008で3つ星レストランに輝いたフランス料理の最高峰だ。

    「おいしい野菜」をインターネットで直接販売する農家、「食品偽装」などというありがたくない言葉が流行語になってしまうご時世で本当に求められているサービスなのかもしれない。

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2007.11.29

女王ボウディッカとウサギ占い

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  ボウディッカ(ブーディカ)はブリテン島南東部に暮らすイケニ族の女王だった。領地はローマによる属州となったのだが彼らは自治を許されていた。王プラスタグスは遺言で2人の娘に統治権を継承した。だがローマはそれを無視して蛮行におよぶ。女王ボウディッカは鞭打たれ、娘達は強姦されたのだ。さらに王の親族たちは奴隷に落ちぶれる始末だった。

  部族の誇りを汚されボウディッカはAC60年、反乱軍の先頭に立つ。これに周囲の部族も協力し、ローマ軍の歩兵部隊は壊滅。7万人が殺戮された。しかしローマ軍の反撃にあい、ついに反乱は鎮圧された。反乱軍の犠牲者は8万人にのぼった。そして女王は自ら毒をあおって果てた。その決戦の前に行われたのがウサギ占いだった。

"Let us, therefore, go against (the Romans), trusting boldly to good fortune. Let us show them that they are hares and foxes trying to rule over dogs and wolves." When she had finished speaking, she employed a species of divination, letting a hare escape from the fold of her dress; and since it ran on what they considered the auspicious side, the whole multitude shouted with pleasure, and Buduica, raising her hand toward heaven, said: "I thank thee, Andraste, and call upon thee as woman speaking to woman..."

「これにより、私たちを(ローマ人へ)向かわしめ、勇ましさと幸ある未来をご信託ください。彼奴らが、犬や狼を御そうとする野ウサギか狐であることをお示しください」彼女(ブーディカ)は祝詞を終えると、衣の襟を開いて野ウサギを放ち、予言の儀を執り行った。野ウサギは吉を兆す方へ駆け、群集は歓喜の声をあげた。ブーディカは掌を天に高く掲げつつ述べた。「アンドラステの神よ、感謝を捧げます。ひとりの女として、女性である貴女へ…」
Wikipedia

  忘れ去られた女王ボウディッカの名声が高まったのは19世紀、ヴィクトリア朝時代だった。桂冠詩人のアルフレッド・テニスンは詩を書き、海軍フリゲート艦隊の名称にも命名された。写真はロンドン中心部、ウエストミンスター橋のたもとにある女王ボウディッカの像だ。

  Enya エンヤの歌うboadiceaは1986年に英国BBC局で放映されたテレビシリーズThe Celts 幻の民 ケルトのサウンドトラックThe Celtsとして制作されたアルバムの中の一曲。私はこのDVDをフランスで購入した。その時インターネットで検索して一番安かったのはカナダの会社だった。送料はフランス国内と変わらなかったので喜んでいた。ところがよく確かめずに、リージョン1を買ってしまい再生できない。フランスも日本と同じリージョン2なのでそこまで考えていなかった。どうしても中身を見たかったので悩んだ末にパソコンをリージョン1に変更。(リージョンの変更は3回しかできない)。おかげで、それ以降フランスでDVDが見えなかったといういわく付きなのだ。

  カエサルは「兎と鶏と鵞鳥を食べるのはよくない」と述べていて、それは神聖視されていたからだと考えられているが、一方で、ウサギが生贄にされることもあったようだ。これらについてはまた次回に。

  ガリア戦記 (講談社学術文庫)
  ケルト神話・伝説事典
  海のかなたのローマ帝国―古代ローマとブリテン島 (世界歴史選書)
  世界古典文学全集〈第22巻〉タキトゥス (1983年)

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2007.11.27

ウサギにまつわる話

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    近年日本の森林ではシカやウサギの個体数が増加、食害が広がっているという。これらの動物がせっかく植えた苗木や貴重な植物を食べてしまう被害が増加している。また針葉樹は表皮を食べられると枯れてしまうので、森には防護ネットがはりめぐらされているのが現状だ。
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  「ウサギを捕獲して食べたらいいのに」というと、「日本では食べる習慣があまりない」という返事。フランスではスーパーでも鳥肉の横にウサギ肉を売っているので、獲ったら売れると思っていたがそうではないようだ。写真はフランスで食用に飼われているウサギだ。田舎では自宅にこのようなケージを設けていることが多い。(ブルゴーニュ地方で撮影)

