Bretagne 情報 1

2008.02.23

ロックフェスティバル Le Festival des Vieilles Charrues


www.letelegramme.com

   第17回目となるブルターニュのロックフェスティバルLe Festival des Vieilles Charrues ル フェスティバル デ ヴィエイユ シャリュのメンバーが発表になった。今年は7月17日から4日間の開催。昨年のビデオは公式ホームページでどうぞ。

ZZ TOP, BEN HARPER & The Innocent Criminals, MOTORHEAD, Christophe MAE, YAEL NAIM, les BABYSHAMBLES de Pete Doherty, THE DØ, BB BRUNES, THE WOMBATS et DUB INC.... Les Vieilles Charrues lèvent une partie du voile de leur 17e édition.

  ブルターニュの内陸部Carhaix カレで行われるこの野外フェスティバル。連日5万人以上が押し寄せるので郊外の畑が巨大な駐車場になる。この駐車場まで大渋滞が続く。そこから無料バスに乗って町まで行く。駐車場も数か所にわかれていてとてつもなく広いので、間違えないように注意が必要だ。2年前に私が参加したときの様子はJohnny Hallyday ジョニー・アリデーのコンサートLes Frères Morvan モルバン兄弟から。

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2008.02.20

ブルターニュ 3月のイベント

Fete_du_livre

  3月のイベント情報です。Kan Ar Bobl(Le chant du peuple)についての説明はこちらSaint-Patrick à Bercyもありますね。今年はアラン・スティヴェルも出演します。

  写真はFête du Livre à BECHERELです。ベシュレルで毎年行われる古本市の様子です。食べ物の屋台もでてにぎわいます。

*1er mars : Tremplin Au pont du rock à MALESTROIT
*1er mars: Liane Foly en concert à PLOUENAN
*3 - 16 mars : Printemps des Poètes
*6 mars: Jean-Louis Aubert à Brest . COMPLET.
*7 mars : Election de Miss Finistère au casino de PLOUESCAT (29)
*7 mars : Red Cardell au Manège à Lorient, 20h30. Tarif : de 5€ à 12€.
*8 mars : Kan Ar Bobl à GUEHENNO (56)
*8 mar s: le groupe The Do au Run ar Puns, Chateaulin.
*9 mars : Kan Ar Bobl, rencontres Trégor et Haute-Cornouaille, à MAEL-CARHAIX (22)
*11 mars : Dan ar Braz à Saint-Gilles (35), salle Le sabot d'or. 21€ tarif adulte.
*11 mars : "Papa est en haut", spectacle de Gad Elmaleh, parc de Langolvas , MORLAIX (29) (complet)
*12 mars : Causerie en breton, association Ti Ar Vro Leon, à LESNEVEN (29)
*14 - 22 mars : 8è édition du festival Méliscènes.
*14 mars : Kan Ar Bobl, rencontres Pays de Saint-Brieuc, à LA MEAUGON (22)
*15 mars : Kan Ar Bobl, rencontres Basse-Cornouaille, à TREGUNC (29)
*15 mars : Kan Ar Bobl, rencontres Ile-de-France, à PARIS
*15 mars : Saint-Patrick à Bercy
*22 mars: Kan Ar Bobl, rencontres Pays de Dinan à MONT-DOL (35)
*22 - 23 - 24 mars : Fête du Livre à BECHEREL (35)
*29 mars : Calogero en concert, parc de Langolvas, MORLAIX (29)
*29 mars: 9è tremplin Roc'han feu
*30 mars : Kan Ar Bobl, rencontres Cornouaille Morbihannaise, à LANGONNET (56)
*30 mars : Kan Ar Bobl, rencontres du Pays Vannetais, à CAUDAN (56)
*31 mars - 1er avril : Spectacle Pina Bausch à QUIMPER (29) (théâtre de Cornouaille)

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2008.02.19

Armor lux アルモー・リュクス、自転車チームの新ユニホーム

Logotype_rgion_bretagne_fr

    ブルターニュは昔から自転車のロードレースが盛んで、ツール・ド・フランスでもブルターニュ出身者がいつも活躍している。チャレンジ精神に富み、しかも粘り強い性格が自転車に向いているからだろう。レンヌの市長Edmond Hervé エドモン・エルベ氏も自転車が好きなことは前にもふれたことがある。

  ニュース映像で見つけたのが、L’équipe Bretagne Armor-Luxの新しいユニフォーム。じつはブルターニュ地方のロゴと同じ色。このロゴ、私の机の前にも貼ってあるが、Hermine エルミンを大胆な色の組み合わせでアレンジしていて非常に目立つ。昨年のユニホームはこちら

  Armor lux アルモー・リュクスはブルターニュのマリンウエアなど衣料全般を扱う優良企業。ヨット、バレー、サッカー、バスケットとスポーツ振興にも力を入れている。ここ数年、郵便局、SNCF 国鉄、シャルルドゴール空港のユニフォームも手掛けていることは案外知られていない。

  Armor lux アルモー・リュクス 日本

 

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2008.02.11

ブレイス語のアニメ

  ブレイス語のアニメを2本紹介します。ブレイス語の言葉の響きを楽しんでください。詳しい情報はBannoù-hoelからどうぞ。DVDも発売されているようです。

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2008.02.10

Murmel in der Bretagne ブルターニュのマーモット

   きのう歌手のYann-Fañch KEMENER ヤン・フォンシュ・ケメネールさんのことを書いたので歌のビデオはないかと探していたら、何だか可愛いのがありました。Murmel in der Bretagne(la malmotte en Bretagne ブルターニュのマーモット)というタイトルでぬいぐるみがいっぱい登場します。

   ヤン・フォンシュ・ケメネールさんはリスのクレープ屋のあとでキャロット祭りの舞台にあがって歌を歌います。このクレープ屋さん。とっても小さなクレープを器用に焼いていてほほえましいです。私も一度食べに行きたいくらいです。手作りの背景はどれもブルターニュへの愛情が感じられます。いろんなビデオをつくっている人がいますね。

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ブルターニュ 2月のイベント

Kan_ar_bobl_1


  2月のイベント情報です。Kan Ar Bobl(Le chant du peuple)というイベントは、庶民の間に歌いつがれてきたブルターニュの音楽を未来に残そうというもの。Kan_ar_bobl毎年カテゴリー別にコンクールが行われています。

    ジャンル別の歌、アコーデオン、ケルティックハープ、バイオリンなど楽器演奏、語りなどさまざまなカテゴリーです。このコンクールからプロのミュージシャンが多数誕生しています。私の大好きなYann-Fañch KEMENER ヤン・フォンシュ・ケメネールもこのコンクールで70年代に注目をあび、それがきっかけとなってデビューしました。

    下の予定は2月だけですがKan Ar Boblは4月まで続きます。詳しいことはこちらのリンクKan Ar Boblからどうぞ。

    写真は昨年の記者会見の様子です。会見終了後、実際の演奏が1時間くらいありました。アコーデオンが特に素晴らしかったです。

Evenement de Bretagne en février

*Jusqu'au 16 février : quinzaine littéraire conscrée au polar dans les bibliothèques
*8 février : Anne Roumanoff en spectacle, parc de Langolvas, MORLAIX (29)
*9 février - 18 mai : Expo Mystère de la chambre noire au Manoir de Kernault.
*9 février : Mass Hysteria en concert au Manège à LORIENT.
*9 - 19 février : Festival de cinéma Travelling à RENNES (35)
*9 - 10 février : Kan Ar Bobl, rencontres Trégor et Haute-Cornouaille, à GUERLESQUIN (29)
*10 février : Kan Ar Bobl, rencontres du Léon, à LESNEVEN (29)
*16 - 17 février : Kan Ar Bobl, terroir des Monts d'Arrée, à Sizun (29)
*17 février : Kan Ar Bobl, rencontres du Pays de Rennes, à PACE (35)
*17 février : 1ère manche du Championnat de Bretagne des Bagadoù à BREST (29)
*22 et 23 février : Festival de la Route du Rock collection hiver à SAINT-MALO www.laroutedurock.com
*22 - 24 février : Kan Ar Bobl, musiciens du Vannetais, à PLESCOP (56)
*22 février : Hocus Pocus en concert au Manège à LORIENT.
*23 février : Kan Ar Bobl, rencontres du Pays de Vitré, à LANDAVRAN (35)

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2008.02.04

Rennes レンヌ駅 150周年

1857年に線路がRennes レンヌまで伸び、駅が町の南側に建設された。このことが町全体の発展に貢献したことはいうまでもない。それからちょうど150周年を祝い1月にイベントが行われた。Ville de Rennes レンヌのHPにこのイベントの写真のスライドショーがある。

Du mardi 22 au dimanche 27 janvier, la gare de Rennes célèbrait ses 150 ans. L'occasion de revenir sur l'histoire ferroviaire de la ville, indissociable de celle de la SNCF qui, pour sa part fêtait ses 70 printemps.

