カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2016.04.18

熊本地震のお見舞い

Kumamoto

  熊本地震で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。避難生活をしいられている方々のもとに一刻も早く飲み水や生活必需品がとどくことを祈っています。

  九州には3度しか行ったことがないのですが一番最近行ったのが2009年9月の熊本でした。熊本城は2007年に築城400周年だったので復元整備もすすみ、華やいだ雰囲気に満ちていました。商店街は夜中まで活気にあふれていましたし、人々の笑顔が印象に残っています。写真はそのときに撮影した熊本城ですが、地震で屋根瓦が落ちてしまったのを見るにつけくやしくてなりません。

  昨年から関西で毎月会っている熊本在住の友人がいます。スマホに短いメッセージがとどき、怪我はしていないようなので一安心しましたが、度重なる余震で被害が拡大してゆく映像に胸がいたみます。どうぞがんばって生き抜いてください。

  熊本城は地震でどうなったか? 比較写真で分かる深刻な被害 The Huffington Post 2016年04月18日

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2015.02.11

中東の友を想う

  フランスでは日本ではなかなか出会うチャンスのないような国の人々と知り合った。2005年の夏にはルーマニア人(男性)とシリア人3人(男性1人、女性2人)と一台の車で旅をしたこともある。この旅行のことは何回か書いているが、レンヌに住むセシルの家族がアルプスに山小屋を所有していたので1週間泊めてもらったのだ。国境をこえてスイスやイタリアにもドライブして、アルプスの夏を満喫した。

  シリアでは家族の結びつきが強く、客をとても大事にするのだという。たとえば手の込んだ美しい花瓶があったとしよう。その花瓶がどれほど高価なものであっても、ほめられたら花瓶はほめた相手に贈る。それが私のような風習を知らない外国人であっても同じだという。家に招きいれた時点で客であるから、大切な品でもおしみなく渡すのだ。持つものが持たないものを助けるのがイスラムの教えだからと説明してくれた。

  レンヌに戻ってもシリアの手料理を食べさせてもらったり、水タバコを体験したこともある。タバコは吸わないからとことわったのだが、「私もタバコは吸わないけれど、水タバコは別なの。イチゴとアップルどちらにする」と聞かれ驚いた。携帯用の小さな水パイプで吸ったアップル味のタバコは不思議な味がした。

  「ぜひシリアにいらっしゃい。母にももう会ったことがあるでしょう。うちには何日いてもいいわよ。ほかの都市に住む友達も紹介してあげるからアラビア語ができなくても平気よ」とさそってくれた。でもこの計画はお互いの都合があわず残念ながら実現しなかった。

  ジャーナリストクラブではイラン人の女性ジャーナリストとの懇親会にも参加した。ふんだんに薔薇のエッセンスがはいった料理やデザートがふるまわれ、食文化の違いを実感した。またイラン人の映画監督が作ったテレビ映画を見たこともある。彼は実際に兵士としてイラン・イラク戦争に従軍していた。「僕は敵だからといって人間に向けて銃を撃つことはできやしない。戦争が終わってこうやって生きていられるのは奇跡みたいなものだから、戦争が人々をどんなに苦しませてきたのかを映画で伝えたいんだ」と話してくれた。3人のイラン人と2人のイラク人も一緒に映画を見ていた。誰もが口をそろえて「争いはもうごめんだ」と言った。

  ISIL(イスラム教スンニ派の過激派組織「イスラム国」の別称)を攻撃するといっても、そんな国は地図上に存在しない。実際に爆弾が落ちるのはイラクやシリアの大地だ。イラク、モスルやシリア、ラッカ空爆後の映像では建物があったはずの場所にコンクリートが折り重なり瓦礫の山となっている。「助けてくれ。子供が生き埋めになっている」と大声で叫びながら素手で石を取り除く男性も映し出されていた。

  このビデオは昨年春にSaveTheChildrenが公開したもので、シリア人少女の1年間を凝縮したものだ。ひとたび争いが起こればそこで暮らしていた人々は先祖代々住み慣れた祖国を追いはらわれるように立ち去り難民となるしかない。彼らの立場からみれば爆弾を落とすものは、ISILであろうとなかろうと領土を侵す侵略者にほかならない。心に刻み込まれた恐怖や悲しみは癒えない。

  オードリー・ヘプバーンがユニセフの特別大使として飢餓で苦しむ子供たちを助けようとしたのは、彼女自身が子供時代に第2次世界大戦下で食べるものにも事欠きやせ細ってしまったというつらい体験をしていたからだ。

  その人がどこで生まれようと、どのような宗教を信仰していようと、お互いを理解し尊重する気持ちが大事なのだと私はフランスで学んだ。一緒に旅したシリア人とはメールでやり取りをしていた。度々電話も通じないとぼやいていたが、いつの間にかメールもこなくなってしまった。中東のニュースを聞くたびに、みんなどうしているだろうかと思う。生きているのだろうか。怪我していないだろうか。家は空爆されていないだろうかと考える。