  それからフランスの土産物屋ではウサギの足を売っていることを思い出した。それは「幸運をよぶ」縁起物として扱われていた。

  ウサギが縁起の良い動物として信じられている理由は、B.C. 600年以前にさかのぼる。当時の西ヨーロッパでは、精霊が動物の体の中に宿ると信じられ、人間自身もある種の聖なる動物の子孫だと考えられていた。

 ウサギが特に縁起がいいと思われる根拠は、まず地下に穴( burrow) を掘って暮らしているため、動物の体に宿ると言われている地下の霊と交流している。もう一つは、ウサギは非常に多産 (prolific) であること。これは、霊がウサギを健康と繁栄と豊穣のシンボルにさせていると信じられていた。

 そこから「ウサギは縁起物(luck)」と思われるようになった。中でも、ウサギの足は小さくて簡単にしなびることから、この部分を人々がお守りとして持ち歩くようになった。持ち歩くのは、特に左の後ろ足(its left hind foot) だそう。 幸運を招くお守りの話

     調べてみると、ほかにもいろいろな言い伝えがあることがわかった。
 *満月の夜に左のポケットに入れておくと幸運が訪れる。
 *魔女はウサギに変身していたので、ウサギの足を持つ人間は魔女に打ち勝ったことを証明するものだった。
 *ウサギは眼を開けた状態で生まれるので、その眼は邪眼に対する防護の力を与える。
 *劇場で化粧のときに使うパフとして使われていた。 転じて緊張を和らげ、舞台を成功させると考えられていた。
 *イギリスのウェールズ地方では、赤ん坊の洗礼時に幸運を祈り赤ん坊の頭をラビッツ・フットで擦る習慣がある。
 *作家ヘミングウェイはお守りとして右のポケットにトチの実とウサギの足を入れていた。
 *サッカーのスペイン1部リーグの「セルタ・デ・ビーゴ」は、勝利祈願に「あなたのニンニク、聖なる水、ウサギの足またはウサギまるごとをチームの事務所に持って来て・・・」とサポーターに呼びかけた
  
  ビジュアル版 世界お守り大全

  だがそれだけではなかった。「ウサギはケルトと関わりがある」らしいのだ。これについてはまだ詳細がわからないが、現在手元にある資料でわかることを続けてお伝えしたい。
  

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2007.11.18

ミシュランガイド東京 2008 まもなく発売

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  ミシュランガイド東京 2008が11月22日に発売されます。2007年3月にヨーロッパ、アメリカに続いて、アジアへの上陸を発表。そのアジア発の22番目となるミシュランガイドは東京版です。出版されるのは日本語版と英語版の2種類。既に2006年の夏から、ヨーロッパ、そして日本の5人の匿名調査員によるレストランとホテルの訪問が始まっています。東京では1500軒ほどのレストランがピックアップされているようです。

  なお調査員はひとりで1年で3万キロにも及ぶ距離を移動しながら、年間約240軒のレストランを評価し、年間130軒のホテルに宿泊、1100件を超えるレポートを提出しているそうです。こんなに移動してレポートするのは大変なことでしょう。

  このミシュランガイド東京 MICHELIN GUIDE TOKYO 公式ホームページにはいろいろなエピソードが披露されています。それによるとミシュランガイド1900年により安全で楽しいドライブのためのガイドが無料で配られたのがはじまりです。

  今回東京が選ばれた理由をマネージングパートナーのミシェル・ロリエ氏は、「日本文化に豊かで洗練された食生活が根付き、それが重要な位置を占めていると」そして「その洗練さと、食事の楽しさを兼ね備えた生活スタイルが、美しい食卓作りとしても表現されていること」とのべています。また、ミシュランガイドの総責任者、ジャン・リュック ナレ氏は、「日本、なかでも東京を、豊かな食と料理の伝統を持つ地として、アジア最初のミシュランガイド出版にふさわしい」と語っています。