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2008.01.31

電気自動車 Blue Car ネット販売へ

Bluecar

    この車はもうすぐフランスで登場する電気自動車です。AFPBBnewsをチェックしていて最新の写真を見つけました。第75回ジュネーブ・モーターショー(75th International Motor Show 2005年3月)で注目を集めたBlue Car、12月から発売される予定です。この車の金属リチウムポリマーバッテリーはブルターニュのQuimper カンペールで製造されています。

    Blue Carについては2006年に電気自動車に注目、バッテリー容量が拡充でその計画を紹介しました。ちょっと裏話をさせてもらうと、これを書くのにフランス語の資料を100ページ以上読みました。そして聞いたこともないような専門用語をどう訳したらいいのか苦労しました。でもたくさんの資料を読んだだけに、とても親近感を抱いています。

  丸いドアはほかの車にないデザインなので路上を走っていればすぐにわかります。室内も非常に広く機能的に設計されているので実用的です。ぜひブルターニュで乗ってみたいですね。

  Batscap ブルターニュのバッテリー工場

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2008.01.18

仏石油大手Totalなどに1億9200万ユーロ損害賠償金の支払い命令

    フランスでひとつの裁判に約300億円という巨額の損害賠償命令がくだった。環境汚染により有罪判決が下された初めてのケースだった。ブルターニュの沖合いで起きたタンカーErika エリカの座礁事故の裁判だ。その概要は下記のとおりだ。

1999年12月12日フランスの重油輸送タンカー、エリカ号が、フランスのブルターニュ沖80マイルのところで、イタリアのリボルノに向かう途中座礁した。最終的に流出した油の量は1~2万トンに及ぶと推定されており、沿岸部約400キロが影響を受けたとされている。また多くの鳥も被害を受けており、2000年1月11日当時で3万8千羽に及ぶとされた。エリカ号の船齢は24年に達しており、腐食や維持管理上の問題などに責任があると指摘された。この事故を契機に油濁補償基金の限度額の改定や検査の基準などの改定が行われた。EICネット

  原告は環境保護団体、漁業従事者、地元の組合やホテル経営者など101人。損害賠償金の支払いを命じられたのは、Total トタル、沈没したタンカーの船主および管理責任者、RINA (イタリア船級協会)であった。乗組員26人は全員救助されたものの環境に与えたダメージは大きく、400キロの海岸線が汚染され15万羽をこす海鳥が死んだ。


     参考資料

  Total Erika フランスのHP内にその経過がまとめられている。
    400 km de littoral sous le mazout de l'Erilka plusnews.fr
  野生動物救護獣医師協会から日本人獣医が現地に派遣された。
  環境汚染により有罪判決 Les Cahiers Blancsより
  ラッコたちを死においやったタンカー座礁 Exxon Valdezエクソン・バルディス号座礁とその後について。

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2008.01.04

レンヌのカウントダウン スライドショー

  毎年恒例のRennes レンヌ大晦日のイベント。今年はいったいどのようなものだったのでしょうか。そう思って探したらスライドショーがありました。

Dans une ambiance conviviale, le public était convié lundi 31 décembre Place de la Mairie pour découvrir un Hôtel de Ville illuminé de toutes les couleurs. Rennes fêtait l'arrivée de la nouvelle année.

  Ville de Rennesの中にリンクがあります。Festvivités du 31 décembreをクリックしてください。

  それから2006年からはじまったHôtel de Ville 市役所の光のショーですが、こちらのイメージビデオを見つけました。Extrait de la scénographie d'images de l'Hôtel de Ville par la société Spectaculaires pour les fêtes de fin d'année.短いものですが音楽もはいっていて雰囲気がわかります。

La place de la Mairie a pris des couleurs et des accents d'Italie : d'Odorico, auquel le spectacle rend hommage, aux airs d'opéras italiens, qui complètent l'animation, on pourrait se croire de l'autre côté des Alpes ... à quelques degrés centigrades près. Les passants s'arrêtent, essuient une furtiva lacrimosa. C'est beau, et ça finit le 31 décembre : dépêchez-vous d'y aller !

  2007年のテーマはイタリアだったそうです。こちらもスライドショーがありました。Petit air d'italie place de la Mairieをクリックしてください。

  それではゆっくりお楽しみください。

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2007.12.10

Penn Ar Bed イメージビデオ

  とっても素敵なブルターニュのビデオ映像を見つけました。題名のPenn Ar Bedとはブレイス語ですが、フランス語でbout du monde 世界の果てというような意味です。白黒の写真にうつっているおじいちゃんたちの表情が最高です。女性たちの頭をかざっているのはコワフです。色鮮やかな刺繍の街、Pont l'Abbéポン・ラベブルターニュのポストカードを参照してください。

    使われている音楽はLes Frères Morvan モルヴァン兄弟の歌声です。この有名な兄弟に会った日のことはこちらに書いています。

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ブレイス語の発音について

  ブルターニュに残るケルト系の言語についてはこれまで何度か書いてきました。ブレイス語のラジオ放送を聞くにはではレンヌ第二大学や私立のブレイス語講座で教科書として用いられているCD付きテキストの紹介もしました。

  もっと手軽にインターネットで発音を学ぶことはできないのでしょうか。Prononciation du bretonではPierre Quentel ピエール・カンテルさんがフランス語でブレイス語の発音を説明してくれます。単語数は多くありませんが、わかりやすい解説です。

  ブレイス語の方言は大きく分類すると4種類。話されている地域によって異なります。Leon レオン、Tregor トレゴール、Cornouaille コルヌワイユの発音はよく似ていますが、Vannetais ヴァンテの発音は独特です。

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2007.12.06

ブルターニュ特産 シードル その3

Coatarbret
  フランスの飲み物といえばワインが定番だが毎日となると家計にひびく。その点、Cidre シードル(リンゴの発泡酒)はお手軽な価格で安心だ。このCidre シードルCoat AlbretはRennes レンヌで土曜日恒例の朝市で買っていた。どの生産者がおいしいのかを人に訪ねて勧められたのがきっかけだった。

  ブルターニュのシ-ドルコンクールでは常に賞をとっているシードルの定番だ。私はいつもBRUTというすっきり辛口を買っていた。アルコールは5%だ。空き瓶を持ってゆくとその分、値段を割り引いてくれるのもうれしい。普通のスーパーでは販売していないので、確実に手に入れようとすると朝市で買うのがいい。クレープリーLe Kerlouanで飲んでいたのもCoat Albretだ。

  ここではこのような製品をつくっている。じつは以前、ブルターニュのビールで紹介したものもはいっている。どこで、どの銘柄のシードルが飲めるか知っていればあなたもブルターニュ通といえる。

 *Coat-Albret
 Loïc BERTHELOT Artisan-Cidrier
 Cidrerie du Bois d'Albret
 35137 BEDEE

 Tel: 02 99 09 05 78
 Fax: 02 99 09 30 95
 
  

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2007.11.24

深まりゆく秋

B_automne_1

  ドライブの途中で小さな教会を見つけた。畑の真ん中にポツンと建っている。ただ石を積み上げただけのシンプルな外観。扉は閉じられたままだが、ちゃんと鐘がありその上には風見鶏も回っていた。
(フランスの秋 ブルターニュ)

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2007.11.22

レンヌのクレープリー Le Kerlouan

Kerlouanex

    Crêpe クレープやGalette ガレット(そば粉をクレープ状に焼いたもの)。フランスではどこでも気軽に食べられるのだが、きわめようとすれば奥が深い。作り方はシンプルなのだが、味や焼き具合は店によってそれぞれ個性がある。特にブルターニュでは数百メートルごとにCrêperie クレープリーがあるので、すべてを知っているわけではない。

  この店はある日本人女性におしえてもらった。その人はクレープが大好きで、「クレープを食べたい」という理由だけでブルターニュ旅行にやってきたのだ。そのクレープへの愛情を聞いて、Rennes レンヌのCrêperie クレープリーを一緒にまわることにした。彼女は年末年始の休みを利用して一目散にブルターニュにやって来た。フランスはクリスマスに大型休暇があるので1月2日からほとんどの会社は営業している。とはいっても私が食べさせてあげたかったクレープリーはどこも閉まっていた。昼も夜もクレープを食べ続けた彼女がその勘で飛び込んで、「とてもおいしかった」と褒めたのがLe Kerlouanだった。
Kerlouang

  Rue Saint Georges サン・ジョルジュ通りには何軒ものクレープリーがあるが、それらと比較しても確かにここのガレットはおいしい。平日の昼間なら、ガレット、クレープ各1枚、それにシードル(リンゴ酒)と食後のコーヒー付きで9.5ユーロというセットがある。

  それに船のキャビンにいるようなインテリアや赤々と燃える暖炉も心地よい。それから友人たちと何度か足を運び、ケルトモチーフの説明が書かれた紙のテーブルマット(お皿の横にブルターニュの象徴hermine エルミンが・・・)をもらった。今でも引き出しの中に大切に保管してあり、時々取り出してながめている。次に行った時にオーナーにこの話をしたら「あれはもう使ってないんだよ。シーズンごとに変えているから」と言っていた。もらっておいてよかった!