  中東のために我々がすべきことは何だろう。海外で医師として活動を続けてきた中村哲さんは海外支援についてインタビューでこう話している。

日本は、軍事力を用いない分野での貢献や援助を果たすべきなんです。現地で活動していると、力の虚しさ、というのがほんとうに身に沁みます。銃で押さえ込めば、銃で反撃されます。当たり前のことです。でも、ようやく流れ始めた用水路を、誰が破壊しますか。緑色に復活した農地に、誰が爆弾を撃ち込みたいと思いますか。「マガジン9」

  争いで傷ついた人々を治療し食料を届ける。子供たちには教育の援助をする。そして人々が故郷に戻ってこられるように荒廃した大地を耕し作物を植える。そんな支援を私はしたい。


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2014.08.10

台風11号

  朝8時ですが、近年体験したことのないような猛烈な嵐。徳島県北部、木造の2階は昨晩からずっと震度2くらい揺れています。ここ1時間ほどは震度3くらい。雨戸を閉めきった室内にもスミマ風が吹き込み、デスクトップのパソコン画面も震えています。瓦が飛ばないか、家は持ちこたえられるのかと心配です。停電しているところもあるようなので、これでパソコンの電源は落とそうと思います。速度が遅いのでこれからまだ数時間、このような状態でしょう。皆様の地域でも被害がでませんように。

      < 追加 >

  県下では531棟が床上、731棟床下浸水しました。近所でも農作物への被害は大きいと思います。うちは被害はありませんでしたが、たまたま運がよかっただけで自然災害はさけようがありません。

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2013.11.27

Merci 1 million de visiteurs ! 訪問者数が100万人になります

  まず最初に、このブログを読んでいただいた皆様方に心からお礼を申し上げます。ありとあらゆる情報が飛び交うネット上でここまで来ていただき、ありがとうございます。広大なネットの海で皆様と出会えたこと、それはまるで奇跡のようです。

  フランス・ブルターニュ地方で暮らし始めて数年がすぎたころ「うるわしのブルターニュ」を書き始めました。それまで旅行したことはあっても海外で暮らした経験もなかったので、1年間だけ暮らしてみようと考えていました。それが徐々に長くなり、いつしかブルターニュは自分にとってかけがえのない場所になっていました。

  しかし書き始めたころは日本から遠く離れた場所での独り言をこれだけ長く書き続けることになるとは想像もしていませんでした。いただいたコメントすべて、私の宝物です。途中長い間ブランクがあったにもかかわらず、何度も訪問いただき感謝しております。

  ブログの一番右下にカウンターがあります。今日あるいは明日100万人を突破する見込みです。ちょうど100万人目になった方は、何時何分と書き添えてコメントください。何かブルターニュ関連の品物をプレゼントさせていただきます。コメント欄に海外からはコメントできないと注意書きを書き添えてありますが、自分でやってみるとコメントできました。


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2013.04.14

紅色の蜂須賀桜

Hatisuka

  この桜は蜂須賀桜(ハチスカザクラ)という品種で、江戸時代まで徳島城御殿で咲いていたそうです。廃藩置県に伴い最後の徳島藩主となった蜂須賀茂韶が家臣にたくし現在まで代々守りつがれてきたもので樹齢250年をこす古木なのですが、毎年可憐な花をつけています。この写真は約1カ月前に撮影したものです。

  4月13日、淡路島で震度6の地震がおきました。関西でおきた地震としては18年前の阪神・淡路大震災に次ぐ規模の地震でした。激しい揺れで目をさますと頭のすぐ横で棚がゆれているのが見えましたので横になったまま両手でささえました。幸いにも何も落ちてきませんでしたのでさしせまった身の危険は感じませんでしたが、それでも無事だったことを心からありがたいと思います。

  蜂須賀桜は地震や津波、台風のみならず、戦火をもくぐりぬけ、よく生き延びてきてくれました。これから自分に何が出来るか考えつつ、先月からWEBクリエイター講座に毎日通っています。HTMLやCSSタグに苦しみつつ試行錯誤の日々が数ヶ月間続きますが、また来年も元気でこの桜を眺めながら抹茶をいただきたいものです。


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2013.01.12

永久の別れ

  「親子は一世(いっせ)」とは親子関係は現世だけであることを指す仏教用語だそうです。数日前、母があの世に旅立ちました。よく知っているはずの母の顔がなぜか知らない人であるかのように思えたのです。ここ2か月ほど、「じっとしていても身体の節々がはげしく痛む」とこぼしていたのですが、その痛みからようやく解放されたせいでしょうか。不思議なことに、その横顔がこれまでよりずっと美しくなったのです。