     追加情報

    11月19日にその内容が明らかになった。東京版では世界最多の星付きレストラン150店が誕生。(三つ星8軒、二つ星25軒、一つ星117軒)。これは、他のミシュランガイドにはないきわだった特徴となっている。掲載されているレストランのうち日本料理が60%以上を占め、他の40%には、フランス、イタリア、スペイン、中国料理などが選ばれている。三つ星は以下の8軒だが、選考理由の詳細は明らかにされない。星付きの全リストはこちら

 かんだ (日本料理)
 カンテサンス (現代風フランス料理)
 銀座小十 (日本料理)
 ジュエル・ロブション (現代風フランス料理)
 すきやばし次郎 (日本料理 寿司)
 鮨 水谷 (日本料理 寿司)
 玄冶店 濱田家 (日本料理)
 ロオジエ(フランス料理)


      参考

  「ミシュランの星」は どう決めているのですか?
  ミシュラン社の社長、海で水死 船に同乗していたノルマン氏のこと 悲しいニュースでした。
  Michelin Guide ミシュラン・ガイドをインターネットで見る
  ミシュランガイド フランス 2007
  

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2007.10.30

世界でいちばん贅沢な生活

  NHK Bourgogneブルゴーニュ特集 小さな村の豊かな実り、Savigny les Beaune サヴィニー・レ・ボーヌ村の物語 「極上のワインを愛でる」にはエッセイストの玉村豊男さんが出演。

なだらかな丘陵地帯に見渡す限り広がるブドウ畑。サヴィニーは、ブルゴーニュの中でも最高級のワインを生み出すことで知られるコート・ドール(黄金の丘)に位置するワインの村。ここでは9月、ワインを試飲しながらブドウ畑を歩く、ワイン遠足が開催され、遠方からも多くの参加者を集める。ワイン醸造の営みと極上の味わいを紹介するとともに、村のワイン農家に嫁いだある日本人女性の奮闘ぶりも伝える。

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  畑をぬけて丘を登りつつワインを味わうツアーは、実に楽しそうだった。生産者と語りあいながら首からぶら下げたグラスでワインを飲むことができる。丸一日かけて歩きながら25杯ものグラスを空にした人までいた。そこにワインをサービスする日本人女性がいた。ビーズ千砂さんだ。「毎日おいしいワインを飲めてうらやましい」と思うだろうが、ブドウ栽培は天候に左右されるので、品質管理は大変だ。ブドウ摘みを手伝ってくれる人たち、約50人分の食事を用意するのも大切な仕事だ。

  その日常生活をつづった本がブルゴーニュワイン村で見つけた世界でいちばん贅沢な生活la plus belle vie au mondeだ。購入して読んでみた。たくさんのお客をもてなし、地元でのつき合いをこなす。忙しくても充実した暮らしが目に浮かぶ。

  だが近年フランスのワイン消費量は減少しているし、チリや中国といった人件費の安い国で生産されたワインが増加している。ブルゴーニュでも廃業においこまれる生産者が少なくはない。いろいろ苦労はあるだろうが、ブルゴーニュワインを守り続けてほしい。ビーズ千砂さん一家が手塩にかけたワインDomaine Simon Bize et Filsは日本でも購入できる。下にその一部をあげておいた。

シモン・ビーズChevalier Montrachetシュヴァリエ・モンラッシェ2000
シモン・ビーズの新しいチャレンジ。ジュブレ・シャンベルタンのグランクリ...
コルトン・シャルルマーニュ [2003] シモン・ビーズ750ml 白 辛口
シモン・ビーズSavigny Les Beaune Aux Vergelessesサヴィニ・レ・ボーヌ・オー・ヴェルジュレ...
シモン ビズ ブルゴーニュ ルージュ レ ぺリエール 2003


Savigny en tous sens Savigny les Beaune サヴィニー・レ・ボーヌ村で9月の第一日曜日に開催される試飲ツアー

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2007.09.06

建築と歴史

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  海外を旅した時、自然の景観と溶け合ったその国独特の建物を見ると「遠いところに来た」ことを実感する。この図説 西洋建築史はメソポタミア文明から19世紀までの西洋建築をまとめたもの。7人が分担して書いている。写真だけでなく図面が載っているので、外から見ただけではわからない建物の構造が把握できる。