*Le Kerlouan*
17, Rue Saint Georges
35000 Rennes
Tél : 02 99 36 83 02

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2007.11.12

石油高騰で抗議する漁師たち

  フランスでも石油製品の価格が高騰。11月2日の時点で、軽油は1リットル当り1.14ユーロ、ガソリン(無鉛ハイオク)は同1.30ユーロに上昇。ラガルド財政相は自家用車の利用を控えるなど省エネ対策をうながしている。

  この石油の値上がりで立ち上がったのはブルターニュの漁師たち。昨年、燃料に関する政府援助が欧州連合規則に抵触するとの理由で消滅。それに代わる支援を求めているのだ。Brest ブレストLorientロリアンといった港ではタイヤや木などを燃やしてアピールしている。ノルマンディやロワール地方などでも抗議行動が飛び火しているので、今後のゆくえが注目される。

    追加情報

  この抗議行動は11月7日に終了した。組合側は軽油高騰を補償するための特別付加価値税の設置を要求していたが、7日にバルニエ農漁業相が協議。漁師が負担する軽油料金が従来の1リットル当たり30セントになるような支援策を政府が年末までに策定すること、また社会保障費免除などで合意に達した。

Sarkozy ne "laissera pas mourir la pêche" TF1
Prix du gazole - Marins pêcheurs et consommateurs dans le même bateau Lutte-ouvriere
Prix du gazole: "démonstration de force" des pêcheurs, Sarkozy mardi en Bretagne AFP 以下に内容を添付

続きを読む "石油高騰で抗議する漁師たち"

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2007.11.05

ブルターニュ特産 塩バターキャラメル Le Roux ルルー

Le_roux_1

   ブルターニュの名産、塩バターがたっぷりはいったキャラメルが東京で売れている。伊勢丹新宿店で5月1日にオープンしたHENRI LE ROUX アンリ・ルルーだ。巨石が並ぶCarnac カルナックから南に下ったQuiberon キブロンという港町にその本店はある。これまでフランス国内にも支店はなかったので、出店する予定と耳にしたときは少々驚いた。

  上の写真は本店にあるキャラメルのショーケースである。ここから好みのキャラメルを選び購入する。一番売れているのは「C.B.S.(セー・ベー・エス)」という種類。彼が考案したCaramels au beurre salé 塩バターキャラメルの頭文字を取ったものだ。ブルターニュの大自然が生み出したゲランドの塩、そしておいしい草を食んで育った牛のバター、そしてキャラメル。あまりに身近にありすぎてこれらを組み合わせようと誰も思いつかなかっただけだ。
Le_roux
  Salon international de la confiserie à Paris パリ国際砂糖菓子展で「フランス最優秀ボンボン賞」を受賞し、1981年に特許を取得したこのキャラメル。ほどよい甘さで、口の中にくっ付いたりしない。そしてアンリ・ルルー氏は世界でただひとりCaramélier キャラメリエ(キャラメル職人)と名乗ることを許される。

  伊勢丹新宿店では特別に用意したキャラメルセラーを完備。ブルターニュで作ったキャラメルを直輸入している。またChocolatier ショコラティエ(チョコレート職人)としても著名なアンリ・ルルー氏。ボンボン・ショコラ(フルーツ、スパイス、日本茶、野菜などのバリエーション)やタブレット(カカオたっぷりの板状チョコレート)も定番だ。その他日本限定のケーキやマカロンも店頭に並んでいる。

  アンリ・ルルー氏はNHKのプレミアム10 パリ 世界一のチョコレートの祭典でも紹介されていた。この番組では毎年パリで行われている世界最大のチョコレート見本市Salon du Chocolat サロン・ド・ショコラに出品する過程をドキュメンタリーとして追いかけたものだ。素材を組み合わせて新製品を生み出してゆくその現場を見せているのだからおそれいる。これからもブルターニュの味を世界に広めてほしい。


  ★ブルターニュの本店
  CHOCOLAT - CARAMEL LE ROUX
  18, rue de Port-Maria - F-56170 Quiberon
  Tél. +33 (0)2 97 50 06 83
  Fax. +33 (0)2 97 30 57 94

  ★HENRI LE ROUX アンリ・ルルー 伊勢丹新宿店
  東京都新宿区新宿3-14-1
  伊勢丹新宿店 本館地下1階 03-3352-1111(代)


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2007.10.24

フランスの異境をゆく 週刊新潮

Shincho

  週刊新潮8月30日、巻頭のカラーグラビア6ページは「さいはての祭典」だった。Bretagne ブルターニュの西部にあるQuimperカンペールで行われたコルヌアイユ祭りのレポートだった。後ろのほうには「フランスの異境をゆく」というグラビアが3ページあった。
Shincho_b

  上部右側の写真で女性の被っている白いレースをla coiffe コワフと呼ぶ。村ごとに形がちがうので、地元の人は見ただけでもどの村か判別できるのだ。右の華やかなオレンジ色の刺繍と高いコワフはPont l'Abbé ポン・ラベのもの。淡いブルーの衣装をつけた女性は今年のコルヌアイユの女王である。

  「フランスの異境をゆく」にはCarnac カルナック等の巨石や教会にある石の彫刻が紹介されていた。

Fête des Brodeuses 2006 刺繍祭り

  

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2007.10.07

ゴーガンの描いたブルターニュ

  たまたまテレビのチャンネルをかえていると、コワフを身につけたブルターニュの民族衣装が目に飛び込んできた。NHK新日曜美術館「画家たちに誘われて フランス風景画紀行」という番組だった。内容は次のとおりだ。

# 鉄道網が全土に広がった19世紀のフランス。画家たちも旅をするようになり、風景画が確立した。モネ、ゴーガン、セザンヌらの絵画と描かれた土地との関係を紹介する。
# 19世紀フランス。道路や鉄道など交通網が発達して旅が身近になり、携帯可能な画材も誕生した。画家たちはパリのアトリエを離れて旅に出るようになり、今まで知らなかった“風景”との出会いに創作意欲をかきたてられた。そして「風景画」が確立し、その中から印象派やそれに続く20世紀の美術の潮流が生まれていった。モネ、ゴーガン、セザンヌらの絵画と、描かれた土地との関係を紹介する。
  ゴーガンはポン・タヴェンで創作活動を行っていて、ブルターニュの風俗を描いた作品も多い。私がたまたま見たのはパルドン祭の映像だった。これは年に一度、地元の教会で日ごろの行いを振り返り、罪を懺悔するというキリスト教、カトリックの宗教祭だ。ケルトと関係はない。

  ごく一部しか見ていないし、録画もしていないので、正確な表現でないことは先におことわりしておくが、映像の説明だけ聞いていると、「パルドン祭はケルトの祭である」というふうにとれるようなナレーションだった。ブルターニュの出来事が何もかもケルトと結びつくわけではないので、誤解しないでほしい。

    参照

  Saint Yves聖イヴのパルドン祭

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2007.10.05

フランス小さな村の物語、ロクロナン

  NHKでフランス秋色散歩 ブルゴーニュ 小さな村の豊かな実りの第一回放送を見ました。Bretagneブルターニュの「フランスの最も美しい村々」のひとつLocronanロクロナンも登場しましたね。村の全景は最初にでききましたが、家並みはあまり紹介されておらず少し残念でした。

  また放送で用いられていた「ケルト人」という名称も気にかかりました。ブルターニュにはケルトの末裔であるブルトン人が住んでいます。そして以前にも触れたことがありますが、ケルトというのは民族や人種を示すのではなく、インド・ヨーロッパ語族に属するケルトの言葉を話す人々を指します。ですから「ケルト人」という名称は違和感があります。ヨーロッパでケルトを自分たちの祖先の一つに数える国は20カ国以上あるのです。もちろんケルトが栄えたのは紀元前のことであり、まだどんな生活を営んでいたのか、論争が続いています。

  ところで、NHKで今年1~3月に放送された「フランス小さな村の物語」が今再放送されているようです。ちょうど、今日の朝Locronanロクロナンの物語が再放送されたようですが、知らなかったので見逃してしまいました。夜の放送はこの番組を編集したものだと推測しました。

  この「フランス小さな村の物語、ロクロナン」を録画された方はいらっしゃいませんか。ぜひご連絡ください。お待ちしております。

   うちはケーブルテレビにはいっているのですが、さて2日目の放送を見ましょうと準備していたら、ハイビジョン放送がうつりません。近所の友達に電話して聞くと「10月1日から見えなくなったんじゃないの」というのです。結局1日だけだったのね。悲しいです。こちらも録画されたらどなたか見せてくださいませんか。

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2007.10.04

ガラスの器で魚のスープ 

Soupe

  気候がめまぐるしく変化する秋。9月17日の夜、St-Malo サン・マロで友人と待ち合わせをして午後9時ごろ外に出ると、嵐のような強風にふきとばされそうになった。体感気温は5度くらいだっただろう。薄着をしていたので寒かった。

  こんな時にたのんだのはSoupe de poisson 魚のスープである。伝統的な魚スープは以前こちらで紹介したことがある。この夜の器は透明のガラスだった。最近のレストランはこういった高さのある盛り付けをよく見かける。

  味は少々スパイシーだったと思うのだが、おしゃべりに夢中でメニュー名もメモしていなかったのではっきりとした味覚を覚えていない。Cafe_de_louest_1メインの皿はほたて貝のバルサミコ風味だったと思う。皿にもソースで模様を書いてある。

  場所はお城の入り口の向かい側。いつも賑わっているのだが、大風と夕方から急に気温が下がったためかすいていた。考えてみれば、St-Malo サン・マロの城壁の中で夕食を食べたのははじめてだ。ここは夜の雰囲気がよかったのでよかったらどうぞ。

Café de l'Ouest
4 Place Chateaubriand - Intra Muros -
35400 Saint-Malo
Tél. : 02 99 56 63 49
  

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2007.09.30

Breizh Touch TF1ライブビデオ

"Breizh Parade" - la grande parade des Celtes 1
"Breizh Parade" - la grande parade des Celtes 2