  母は2年前の心臓の大手術以来、脳こうそくの麻痺が残り厳しいリハビリを行ってきました。車いす生活が続くと思われたのですが医者も驚くほどの回復し、軽く杖でささえるだけで歩くことも可能になっていました。その頑張りには拍手をおくりたいほどだったのです。亡くなる当日まで意識ははっきりしていて、介護してくれた方々みんなにお礼とお別れをしたそうです。私たち親子の関係はこれで終わりですが、いつか来世で会えるといいですね。

  

  

  

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2013.01.03

Meilleurs Voeux 2013 恭賀新年

2013france

  新しい年のはじまり、今年は久しぶりに地元の海岸で初日の出を見ることができました。雲が低くたれこめていたので太陽が顔をのぞかせたのは少々時間がたってから。海の表面が朝焼けに淡くそまり、早起きしたかいがありました。
Wanwan
  また砂浜では大凧保存会のメンバーが直径3メートルの「わんわん凧」を揚げ、お雑煮もふるまわれました。見学に訪れた人々も笑顔で、和やかな年あけでした。「わんわん凧」は江戸時代にはじまり今では無形民俗文化財に指定されています。これまでで一番大きな凧は直径12間5尺(24メートル)、重さは5トンを超え、揚げるのに200人がかりだったそうです。

  トップの写真は昨年美ヶ原高原、王ヶ頭ホテルの前で撮影した富士山。元旦ではなかったのですが、寒さでかじかむ手で撮影した思い出の一枚です。


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2012.07.15

パリ祭の花火


パリ祭の花火 - Feux d'artifice du 14 juillet 投稿者 ambafrancejapon

  在日フランス大使館より配信されたパリ祭の花火です。パリ、モンマルトルに住むフランス人の友人と花火を見に出かけたことがあります。ものすごい人が花火見物に出かけるので、メトロも大混雑。結局夜中に1時間半ほどかかって歩いて帰ったことを思い出しました。


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2012.01.02

Meilleurs Voeux 2012 あけましておめでとう

Voeux2012


  新年あけましておめでとうございます。勇壮な龍にあやかって、力強く大空をかけめぐりたいと思います。昨年はあわただしい出来事が多くさっぱり落ち着かなかったので、今年は腰をすえて何事にも取り組んでゆきたいものです。

  さて我が家は築30年以上の木造建築。寒い日は室内でも5度しかないという劣悪環境!これまで不便は感じていても全く手を加えていなかったのですが、クリスマスにイケアでL字型のソファを購入しました。長い年月にクッションが劣化して座ると身体が沈み込むほどだったからです。イケアの家具は大きいので雑誌を整理し、本棚をひとつ撤去してスペースを空け、ソファを組み立て。大掃除三昧の年末になりました。

  でも老朽化した床はボコボコで抜けかけているし、天井のクロスははがれそうになっている有様。思い切って部分改装する決心をしました。ソファのある居間の隣に床の間があるのですが、ここをひと続きにしてフローリングにしてしまう計画です。断熱材を入れ、窓からの隙間風をブロックすれば居心地もよくなるはずです。最初に居間の写真を撮っておけばよかったと思いましたが、夢中だったので忘れていました。

  家の改築前に雨漏りがひどくて物がいれられない倉庫の屋根をふきかえたり、いつ屋根が落ちても不思議ではない古い納屋を解体する工事もあります。ローズガーデンは納屋の壁を利用してつくっているので、こちらもやり直しです。予算をおさえるため出来ることは自分でするつもりですから、今年はDIYの話題も増えるかもしれません。以前ならすべて大工さんにおまかせだったと思うのですが、フランスではたくさんの人たちが自分で家をリフォームしています。それをずっと見てきたので、少しはやる気になっているわけです。今年もよろしくお付き合いください。


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2011.10.04

いつも心はブルターニュに

Mairie

  半年ほど前、これから残りの人生でいったい何がしたいのか真剣に考えた。その時心の奥に浮かんだ答えは「ブルターニュに戻りたい」というものだった。

  毎日何度も眺めていたこの風景からどんなに遠く離れても、目を閉じればすぐそこに戻ることができる。私にとってのブルターニュはもう切り離すことのできない身体の一部。どうしてそんなに好きなのか。自分でもあきれてしまうのだけど、こればかりは理屈では説明できない。帰国を決めた時、離れたくないという気持ちを無理やり封じこめたのだが月日が流れてもその想いは変わらない。

  数日前、母は病院から老人介護施設にうつった。リハビリのおかげで足の機能はずいぶん回復したものの、左手は脳梗塞の麻痺が残った。椅子から立ち上がるのにも少し介助が必要で、倒れたら自分では立ち上がることができないため自宅での生活には無理がある。どの施設も定員いっぱいで、最後までやきもきしたがやっとホッとした。介護施設では洗濯もしてくれるので、これからは自分の時間がとれそうだ。

  今すぐというわけにはいかないが、いずれはブルターニュと日本を行き来することが私の願いだ。徐々に身辺整理をしていつでも飛び立てるようにしておこう。私の心の故郷に。

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