  2ページの見開きがそれぞれ独立した項目になっているので、興味のある部分だけ読んでもいい。「美しき田園のヴィラ」、「ドームの幾何学」、「百花繚乱のロココ」といったタイトルを見ただけでもわくわくするではないか。フランスでは革命後、王家や特権階級の屋敷や教会など、主だった建物が甚大な被害を受けた。「建築の蘇生術」では朽ちてゆくものを「どこかで人間が蘇生させてやる必要がある」と説明している。

  一度被害にあったものを蘇らせるのは、大変な困難がともなう。その過程をも含めて、建築を考えるのは意義深いものだ。ブルターニュの宝、旧高等法院Parlementの修復を毎日見ていてそう思った。炎につつまれ形を変えていく建物を、我が子のように見つめる人々。この時、私はブルターニュにはいなかった。「このままでは終わらせないというゆるぎない愛情を再確認したのは、大屋根が落ちた時だ」と後から聞いた。

  Nantesナントにあるブルターニュ公たちの城も15年間の修復工事(3年間の完全閉鎖)をへてこの春から公開された。9月末まで"Anne de Bretagne, une histoire, un mythe"という展示会が開催中なので、再び訪ねる予定にしている。城は私に中世の幻を見せてくれるだろうか。

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2007.08.31

ロマネスクの教会堂

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    9月中旬に仕事でフランスに行くことになった。滞在は2週間。2つの仕事で前半はChartres シャルトル、Normandie ノルマンディー、Bretagne ブルターニュ。約30人で移動する。後半はNantes ナントから一気にBourgogne ブルゴーニュへ。こちらは友人に声をかけたが連絡がなく、ひとりで行くことになるかもしれない。

  ずっと行きたいと思っていて、行くチャンスがなかったBeaune ボーヌへの旅。右の欄にずっと置いてあるボーヌで死ぬということ―「中世の秋」の一風景のボーヌだ。ここで生と死を静観してこようと考えている。そしてそこまで足をのばすのならレンタカーでBasilique Sainte-Marie-Madeleine de Vézelay ヴェズレー詣でとAuxerre オセール、最後にDijon ディジョンも一目見たいと欲が出て、大変なスケジュールになりそうだ。

    そこで、図書館でかりた本を山のように積んで切り貼りしながら資料をつくっているところだ。なかでも図説 ロマネスクの教会堂 (ふくろうの本)はひじょうに質の高い本だ。教会の構造、彫刻などの図版、豊富なカラー写真とわかりやすい解説入りで、何度見てもうっとりする。

  しかも昨年訪れた素晴らしいロマネスク教会、Moissac モワサックとConques コンクが載っている。これは是非自分でも購入して手元に置いておこうと思う。

  「一度離れたら、もういつ戻れるかわからない」と覚悟して立ち去りがたい気持ちだったブルターニュ。思いがけず今年2度目の訪問となる。4月に行った時もParlement レンヌ旧高等法院の建物から離れられなくて、数十回振り返りつつ戻ってきた。騒がしくて眠れない夜(外で若者たちが宴会して)をどれほど過ごしたかわからないが、今となっては懐かしい。ブルターニュにも美しい教会がたくさんある。これからはブルターニュの小さな教会を紹介してゆきたいと思う。

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2007.07.24

Sensation 感覚

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          Sensation
        Arthur RIMBAUD
(Charleville 1854 - Marseille 1891)

Par les soirs bleus d'été, j'irai dans les sentiers
Picoté par les blés, fouler l'herbe menue:
Rêveur, j'en sentirai la fraîcheur à mes pieds.
Je laisserai le vent baigner ma tête nue.

Je ne parlerai pas, je ne penserai à rien:
Mais l'amour infini me montera dans l'âme,
Et j'irai loin, bien loin, comme un bohémien,
Par la nature, - heureux comme avec une femme.