  9月23日、シャンゼリゼでのパレードの様子が生中継された。TF1でまだ見ることができた。1と2、両方で1時間の番組だ。うれしくて繰り返し見ていた。

  すると知っている人が次々登場してきて、あまりの懐かしさに泣きそうになってしまった。私もこの場にいたかった・・・

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Breizh Touchを写真で見る

Breize

   Breizh Touch開催初日の9月20日、パリを通過したので一目だけでも見ようとセーヌ川沿いのイベント会場に向かった。メトロを乗り継いでやっと川の対岸についた。だが乗り換えに思わぬ時間がかかりここでタイムオーバー。TGVの時間がせまっていて引き返さざるをえなかった。

  結局写真を3枚撮っただけで、何をしているのかも見ることができなかったのだ。そのあと走りつづけて駅まで戻ったが、あと30分時間があればとうらめしかった。それが上の写真。メインのシャンゼリゼ・パレードが行われた23日はブルゴーニュだったので、どうしようもなかった。ほかの人が撮った写真で、せめて雰囲気だけでも味わおう。

   Breizh sur Seine セーヌ川ぞいのイベント会場の写真

   知人からのメールによると、ここには素朴なゲームもあったらしい。たとえば金属製の物を投げて、金属の筒の中に入れたり、木の板の上に乗るようにしたり、糸で下げてある木靴の中に入るようにするゲーム。それから、糸の中間に小さい鈴がついていてそれを上手く体をねじって通っていく遊び。その糸と言うのがいろいろな方向についていて、跨いだり、潜って行って、鳴らさずに進んでいくゲームなど。

   シャンゼリゼのパレードの様子を撮影した写真
   Breizh Parade  Breizh Touchより
  Breizh Touch 新聞社Ouest Franceより  83枚の写真あり

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2007.09.29

Breizh Touchを映像で見る

   パリの真ん中でブルターニュの音楽が響き渡り、民族衣装を着た人たちが闊歩する、そんな催しが9月20日から23日まで行われた。Le Telegrammeのニュース映像を2本どうぞ。

  投稿ビデオが見られるDailimotionには多くの映像があるので、クリックしてみよう。

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2007.09.28

Rennesレンヌ中心部での放火事故

Rennes_incendie

  9月21日の朝、住み慣れたrennes レンヌを歩いていると、何台もの消防車が道をふさぎバス道路が閉鎖されていました。しかも目抜き通り、中央郵便局の前です。一瞬ストライキか訓練かと考えたのですが、道路の反対側の建物から煙が上がっているのが見えました。すでに屋根が燃えてしまってありません。

  約束があったので写真だけ撮って立ち去りましたが、その日の夜、日帰りでNantes ナントから帰ってきたときも、まだ放水が続いていました。この事件についてrennes レンヌ在住のOdamaさんが今日書かれていたので以下に転載させてもらうことにします。写真は私が撮ったものです。

もう一週間前のことなのですが、先週木曜の晩から金曜の未明にかけてレンヌの中心も中心で火事が起こりました。建物がおそらく石造りのため外から見るとたいした被害ではなさそうなのですが、3人の若者が死亡し多数の負傷者が出たそうです。

酔っ払った若者×3が放火の容疑でパクられており、リーダー格は既にその道で経歴があるそうです。スクーターに火をつけようとしているところを警察に押さえられたとか。

金曜以降現場付近では毎日多くの人が立ち止まって様子を眺めており、市民が受けたショックは大分大きいようです(正直ちょっと不思議)。昨日は花を持った数百人の人々が行列をなしていました。私はさらにそれを眺める人ごみの中に混じっていました。

保守系のル・フィガロ紙のサイトではレンヌにおける若者の飲酒慣行およびインチキ学生どもに対するなかなか批判的な記事を見ることができます。こんな風に書かれるとレンヌってかなりアル中だらけで危険な街である、という印象を与えそうな気がします。

いや実際に犬を連れて酒かっくらってブラブラしている若者は目に付くし(最初怖かった)、歴史的にもブルターニュはアル中の国だし、「渇きの通り」って呼ばれている場所もあるし時間帯によっては十分いかがわしいのですが、そういう世界と上品でブルジョワな世界が全く同じ地理的空間に存在していて、それらが普段は直接衝突せずにいるのが実態なのです。

市長(社会党)によると「学生が通りで集まっているのは貧困化(レンヌではなかなかホットなテーマ)が原因で、バーに通うお金がないからなんだ」そうで学生を弁護しています。なんか違う気もしますけど。

ここでなんというか釈然としないのは「市の中心部で木曜の晩火災が起きて死者が出た」「木曜の晩は学生達は酒盛りをしている」「死んだ若者達も酒盛りの最中だった」「放火犯も酔っ払っていた」といった一連の事実から、問題が「レンヌにおける飲酒とアル中」といった風に道徳問題として定式化されること。火災一つでなんだか随分多方面に影響を与えているなと妙に感心しています。

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  新聞記事には早朝4時15分くらいに炎があがり、部屋で騒いでいた3人の若者(2人の女性と1人の男性)が行方不明とあります。ここは市役所からわずか数十メートルの位置です。27人が緊急病院に運ばれましたがその中には3~4歳の子供が3人混じっていました。

  放火犯は3人。いずれも19~21歳でした。Odamaさんは記事が誇張しすぎだと感じているようですが、毎晩のように騒ぐ若者たち(午前2~5時)のどなり声に耳栓が手放せなかった私としては、「大げさすぎる」と一言で片付けてしまえないわだかまりがあります。

  じっさい、すぐそばで回転木馬が放火されたこともありました。被害にあわれた方々の回復を祈るばかりです。続きにはFigaroの記事を貼り付けておきます。

続きを読む "Rennesレンヌ中心部での放火事故"

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2007.09.10

シャンゼリゼ通りがブルターニュになる日

  ブルターニュからニュースが届いた。

Breizh Touch : quand la galette prend d’assaut la capitale ...
On y est presque ! La Breizh Touch sera à Paris du 20 au 23 septembre prochains. 4 jours de fête et de découverte à Paris, pour présenter au public une Bretagne étonnante et détonante.

Breizhtouch

  Parisパリをブルターニュ色にそめてしまおうという4日間の催しが9月20日から23日まで開催される。コンサートやダンスパーティー、セーヌ川のほとりでのヨットのイベントなど盛りだくさんのプログラムだ。

  そしてシャンゼリゼ通りを3000人のミュージシャンたちが行進するというのだからスケールが大きい。23日正午にテレビTF1で生中継されるという。スコットランド、アイルランド、ガリシアなどのケルト文化圏からもミュージシャンが大集合する。ダンス、バガドゥの演奏もあるというのだから、これは見逃せない。

3000 musiciens et danseurs traditionnels vous convient, le 23 septembre 2007, à 12 h 00, à la plus belle des parades bretonnes… sur les Champs Elysées. Sur place ou en direct sur TF1, que le spectacle commence !

Au milieu des «Gwenn ha du» - drapeaux bretons - le Bagad de la Marine Nationale (Lann Bihoué) ouvre la parade. Suivent les meilleurs bagadoù de Bretagne regroupés en pôles de 200 à 300 musiciens. Des groupes de 160 danseurs bretons – tous classés en 1ère catégorie à l'issue des concours annuels -, accompagnés de leurs cousins celtes venus d'Ecosse, d'Irlande, de Galice et des Asturies ponctuent cette parade. Long de 1,3 kilomètre, du Rond Point des Champs Elysées à la place de la Concorde, ce défilé aux couleurs celtiques redessine la plus belle avenue du monde. Le final ? Un concert unique réunissant 7 bagad, des pipes bands et des chœurs gallois !

  詳しい情報はBreizh Touchからどうぞ。せめて1カ月くらい前に知らせてくれたら予定に入れることができたのに残念。フランスはやっと夏休みが終わったところ。記者会見も今日行われるそうですから仕方がないのですが、身体が2つほしいです。誰か、私の代わりにレポートしてください。ビデオ、写真もお待ちしています。

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2007.09.06

建築と歴史

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  海外を旅した時、自然の景観と溶け合ったその国独特の建物を見ると「遠いところに来た」ことを実感する。この図説 西洋建築史はメソポタミア文明から19世紀までの西洋建築をまとめたもの。7人が分担して書いている。写真だけでなく図面が載っているので、外から見ただけではわからない建物の構造が把握できる。

  2ページの見開きがそれぞれ独立した項目になっているので、興味のある部分だけ読んでもいい。「美しき田園のヴィラ」、「ドームの幾何学」、「百花繚乱のロココ」といったタイトルを見ただけでもわくわくするではないか。フランスでは革命後、王家や特権階級の屋敷や教会など、主だった建物が甚大な被害を受けた。「建築の蘇生術」では朽ちてゆくものを「どこかで人間が蘇生させてやる必要がある」と説明している。

  一度被害にあったものを蘇らせるのは、大変な困難がともなう。その過程をも含めて、建築を考えるのは意義深いものだ。ブルターニュの宝、旧高等法院Parlementの修復を毎日見ていてそう思った。炎につつまれ形を変えていく建物を、我が子のように見つめる人々。この時、私はブルターニュにはいなかった。「このままでは終わらせないというゆるぎない愛情を再確認したのは、大屋根が落ちた時だ」と後から聞いた。

  Nantesナントにあるブルターニュ公たちの城も15年間の修復工事(3年間の完全閉鎖)をへてこの春から公開された。9月末まで"Anne de Bretagne, une histoire, un mythe"という展示会が開催中なので、再び訪ねる予定にしている。城は私に中世の幻を見せてくれるだろうか。

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2007.08.27

ブルターニュのビールいろいろ

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  まだまだ暑い日本の夏。室内35度でした。先週まで日本のビールを飲んでいましたが、今週は買わずに我慢。夕方ジョギングをして今日は自家製の梅酒のソーダ割りで喉をうるおしました。フランスは冷夏だったようです。最高気温も20度ほどしかなくブルターニュの友人は洋服を重ね着しているとか。

  フランスでも近年ワインの消費が減少。ビールを飲んでいる人が増えています。ブルターニュにはオリジナルビールが数え切れないほどたくさんあります。これはごく一部。一番左がBrasserie LancelotのPays de Cocagne。次の2本はBrasserie SAINTE-COLOMBEの商品。3種類あって、賞もとっています。

    Brasserie CeltikのCeltikaはラベルがきれいなので購入。右端の3本は左端と同じBrasserie Lancelotのビール。いかにもブルターニュという絵柄です。この半分くらいがBlanche、白ビールなんですよ。フランスに行くまで飲んだことがありませんでした。それぞれアルコール度数も味も違いますので飲み比べてくださいね。

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2007.08.26

エルミンを抱いた貴婦人

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LEONARD DE VINCI
La dama con l'ermellino (1488-90).