続きを読む " Sensation 感覚"

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2007.07.19

慶應義塾大学図書館蔵書のデジタル化とGoogleブック検索図書館プロジェクトの連携

  慶應義塾大学は「デジタル時代の知の構築」に向け、Googleとの連携による図書館蔵書のデジタル化と世界にむけての公開を決定したことを発表した。下にその冒頭部分を抜粋する。

このたび慶應義塾は、創立150年記念事業の一環として、Googleが世界で展開しているGoogleブック検索図書館プロジェクトと連携し、慶應義塾図書館が保有する蔵書等のデジタル化と公開を共同で行うことに正式に合意、7月6日に記者発表を行いました。

 このプロジェクトは、海外ではすでに、ミシガン大学、ハーバード大学、スタンフォード大学、オックスフォード大学など北米、ヨーロッパの25機関と連携して展開されていますが、欧米以外の地域では、慶應義塾大学が初めてとなります。

 具体的には、慶應義塾図書館の所蔵する蔵書の中で、著作権保護期間が満了した約12万冊をデジタル化し、GoogleのGoogleブック検索を通じて、世界に公開します。12万冊の内訳は、明治初期までに日本で発行された和装本と、明治・大正期・昭和前期の日本語図書となります。その中には、福澤諭吉の数々の著書も含まれます。慶應義塾関係書籍については先行してデジタル化され、デジタル化が完了した資料は随時公開されます。

    電子化するには本のページをスキャンし、その後OCR(光学文字読み取りソフト)を使って自動的にテキストデータを抽出する。しかし日本語はアルファベットより文字の種類が多く、旧字体もあるので検索には不利なのだ。

  慶應義塾大学ではすでに稀覯書(グーテンベルク聖書、和漢稀覯書、浮世絵など)のデジタル化をすすめている。1996年から行われているHUMIプロジェクトである。特にアジアにある唯一のグーテンベルク42行聖書(1455年頃、ドイツ・マインツ)をデジタル化したことで、世界に散らばるそれぞれの聖書の比較研究が可能となった。

  さっそくGoogle ブック検索をのぞいてみた。もちろんはじめに検索する単語は「ブルターニュ」だ。すると18件がヒットした。順番に中身を見ていく。すると「ブルターニュ」という単語が黄色くマークされ、その中身も読むことができるではないか。一部、プレビューできないページもあったが、書籍の名前がわかるだけでも非常にありがたい。

  ここで私が注目したのはサーフィン・ア・ゴー・ゴー海外版―世界437サーフ・スポットを完全カバーという本。この本にでてくるブルターニュのサーフポイントについては、また別に書こうと思う。

  パソコンの普及で貴重な資料が自宅で探せるようになった。フランスでは地方の図書館にある蔵書が少ない。専門的な資料はBibliotheque nationale de Franceに集中している。中世の写本などがネット上で見えるので重宝している。だが便利になると、すべてに目をとおすことは不可能なので、取捨選択する能力がより求められるようになるだろう。

      関連情報

  Google図書館プロジェクト 世界中の書籍の図書カード カタログ
  Google ブック検索 書籍の全文を検索して、ユーザーの興味にあった書籍を見つけ出し購入できる場所や貸出先を案内するサービス

  Google、ブック検索で慶応義塾大学図書館と連携--図書館はアジアで初の参加 CNET Japan
  “Google図書館”と自治体の行政資料公開 日経パソコン

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2007.06.24

アホウドリの糞でできた国ナウル共和国

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  今日の夜、日本テレビ「世界の果てまでイッテQ!」でナウル共和国Republic of Nauru訪問記が放送される。この国は、赤道より40km南、太平洋南西部に浮かぶ珊瑚礁の共和国だ。バチカン、モナコに次いで面積が小さい国でもある。外務省の資料によると、駐ナウル日本国大使は滑川雅士駐フィジー大使が兼任しているという。

  この共和国、「珊瑚礁にアホウドリが大量の糞をして、その糞が堆積してできた島」なのだ。自然の恵みが豊かで、燐鉱石を輸出するだけで生きていける地上の楽園だった。それでもいつか資源がつきる日がやってくる。そこで1999年9月に国連に加盟。そして「2万5000米ドルでナウル国籍の販売」と「国際銀行の設立」をした。

  銀行には不透明な預金がころがりこんでくる。だがこの銀行も、アメリカのテロ以降は破たんをしいられた。ちょうどアフガニスタンからは大量の難民がオーストラリアに流れこんできていた。オーストラリアは、「難民1100人を受け入れてくれたら助けてあげよう」と提案した。もちろんすんなりとはいかなかったが、最終的に難民たちを受け入れたナウル共和国。だが、大統領の亡命さわぎ、難民たちのハンストと、混乱が続く。

  日本ではNHKが「新アジア発見」が「楽園の危機を救え-南太平洋・ナウル共和国-」を99年8月20日に放映していると、リビングサイエンスアーカイブスの「千年持続学-21世紀の危機とそれを乗り越える智恵」。日本のオイルショックと比べグローバリゼーションについて書かれている。

  ナウル共和国について、本まで出してしまった人がいる。アホウドリの糞でできた国―ナウル共和国物語という本だ。吉田靖さんがブログに書いて評判を呼び出版された。そのいきさつは適宜更新をどうぞ。このブログは本が出版される前から読んでいたのでずっと前からリンクしていた。

  夏でも涼しいブルターニュで南の島のことをいろいろ想像したものだ。まるで小説のような話なのだが、本当に地球上に実在するのだと知りどんな国なのか気になっていた。「日本人に一番人気のない国ってどんなとこ?」という切り口だそうだ。とにかく今日の放送を見てみよう。

    実際にナウルに行った日本人

  「ともやくんの旅行記」 日本資本でヨットハーバーが建築中だったとか。どうなっているのだろう。
  「世界制覇カウントダウン! ナウル入国にビザは要らない?!」 行ってみようと思うのがすごい。

    追加エントリー

  成人男性90%が失業している国 実際にテレビ放映を見て考えたことを追加した。

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2007.06.15

オペラ座の怪人とブルターニュ

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    オペラ座の怪人は何度も映画化されているし劇団四季がロングラン公演しているので、原作を読んだことがなくても、題名は聞いたことがあるだろう。そういう私も原作はたぶん子供のころに読んだだけで覚えていなかったし、最近の映画も舞台も残念ながら見ていない。文庫本が家にあったので読んでみて驚いた。

  主人公シャニイ子爵と歌姫クリスチーヌが出会った場所がブルターニュだったのだ。クリスチーヌの一家はPeros-Guirecぺロス・ギレックに別荘を持っていて、シャニイ子爵は伯母と一緒にLannionラニオンに住んでいたという設定なのだ。「二人は毎日のように顔を合わせ、一緒に遊んだ」ことになっている。

    この距離は23キロ、車では30分ほどしかはなれていない。この時代乗り合い馬車でも1時間あれば行けただろう。Peros-Guirecぺロス・ギレックは先日書いたエッフェル氏のお屋敷が建っているあたりである。この静かな海もすぐ近くだ。

  原作は1910年の作品の作品なのでちょうどエッフェル氏と同時代の話だ。ちょうどベル・エポックで華やかな文化が花咲いているころである。Lannionラニオンのことはあまり書いていないのだがEglise de Brélévenez ブレレヴネ教会があるところだ。この教会内部には一部12世紀ロマネスク様式が残っている。

  オペラ座の怪人に描かれているブルターニュの記述は美しいので紹介しておこう。ブルターニュの歴史や昔話が大好きな二人は話を聞くのを楽しみにしていた。「ブルターニュのおばあさんのなかで、これまで少なくとも一度は、月夜のヒースの荒地で、妖精たちが踊るのを見なかった者がいるだろうか?」それから続く墓場や骸骨の記述もいかにもブルターニュらしさがでている。

  パリにある華やかなオペラ座(1875年建築のオペラ・ガルニエ)。シックな色あいの大理石を用いた大階段、シャガールの壁画と豪華なシャンデリア、皇帝の色である赤と金を基調とした観客席はそこに居合わせる人々を夢の世界へといざなう。怪人と妖精たちの住むブルターニュ。見事な対比だ。

  