  この作品はレオナルド・ダ・ヴィンチが描いたCecilia Galleraniチェチーリア・ガッレラーニの肖像画だ。15から17才くらいであったと考えられている。日本語では「白貂を抱いた貴婦人」と訳されることが多いがこれはフランス語ではLa Dame à l'Hermine、まさしくエルミン(オコジョ)なのである。

  チェチーリアが10才になったころイタリアのミラノ公、Ludovic Sforza ロドヴィーコ・スフォルツァ(通称 il Moroイル・モーロ)と婚約が整う。だが、ミラノ公はフェラーラ公エルコレ1世の次女ベアトリーチェと結婚。その後もチェチーリアは愛妾として同じ宮殿内に暮らしていた。一方レオナルド・ダ・ヴィンチは84年からロドヴィーコの元で働いていた。有名な「最後の晩餐」はミラノのサンタマリア・デレ・グラツィエ教会に描かれたものだ。

  ではいったいなぜ、エルミン(オコジョ)を抱いているのだろう。エルミンは純潔の象徴だったこと、そしてロドヴィーコの紋章だったというのが理由だ。加えて彼女の姓Galleraniに関する語呂合わせだったのではと推測されている。エルミンはギリシャ語でgalayだからだ。ただし評論家のなかには「オコジョじゃなくてフェレットだよ」という人もいるそうだが・・・

  さて「ミラノとブルターニュ、関係ないのに」という声が聞こえそうだが話はこれからだ。ロドヴィーコは2度にわたりフランス王と戦い没落してしまう。その王とはLe roi de France Charles VIII シャルル8世と Louis XIIルイ12世だ。ブルターニュ公妃でありフランス王妃となったAnne de Bretagne アンヌ・ド・ブルターニュのふたりの夫だ。

  ルイ12世はレオナルド・ダ・ヴィンチの評判を聞き、仕事を依頼したこともある。アンヌも夫から話を聞いていたはずだ。やがて運命に導かれるようにレオナルド・ダ・ヴィンチはフランスで人生最後の日々を送る。住まいとなったLe Clos LucéにはOratoire d’Anne de Bretagne アンヌ・ド・ブルターニュの礼拝堂があった。アンヌはアンボワーズ城の喧噪から逃れるようにこの礼拝堂で過ごすことが多かったのだ。

  ダ・ヴィンチがやって来たとき、アンヌはもう亡くなっていたが、礼拝堂に刻まれたエルミンのモチーフは今でも残っている。

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2007.08.23

Hermine エルミンをスクールシンボルとする学校

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  これはおなじみのHermine エルミン、オコジョのしっぽですね。ブルターニュでは中世のころから使用されています。la Pureté 穢れのない様を示すものです。

  でもこのマークはブルターニュとは直接の関係はないようです。驚いたことに日本の京都市伏見区にある学校のスクールシンボルなのです。

エルミンという動物を中心に「OBEISSANCE ET PURETE」という,フランス語で従順と純潔を意味する文字がそれを囲んでいます。エルミンはフランスの動物で,真白い毛皮に包まれた体が少しでも汚れると死んでしまうという言い伝えから,聖母女学院創立当初に純潔の象徴とされ校章となりました。

  学校法人 聖母女学院 聖母学院中学高等学校はフランスのヌヴェール愛徳修道会から派遣された創立者メール・マリー・クロチルド・リュチニエおよび6名の宣教女が大阪玉 造カトリック教会内にて語学などの個人教授を開始したのがはじまりで、それは1921年だそうです。

  このところ聖母の物語を書いてきましたので、なんだか不思議です。ヌヴェール愛徳修道会とはルルドで聖母の姿を見た聖ベルナデッタが眠る場所なのですから。

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2007.07.31

サラ・ベルナールの愛したBelle-Ileベル・イル

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  フランス19世紀の著名な女優Sarah Bernhardtサラ・ベルナール(1844年10月22日 – 1923年3月26日)。1862年に女優デビュー。おもに舞台で活躍する。ヨーロッパのみならずアメリカでの評価も高い。晩年レジオンドヌール勲章を授与され、亡くなった時には国葬がおこなわれた。
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  1894年の年末, 彼女はまだ無名だったAlfons Mucha アルフォンス・ミュシャにポスターを依頼(クリックすると大きくなる)。これがミュシャを一躍有名にした。そしてその後も多くのポスターを制作する。ちょうどこの年、彼女ははじめてBelle-Ile ベル・イル島を訪れた。ちょうど50歳だった。上の写真が彼女が毎日眺めたであろうla pointe des Poulains プーレン岬の様子だ。このようなBelle-Ile ベル・イルの風景にすっかり魅了された彼女はそれから毎年必ず足を運んだ。

  当時は交通事情が悪かったので島まで来るのは大変だった。パリから12時間列車にゆられ、それから馬車と船に乗り換えてまだ数時間かかったのだ。それでも彼女は数多くの画家、作家など著名人を島に招待した。たとえばle Roi Edouard VII d’Angleterre英国王、エドワード7世がそうである。

  下の写真が彼女の家だ。彼女は心からBelle-Ile ベル・イル島を愛していたのでこの島で永遠の眠りにつきたいと望んでいた。だがその望みはかなわず、パリのペール・ラシェーズ墓地に葬られた。その写真はここ

  サラ・ベルナール(Wikipedia)
  L'âme de Sarah Bernhardt flotte sur Belle-Ile-en-Mer(Ouest France lundi 23 juillet 2007)

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2007.07.29

ガロ語のコメディアン Roger&Fred ロジャー&フレッド

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   ガロ語のお笑いコントを披露しているのはRoger&Fred ロジャー&フレッド。観客はおなかをかかえて大爆笑だ。家庭内の日常生活がテーマなのでガロ語がわからなくても動作を見ているだけでも笑える。二人はガロ語がわからない観客のためにフランス語も取り混ぜながら演技する。以前ここに書いたことがある。

  その後も何度か会う機会があったので即興なのかとたずねると「地元で語り継がれてきた話をもとにしてちゃんと台本をつくっているよ」と答えてくれた。驚いたことにずっとコメディアンだったわけではなく学校の先生だったとか。私の持っているCDはこれ。ホームページRoger&Fredを開くとさっそくガロ語の音声がお出迎えしてくれる。

   ブルターニュではフランス語以外に2つの異なる言語が存在する。Bretonブレイス語(ケルト語族。世界言語博物館にわかりやすい説明がある)とGalloガロ語(ガロ語はラテン語のくずれたもの。ケルト系ではない)である。Bretonブレイス語のことはこのブログでも何回か書いているがGalloガロ語についてはあまり書いてこなかった。Galloガロ語なんて言葉があること自体、私も現地に行くまで知らなかったからだ。

   話されていた地域はブルターニュの西部、Basse BretagneはBretonブレイス語、東部Haute BretagneはGalloガロ語に大きく分かれている。分布地図はこちら。歴史的な流れについてはブレイス語の未来をつくる(レナ・ルアルンさんの講演要旨)を参照。Gallo(Wikipedia Fr)の説明によるとオキシタン語(南仏)とにているそうだ。また中世、第一次十字軍のころに使われていたとある。

  でも今ではほとんど用いられていないので、このままでは近い将来消滅する可能性がある。堅苦しい勉強はきらいでもRoger&Fred ロジャー&フレッドのコントなら大丈夫。生で見ると楽しいのだ。二人のスケジュールをチェックして会いにいこう。
  

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2007.07.23

ほほ笑む少女

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  手刺繍のはいった衣装を身に着け白いレースのコワフをかぶった少女。家族とパルドン祭に参加していた。Ste-Anne-la-Paludにて


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2007.07.19

ビデオで見るブルターニュ その1 Decouvrez la bretagne


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Decouvrez la bretagne,brittanycrt-bretagne

    ブルターニュ観光局制作のイメージビデオです。時間は7分間。音楽が聞こえてから映像がはじまるまで数秒かかりますのでお待ちください。ブルターニュでどのような日々のいとなみが行われているのかがよくわかります。

  Bretagne Nouvelle Vague 最新の観光情報がチェックできます。日本語のページもありますが、内容は一般的なものです。

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2007.07.13

カルナックの列石

Carnac

  Carnac カルナック(ブレイス語ではKarnag)には人工的に並べられたとしか考えられない列石群がある。紀元前4500~2000年前に存在したと思われる石が並んでいる姿は壮観。 Le Menec ル・メネック、Kermario ケルマリオ 、Kerlescan ケルレスカンの三ヶ所をあわせると3000個もの大小の石がそこにある。Menhir メンヒルというのは直立した石。写真がそうである。単独で立つものはたとえばこれこれだ。
Carnac2

  またDolmen ドルメンと呼ばれるテーブル状になった石もあちこちにある。なかでもLa Roche-aux-Fées 妖精の岩と呼ばれる有名なドルメン(ブルターニュ南東部)は大型のものだ。

    誰が何の目的でカルナックに数千の石を並べたのかはわからない。神殿がかつてあったという説が有力ではあるが、あまりに多くの石が規則的にあることから、宇宙人のしわざであると信じているひとたちもいる。いずれにしてもこの気の遠くなるような作業を行った者がいることだけは確かだ。本当のことは石にたずねるしかないが。

  Carnac (Wikipedia)

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2007.07.11

フランス 2007年夏のフェスティバル情報

  学校が休みにはいっているフランスはバカンスシーズンまっただなか。すでに観光客でにぎわっています。毎日お祭り状態なのですが、何があるのか知りたいですよね。

  Le Guide des Festivals Tous les festivals de l'été 2007 音楽、映画、演劇、ダンス、スペクタクル、芸術、文化、グルメなどの総合検索ができます。ただしフランス語のみです。こちらが現在行われているリストです。それぞれの地域、町、日付などで検索できます。

  Bretagne Le Guide des Festivals 2007 ブルターニュの情報 こちらもフランス語のみ。月別の情報はこちら。(表示は7月分のフェスティバル情報にしてあります。カレンダーをクリックすれば、月別に表示できます)。

  とりあえずクリック。これをフランス語から日本語にネットで翻訳するには、Infoseek マルチ翻訳が便利。関西弁にすることもできますよ。

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2007.07.04

コンペル城で円卓の騎士たちの展示会

 Chateau_de_comper
  ブルターニュには魔力を秘めた森が数多くある。そのひとつがLa forêt de Brocéliandeブロセリアンドの森だ。これまでにも何度かふれたことがあるが、ブルターニュに残るアーサー王伝説の重要な舞台となった森である。伝説の中でアーサー王と並び称される騎士の中の騎士、Lancelot du lac 湖の騎士、ランスロ(ランスロット)は、上の写真のChâteau de Comperコンペル城前の湖で妖精ヴィヴィアーヌに育てられた。

  戦いに巻き込まれ王であった父親が戦死。母親はまだ幼いランスロを連れ、追手から必死で逃げていた。疲れがでてふと目をはなしたすきに、湖の妖精がランスロをさらい湖の底に潜んでしまう。そこには七色に輝く水晶の城があった。ランスロはそこで成長し、やがてアーサー王の宮廷におもむき円卓の騎士に列せられたのである。

  アーサー王と甲乙つけがたいほどの剣の腕と王に対する忠誠心の深さから「最高の円卓の騎士」となったランスロ。しかし運命は2人の英雄を引き裂くことになる。ランスロは主君であり、親友だったアーサー王の后グィネヴィアを恋してしまったからだ。この恋はやがて、アーサー王の宮廷をも二分するいさかいをまきおこしてしまうのである。
Table_ronde
  La forêt de Brocéliandeに関しては田辺保さんが実際に何度も現地に足を運び、素晴らしい解説書ケルトの森・ブロセリアンドを出版されている。またMyrdhinミルディンによるケルティックハープの弾き語りメルランの生涯はいつも聴いているが少しもあきがこない。

  このChâteau de Comperコンペル城にはLe Centre de l'imaginaire arthurien アーサー王物語研究センターが設けられていてアーサー王伝説の常設展示と企画展がいつも見られるのだが、今年のテーマがLes Chevaliers de la Table Ronde 円卓の騎士たちなのである。私は4月にこの展示を見てきたが、ファンにとってはたまらない魅力がある。ケルティックハープの弾き語りや森のガイドツアーなど夏のイベントはこちらからチェック。

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2007.06.19

Nuit Inter Celtique de Rennes ケルトの夜 レンヌで開催

Nuitinterceltique2007

  これまでパリとナントで開催されていた大規模なケルトの祭典がついに今年からレンヌla première Nuit Inter Celtique de Rennesにもやってきた。昨年、パリで行われた記者会見の様子はここで紹介したとおり。

  6月2日にle Stade Rennais F.C.レンヌのサッカーチームのホームスタンドで開催されたこのコンサート。今年のゲストの顔ぶれがすごい。 これは見逃してしまったことが非常にくやしい。これからも毎年開催してほしいものだ。


Dan Ar Braz
Alan Stivell
Dominique Dupuis
Didier Squiban
Le Bagad de Lann-Bihoué
Le Pipe Band de la British Airways
Les Danseurs irlandais de Cork
Les meilleurs Bagadoù et Cercles de Bretagne


    Nuit Inter Celtique de Rennes 公式ホームページ
  Danses Costumes Musique en Bretagne Rennes 2007 ここから写真をみることができる
  Ouest France 新聞社 ウエスト・フランスの写真

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2007.06.17

ブルターニュ幻想館 リニューアルオープン

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  ブルターニュの地図や本を買いたいのだが、どのような本があるのかという問い合わせがよくある。そこでAmazon上の書籍を紹介しているが、これまで使っていたG-Toolはリンクできる数が限られていた。最近Amazonにインスタントストアというサービスができているので、それを利用して上のブルターニュ幻想館、本館を作ってみた。

  写真をクリックすれば、入館できる。ただこのインスタントストアは作るのに手間取った。Amazonのトップページからの検索結果がうまく反映できないのだ。

  Amazonは最近取り扱うジャンルが増加していて、化粧品やアウトドア用品まで購入できる。ためしにブルターニュで検索してみると、バスソルトやGavottesガボットのクッキーまで売っている!うれしくなって特産品に載せておいた。Gavottesガボットの関連エントリーはこちらにあるが、とてもおいしい。

  新製品をチェックするたびに、ブルターニュ幻想館のリンクは増やしていくつもりだ。まだ完成していないので以前のものは別館に置いておくことにする。

  ここでみなさんにお願い。ブルターニュに関する映画をまとめたいのでぜひ情報を。フランスと日本では題名が異なっていて、検索がむずかしいので。

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2007.06.15

オペラ座の怪人とブルターニュ

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    オペラ座の怪人は何度も映画化されているし劇団四季がロングラン公演しているので、原作を読んだことがなくても、題名は聞いたことがあるだろう。そういう私も原作はたぶん子供のころに読んだだけで覚えていなかったし、最近の映画も舞台も残念ながら見ていない。文庫本が家にあったので読んでみて驚いた。

  主人公シャニイ子爵と歌姫クリスチーヌが出会った場所がブルターニュだったのだ。クリスチーヌの一家はPeros-Guirecぺロス・ギレックに別荘を持っていて、シャニイ子爵は伯母と一緒にLannionラニオンに住んでいたという設定なのだ。「二人は毎日のように顔を合わせ、一緒に遊んだ」ことになっている。

    この距離は23キロ、車では30分ほどしかはなれていない。この時代乗り合い馬車でも1時間あれば行けただろう。Peros-Guirecぺロス・ギレックは先日書いたエッフェル氏のお屋敷が建っているあたりである。この静かな海もすぐ近くだ。

  原作は1910年の作品の作品なのでちょうどエッフェル氏と同時代の話だ。ちょうどベル・エポックで華やかな文化が花咲いているころである。Lannionラニオンのことはあまり書いていないのだがEglise de Brélévenez ブレレヴネ教会があるところだ。この教会内部には一部12世紀ロマネスク様式が残っている。

  オペラ座の怪人に描かれているブルターニュの記述は美しいので紹介しておこう。ブルターニュの歴史や昔話が大好きな二人は話を聞くのを楽しみにしていた。「ブルターニュのおばあさんのなかで、これまで少なくとも一度は、月夜のヒースの荒地で、妖精たちが踊るのを見なかった者がいるだろうか?」それから続く墓場や骸骨の記述もいかにもブルターニュらしさがでている。

  パリにある華やかなオペラ座(1875年建築のオペラ・ガルニエ)。シックな色あいの大理石を用いた大階段、シャガールの壁画と豪華なシャンデリア、皇帝の色である赤と金を基調とした観客席はそこに居合わせる人々を夢の世界へといざなう。怪人と妖精たちの住むブルターニュ。見事な対比だ。

  

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2007.06.11

Ouest France グランプリ受賞

  フランスの地方紙として不動の地位にある日刊紙Ouest Franceウエスト・フランス。 昨年度の発行部数は78万部だった。日本の読売新聞1000万部、朝日新聞800万部と比較すると、少ないと感じるだろう。だがフランスで最も古い歴史を持つLe Figaroル・フィガロが32万部、Le Mondeル・モンドは31万部しかないので78万部は大健闘しているといえる。

  そのブルターニュのOuest Franceウエスト・フランス。6月4日にCB Newsが選ぶGrand prix des médias 2007の le prix du meilleur quotidien régional地方新聞のグランプリを獲得した。

Ouest-France, le premier quotidien français, a reçu lundi 4 juin dernier, le prix du meilleur quotidien régional par la revue CB News. Devant des centaines de représentants des métiers de l’information, le palmarès a été rendu public lors d’une soirée organisée à Paris. C’est à Joseph Limagne, directeur des services parisiens de Ouest-France, représentant le PDG, François-Régis Hutin, que Christian Blachas, président et directeur de CB News, a remis le trophée. Club de la presse de Rennes et de Bretagne

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2007.06.07

ブルターニュのオマール・ブルー

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    なにげなく日本テレビを見ていたら、「モクスペ、世界めちゃウマ食遺産 」でブルターニュのオマール海老が登場した。上の写真を見てほしい。特に足。ほんとうに青い色をしている。このオマール、茹でると赤くなる。以前オマール海老というエントリーにも書いたことがあるが、フランスでは大型の海老や蟹、牡蠣などは、生きたまま市場で売られているのだ。

●全てのフランス人の憧れ!幻の最高級ブランドエビ“オマール・ブルー”を探せ!
フランス人のシェフは言う。
・世界最高峰のエビがフランスにある。
・名前は“オマール・ブルー”、キレイな青紫色をした殻が特徴。

そんな“オマール・ブルー”を求め、坂下千里子とボビー・オロゴンが、フランスへ向かう。
そこで2人がやってきたのは、 ブルターニュ地方のカンカールという港町。
エビを扱わせたら世界一!という天才シェフ・ロランジェの下を訪れる。

そのロランジェは、オマール・ブルーに人生を捧げ、 最高のオマール・ブルーが獲れるカンカール以外の厨房では、決して その腕を振るわないという。
そんな世界最高峰の料理人が作る、オマール・ブルーを使った究極の一皿とは、どんな料理なのだろうか!?