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2007.06.06

エッフェル氏のお屋敷

Ploumanach

  「あそこにあるのがエッフェル氏のお屋敷だよ」と散歩している人の会話が耳に飛び込んできました。それを聞いてだまってはいられません。思わず「すみません。エッフェルさんて、あのパリのエッフェル塔を建てた人ですか」と問いかけます。「そう。その通り。ほらあそこだよ」と指差す方角に振り返ると、ありました。

  バラ色の花崗岩で有名なPloumanac'hプルマナック海岸に、一軒だけ建っているのがそうです。「今ではこのような場所に家を建てることはできないのでしょう」と尋ねると「そうだね。保護区になっているから、いくら金持ちでも無理だよ」という答えが返ってきました。散歩していた男性3人は映画関係の仕事をしているそうです。バカンスで数日間、ブルターニュに滞在しているのだとか。
Maison_albert_eiffel
  L’un des fils de Gustave Eiffel, Albert Eiffel fait bâtir la villa Ker Awel au bord de la plage Saint-Guirec en Perros-Guirec 「ギュスターブ・エッフェル氏の息子のひとり、アルベール・エッフェル氏がぺロス・ギレックのサン・ギレックの浜辺沿いにla villa Ker Awelを建築」という記述を見つけました。1903年だったようですが、詳しいことはわかりません。

  以前紹介した岸恵子さんが案内するとっておきフランス旅とフォト・エッセイ集。ここでもこのエッフェル氏のお屋敷の話が出てきます。とても美しい海岸線ですから、近くに泊まって夕暮れの景色を堪能してほしいです。

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2007.06.03

絵本の中で見た夢の国 大特集 ブルターニュ大紀行

No4

  私が愛してやまないブルターニュ。離れると決めるのに時間がかかった。いざ帰国するとき、大好きなレンヌ市役所や旧高等法院の建物を何度振り返って眺めたことだろう。猛暑の夏、屋根に雪が積もった珍しい冬の夜、目をつぶれば忘れられない四季おりおりの光景がそこにある。この手はそっと触れたグラニット(花崗岩)の凹凸まで記憶している。

  ブルターニュの雄大な原野や海。そして頑固だけれどいったん心を開けば、かぎりない優しさで応対してくれるブルトン人たち。そんな暮らしの一部を日本に伝える本の制作にかかわることができた。「フランスの旅 no.4―小さな美しい村をめぐる。パリから先の、知られざるフランスへ。朝、目覚めるとそこは、絵本の中で見た夢の国」である。

  シリーズ4冊目となるこの本。今回の大特集が「ブルターニュ大紀行」なのだ。私達はノルマンディーとブルターニュをHertzのレンタカーで移動しながら取材した。あたりには広い畑が広がっていて牛や羊たちがのんびりと草を食んでいる。そこを何時間も突っ走るわけだ。一見すると全く変わらないように見える風景。だが集落ごとに、農作物、工芸品、衣装、踊り、言語などが微妙に異なる。そこへ行かないかぎり触れることのできない人々の暮らしがある。
Bretagne_hotel

  紹介したい場所は山ほどある。限られた取材日程でブルターニュを網羅することはできない。またこの本では文章は書いていないので、私の説明がうまく伝わらず記述が誤っている箇所もある。それでも同行したカメラマンの撮った素晴らしい写真をご覧いただければ、ブルターニュのよさをわかっていただけるはずだ。Bretagne_produit

フランスの旅 no.4―小さな美しい村をめぐる。パリから先の、知られざるフランスへ。朝、目覚めるとそこは、絵本の中で見た夢の国

巻頭特集★ 断崖絶壁の村で出会った、中世のフランス
フランス南西のアキテーヌ&ミディ・ピレネーレ地方へ

大特集★ 独特の文化が息づくフランスの西の果て、神秘の楽園。
ブルターニュ地方へようこそ!