  特にブルターニュでとれるle homard bleu de Bretagneオマール・ブルーは絶品。高級食材として引っ張りだこである。番組で紹介していたのは生牡蠣の養殖地としても有名なCancalカンカルだった。干満の差が14メートルあって引き潮の時には広大な砂浜があらわれる。沖合いに籠をしずめて漁を行うのだが、オマール・ブルーを保護する目的で450グラム以下なら海に返す。そんなにたくさん水揚げはないのだ。

  カンカルにはフランス料理の最高峰、三ツ星レストランLa Maison de Bricourt ラ・メゾン・ド・ブリクールがある。だがそう簡単にここで食事はできない。番組取材班はOlivier Roellingerオリビエ・ローランジェさんの料理を取材するため、6ヶ月前に予約を入れていたそうだ。

  「写真だけでは満足できないからすぐにブルターニュのオマールが食べたい!」とおっしゃる方。日本国内でも生で自宅に届けてくれるというありがたいサービスがある。活きたままお届けします! 活オマール フランスブルターニュ産 約650g


  番組にでてきた漁師Philippe Couapel フィリップ・クワペルさんはシェフOlivier Roellingerオリビエ・ローランジェさんの« Un ami d'enfance et un vrai chasseur de homards. » 子供のころからの友人でほんもののオマール漁師なのだそうだ。

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2007.06.06

エッフェル氏のお屋敷

Ploumanach

  「あそこにあるのがエッフェル氏のお屋敷だよ」と散歩している人の会話が耳に飛び込んできました。それを聞いてだまってはいられません。思わず「すみません。エッフェルさんて、あのパリのエッフェル塔を建てた人ですか」と問いかけます。「そう。その通り。ほらあそこだよ」と指差す方角に振り返ると、ありました。

  バラ色の花崗岩で有名なPloumanac'hプルマナック海岸に、一軒だけ建っているのがそうです。「今ではこのような場所に家を建てることはできないのでしょう」と尋ねると「そうだね。保護区になっているから、いくら金持ちでも無理だよ」という答えが返ってきました。散歩していた男性3人は映画関係の仕事をしているそうです。バカンスで数日間、ブルターニュに滞在しているのだとか。
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  L’un des fils de Gustave Eiffel, Albert Eiffel fait bâtir la villa Ker Awel au bord de la plage Saint-Guirec en Perros-Guirec 「ギュスターブ・エッフェル氏の息子のひとり、アルベール・エッフェル氏がぺロス・ギレックのサン・ギレックの浜辺沿いにla villa Ker Awelを建築」という記述を見つけました。1903年だったようですが、詳しいことはわかりません。

  以前紹介した岸恵子さんが案内するとっておきフランス旅とフォト・エッセイ集。ここでもこのエッフェル氏のお屋敷の話が出てきます。とても美しい海岸線ですから、近くに泊まって夕暮れの景色を堪能してほしいです。

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2007.06.03

絵本の中で見た夢の国 大特集 ブルターニュ大紀行

No4

  私が愛してやまないブルターニュ。離れると決めるのに時間がかかった。いざ帰国するとき、大好きなレンヌ市役所や旧高等法院の建物を何度振り返って眺めたことだろう。猛暑の夏、屋根に雪が積もった珍しい冬の夜、目をつぶれば忘れられない四季おりおりの光景がそこにある。この手はそっと触れたグラニット(花崗岩)の凹凸まで記憶している。

  ブルターニュの雄大な原野や海。そして頑固だけれどいったん心を開けば、かぎりない優しさで応対してくれるブルトン人たち。そんな暮らしの一部を日本に伝える本の制作にかかわることができた。「フランスの旅 no.4―小さな美しい村をめぐる。パリから先の、知られざるフランスへ。朝、目覚めるとそこは、絵本の中で見た夢の国」である。

  シリーズ4冊目となるこの本。今回の大特集が「ブルターニュ大紀行」なのだ。私達はノルマンディーとブルターニュをHertzのレンタカーで移動しながら取材した。あたりには広い畑が広がっていて牛や羊たちがのんびりと草を食んでいる。そこを何時間も突っ走るわけだ。一見すると全く変わらないように見える風景。だが集落ごとに、農作物、工芸品、衣装、踊り、言語などが微妙に異なる。そこへ行かないかぎり触れることのできない人々の暮らしがある。
Bretagne_hotel

  紹介したい場所は山ほどある。限られた取材日程でブルターニュを網羅することはできない。またこの本では文章は書いていないので、私の説明がうまく伝わらず記述が誤っている箇所もある。それでも同行したカメラマンの撮った素晴らしい写真をご覧いただければ、ブルターニュのよさをわかっていただけるはずだ。Bretagne_produit

フランスの旅 no.4―小さな美しい村をめぐる。パリから先の、知られざるフランスへ。朝、目覚めるとそこは、絵本の中で見た夢の国

巻頭特集★ 断崖絶壁の村で出会った、中世のフランス
フランス南西のアキテーヌ&ミディ・ピレネーレ地方へ

大特集★ 独特の文化が息づくフランスの西の果て、神秘の楽園。
ブルターニュ地方へようこそ!

ワイン天国を巡った5日間★ ブルゴーニュワインを味わい尽す旅

中綴じ付録★ ハネムーンや結婚記念日におすすめしたいプチシャトーの旅
厳選・フランスのロマンチックホテル

アート特集★ モネ、サビニャック、サティ、ディオールのルーツを巡る旅
ノルマンディーを愛した4人の芸術家の旅路

新連載パリ20区物語★ サン・ジェルマン・デ・プレ

  これまでに出版されたシリーズ

フランスの旅 NO.3 詳しい解説はこちらから。
フランスの旅 NO.2

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2007.05.31

2007 仙台におけるフランス・レンヌ年

Europa2007

  ブルターニュ地方の中心都市Rennesレンヌは仙台市と姉妹都市提携40周年になりました。今年仙台市では記念行事が行われています。

「2007仙台におけるフランス・レンヌ年」はブルターニュ地方、レンヌ市の魅力に焦点を当てながら、併せてフランス全土の魅力にも触れることができるよう、幅広い分野でさまざまな行事を展開していきたいと考えています。 2007仙台におけるフランス・レンヌ年実行委員会事務局

  6月5日には東北大学創立100周年を記念し、在日フランス大使館公使Christophe Penotクリストフ・プノ氏による以下のような無料講演会もありますのでお近くにお住まいの方はご参加ください。ポスターをクリックすると大きくなります。

  東北大学大学院国際文化研究科、公開国際交流プログラム講演会「欧州連合-フランスからの視点」 L'Union Européenne : une perspective française 

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2007.05.28

レンヌのクレープリー AR PILLIG

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  店内に足を踏み入れた瞬間、息をのむ。壁全体に素晴らしい彫刻がほどこされているからだ。おおらかで躍動感あふれる人物像。

    森の木々や植物は圧倒的ボリゥームで見るものに迫ってくる。" AR SEIZ BREUR " (les sept frères7人兄弟)というブルターニュの芸術運動で活躍したJorj Rual, R. Y. Creston,Jean Goronという3人のアーティストの作品。制作は1930年である。貴重なものとして、レンヌの文化遺産に指定されているが、柔らかな飴色の木肌が本当に美しい。
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  彫刻の題材はアーサー王伝説にちなむものもあり、それはメニューにも取り入れられている。例えばガレットLa Lancelot du lac 湖の騎士、ランスロは、白ネギ、スモークしたカモ肉、クリームの組み合わせだ。ランスロはブルターニュにあるコンペル城前の湖で妖精ヴィヴィアーヌに育てられた。湖の底には水晶の城があり、そこで成長したのである。

  隣の部屋は趣向が異なり、職業を示すモチーフが彫られている。右の写真はその一部。4枚とも下部にブルターニュの象徴hermineエルミン(おこじょ)があしらわれている。右上の中央はかなづち、下は絵筆だろうかと、職人たちの働く姿を想像しながら眺めてみる。