ワイン天国を巡った5日間★ ブルゴーニュワインを味わい尽す旅

中綴じ付録★ ハネムーンや結婚記念日におすすめしたいプチシャトーの旅
厳選・フランスのロマンチックホテル

アート特集★ モネ、サビニャック、サティ、ディオールのルーツを巡る旅
ノルマンディーを愛した4人の芸術家の旅路

新連載パリ20区物語★ サン・ジェルマン・デ・プレ

  これまでに出版されたシリーズ

フランスの旅 NO.3 詳しい解説はこちらから。
フランスの旅 NO.2

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2007.04.28

ラテン語学習のメルマガ

  昨晩あるお宅で夕ご飯をごちそうになった。このご家族とはもう20年近くお付き合いさせてもらっている。ご夫婦そろって語学が堪能で、ギリシャ語、ラテン語、英語、フランス語、イタリア語、ロシア語、インドネシア語などの書籍が所せましと並んでいる。

  奇知に富んだ話がいつもにこやかなお二人から語られると、いつも立ち去りがたくて困ってしまうのだ。ご主人の現在の最大の娯楽が「ラテン語のメルマガ発行」だとか。Oxford Latin Courseというテキストを用いて、丁寧な解説を加えている。

  しかも文章とイラストの使用許可をとったうえで、毎日無料で発行しているのだから頭が下がる。ヨーロッパではまだまだラテン語のニーズは多い。私も過去に何度もラテン語に挑戦したことがある。10年以上前に、2年間みっちり勉強し基礎は終わったはずだったのだが、使わないでいたらすっかり忘れてしまった。

  参考書や辞書はたくさん持っているので、単語をひとつでも覚えようとさっそくメルマガ登録した。ブレイス語のうまい友人に聞いた話では、「ブレイス語にもラテン語が多く取り入れられているので、やって損はない」そうだ。

  
  楽しく学ぶやさしいラテン語~Oxford Latin Course~ あなたも一緒にはじめませんか?

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2007.03.18

オルタナ創刊 無料登録は3月末まで

Cover

  ヒトと社会と地球を大事にするビジネス情報誌「オルタナ」の第1号が手元に届きました。以前無料講読のお誘いをさせていただいたことがあります。

  私はこの情報誌で「フランスシャトーホテル巡り」というページを書かせてもらっています。第1回目はやはりブルターニュのホテルを選びました。タイトルは「ユーゴーを虜にした魅惑の城」です。Château de La Ballueというプライベートシャトー。ここは城・庭共に歴史遺産に登録されています。

  記事を読みながら、取材したときに急に夕立が降ってきたこと、そして庭に霧が立ち込めたことなどを思い起こしていました。しっかりと刈り込まれたフランス式庭園に藤の花が咲き誇っていました。この庭を設計したのはPaul Maymont。彼は日本に住んでいたこともあるので、日本的な遊びが随所に取り入れられているのです。

  オルタナは350円ですが、3月末までにネット上で登録すると自宅に無料で配達してくれます。このチャンスをお見逃しなく。さっそく登録をよろしくお願いいたします。ここからどうぞ。

  

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2007.02.25

Gustave Flaubert en Bretagne フルベールのブルターニュ旅行

Flaubert
Gustave Flaubert ギュスターブ・フローベール(182~1880)のVoyage en Bretagne『ブルターニュ紀行』が3月に翻訳刊行されるとありくいさんが教えてくれたのだが読んだことがなかったのでどのような内容なのか調べてみた。

  bretagne.comの説明によるとフロベールは1847年春に友人と共にブルターニュを旅行している。海ぞいを自分の足で歩き、その感想をつづったのだ。この年、フランスでは2月革命が起きていたのだが、収穫が悪く農民たちは怒っていた。革命で2月24日にはフランス王ルイ・フィリップが退位。 翌日には第2共和政が開始した年なのである。Flaubert découvre la campagne bretonne en 1847. Scène de vie à Plouharnel (56).

    Centre de Recherche sur la Littérature des Voyagesで行われた講演を音声で聴くことができる。内容はおもしろいがとても長いので、暇があるときにどうぞ。
Flaubert en Bretagne (Par les champs et par les grèves): voyage et anti-voyage, le discours viatique comme laboratoire du roman par Roland LE HUENEN (Université Victoria (Toronto)) 20 avril 2005


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これがフランス語版。リンク上で中身の一部が閲覧できる。
  Voyage en Bretagne








     追加情報

51cwmubjql_aa240_ ブルターニュ紀行 野を越え、浜を越えが発売になった。

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2006.12.29

日本で購入できるフランスの地図