Ar_pillig

  このような逸話ぬきでも、この店のガレットはおいしい。レンヌに数多くあるクレープリーの中でもベスト3にはいるだろう。写真のガレットはL'Auvernate オーヴェルニュ(フランス中央部の地域名)という品。暖かいヤギのチーズ、クルミ、中央はリンゴの薄切りだ。小鉢にはいっているハチミツを全体にかけて食べる。ハチミツの甘さとクルミの食感が絶妙。値段はサラダがついて9.2ユーロだ。

*AR PILLIG*
10, rue d’Argentré
35000 RENNES
Tél : 02 99 79 53 89

  LES SEIZ BREUR Art national breton et art totalitaire 第一次大戦と第二次大戦の間におきたブルターニュの芸術運動
  Patrimoine Ar Pilig années 1930


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2007.05.20

ブルターニュの蒼い空

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  「いつも雨が降っているんですか」と聞かれることが多いが、春から夏にかけてあまり雨は降らない。おべんとうを持って海辺を目指す。

  蒼い空が海に溶け込んでいる。雲が流れてゆくのをただ見つめる。鳥になって空を舞いたいと思いながら。

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2007.04.30

ブルターニュの自転車レース

  現在開催中の自転車レース第41回Tour de Bretagne(4月25日~5月1日)に日本チームEquipe Asada(レース結果、写真、音声あり)も参戦している。11カ国、22チームでアジアからは1チームだけだ。ブルターニュ在住の方々、ぜひ応援を!ルートマップはここから。

  このEquipe Asada、ブルターニュでは上記のほかに以下の4レースにも出場している。 
    LA ROUTE ADELIE(4月6日)
  Grand Prix Cycliste de la Ville de Rennes(4月8日)
  TOUR DU FINISTERE (4月21日)
  TRO BRO LEON(4月22日)

  ブルターニュは自転車競技が盛んで、数々の名選手が誕生しているのだ。Equipe Asadaはブルターニュの前はノルマンディーのレースに出ていたらしい。スポーツ選手は体力勝負。移動しながらの参戦は体調を保つのが大変だろうと思う。今後の健闘を祈りたい。

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2007.04.28

Le Château des ducs de Bretagne ブルターニュ公たちの城

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  15年間の修復工事(3年間の完全閉鎖)をへて、ブルターニュ公たちの城がNantesナントで一般公開された。ナントに行く度に堀の外から工事の様子を眺めつつ、公開をずっと待っていたので「やっと中に入れる」という感慨があった。

  Rennesレンヌに住む日本人の友人と共に跳ね橋をわたり、まず城内のレストランで腹ごしらえ。グラスワインで開城を祝って祝杯をあげた。窓から上記のような城が見え、いよいよ城見物に。

  ガロ・ローマ時代の城壁、中世の剣と展示が進むにつれて期待が高まる。「さあ。歴代のブルターニュ公とご対面!」のはずが、中世の展示はごく一部だけ。まさかと思っているうちに奴隷貿易やら、近代の工場やらがあらわれる。広い城内を駆け足で見学しても3時間くらいかかってしまって、最後はぐったり。ここはナントの歴史記念館だった。

  Le Château des ducs de Bretagne ブルターニュ公たちの城という名まえにふさわしい展示にしてほしかった。それに一度でこれだけの展示を見るのは無理がある。料金を半分にして2つ、ないし3つの部分に分けたほうがいい。そんなわけで、私としては展示方法に納得がいかない。しかも城のガイドブックもまともなものがなかった。15年間の修復工事中に、開城に向けてガイドブックも作っていないのかと拍子抜けだった。

  Le Château des ducs de Bretagne ブルターニュ公たちの城
 公式ホームページ

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2007.03.18

オルタナ創刊 無料登録は3月末まで

Cover

  ヒトと社会と地球を大事にするビジネス情報誌「オルタナ」の第1号が手元に届きました。以前無料講読のお誘いをさせていただいたことがあります。

  私はこの情報誌で「フランスシャトーホテル巡り」というページを書かせてもらっています。第1回目はやはりブルターニュのホテルを選びました。タイトルは「ユーゴーを虜にした魅惑の城」です。Château de La Ballueというプライベートシャトー。ここは城・庭共に歴史遺産に登録されています。

  記事を読みながら、取材したときに急に夕立が降ってきたこと、そして庭に霧が立ち込めたことなどを思い起こしていました。しっかりと刈り込まれたフランス式庭園に藤の花が咲き誇っていました。この庭を設計したのはPaul Maymont。彼は日本に住んでいたこともあるので、日本的な遊びが随所に取り入れられているのです。

  オルタナは350円ですが、3月末までにネット上で登録すると自宅に無料で配達してくれます。このチャンスをお見逃しなく。さっそく登録をよろしくお願いいたします。ここからどうぞ。

  

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2007.03.16

ブルターニュのビール Pays de Cocagne

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    ブルターニュの飲み物といえばCidreシードル(リンゴの発泡酒)を思いうかべるだろう。もちろん特産だが、それだけでなくビールもたくさん種類がある。私は大酒のみではないが、珍しいアルコールを見つけたら飲んでみることにしている。

  ずっと探していたビールがこれ。La brasserie Lancelotの製品でPays de Cocagne。fleurs de bruyèreヒースの花がはいっているビールだ。味は「これってビール?」という感じ。”Cocagne”は「享楽」という意味。”Pays de Cocagne”になると「幻想の宝の国」だ。

  ほかにはorge maltée大麦のモルト、sarrazin蕎麦、fleurs de houblonホップの花などが使用されている。本当はヒースだけでつくったビールを探しているのだが、まだ見つけていない。

  「どうしてそんなものを」と思うだろう。実はケルトはヒースのビールを飲んでいたらしいのでいつか飲んでみたいと夢みているわけだ。我ながら変なこだわり。自分で作るしかないのかもしれない。レシピはあるのだが、ヒースが大量に必要なのでさすがにまだ挑戦していない。

  

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2007.03.10

モン・サン・ミッシェルはブルターニュなの?

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  ユネスコの世界遺産にも登録されているMont-Saint-Michelモン・サン・ミッシェルはブルターニュのガイドブックに堂々と載っています。左上のブルターニュの観光案内(日本語版)もそうです。ブレイス語ではMenez-Mikael-ar-Morです。

  でも公的にはノルマンディーに属しています。 なぜならCouesnon川がノルマンディーとブルターニュの境界となっていて、それがMont-Saint-Michelモン・サン・ミッシェルの西を流れているからです。左だったらブルターニュのものだったのに・・・

  新聞Ouest Franceウエスト・フランスのブログにこんな記事がありました。Les travaux pousseront le Mont-Saint-Michel en BretagnePar Didier PILLET, vendredi 16 juin 2006

  「歴史的には一時期ブルターニュだったこともある」なんていろいろ年号があげられていますね。ようするにブルトン人は「俺たちのものだ」と主張したいのですが、今後ブルターニュになるかというと少々無理があります。歌もリンクされていましたが、音質が悪いので興味があれば上のリンクをたどってどうぞ。

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2007.03.07

ミシュランガイド フランス 2007 

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  Guide Michelin France 2007

ミシュランのガイドブック フランスの2007年版が2月末に発売された。


  ブルターニュで昇格したレストランは次のとおり。

Guide Michelin. Les nouveaux étoilés bretons(Le Télégramme)

Le Brittany à Roscoff (29),
Le Youpala à Saint-Brieuc (22),
Le Saint-Placide à Saint-Malo (35),
L'Henri et Joseph à Lorient (56),
L'Avel Vor à Port-Louis (56)
Le Bretagne à Questembert (56).

4つ星ホテルLe BretagneのオーナーシェフAlain Orillacアラン・オリアックさん(50歳)はミシュランガイドでマカロンを獲得した喜びを語っている。Orillac la tête dans les étoiles(Bretagne.com)ランチは28ユーロから。


    参考

  「ミシュランの星」は どう決めているのですか?
  ミシュラン社の社長、海で水死 船に同乗していたノルマン氏のこと 悲しいニュースでした。
  Michelin Guide ミシュラン・ガイドをインターネットで見る
  ミシュランガイド東京 2008 まもなく発売

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2007.02.26

SNCFの新しいユニフォーム決定

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  こちらがSNCFの新しいユニフォーム。私も大好きなChristian Lacroix クリスチャン・ラクロワのデザインだ。彼は新しいTGVの内装もてがけている。これが斬新な色あわせ。まだ古い車両が多いのだが一度乗ったら忘れられない。

  というのも、座席のほとんどが紫色で、少しだけオレンジ色の座席が混じっているのだ。その写真はこちらにある。実物のほうがもっと華やかというか、コントラストがきいている。日本では考えられないような色調だろう。

  上の新しいユニフォームを制作しているのはArmor Lux アルモー・リュクス。1938年創業のブルターニュを代表する服飾メーカーである。ストライプのTシャツで有名だ。

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2007.02.25

Gustave Flaubert en Bretagne フルベールのブルターニュ旅行

Flaubert
Gustave Flaubert ギュスターブ・フローベール(182~1880)のVoyage en Bretagne『ブルターニュ紀行』が3月に翻訳刊行されるとありくいさんが教えてくれたのだが読んだことがなかったのでどのような内容なのか調べてみた。

  bretagne.comの説明によるとフロベールは1847年春に友人と共にブルターニュを旅行している。海ぞいを自分の足で歩き、その感想をつづったのだ。この年、フランスでは2月革命が起きていたのだが、収穫が悪く農民たちは怒っていた。革命で2月24日にはフランス王ルイ・フィリップが退位。 翌日には第2共和政が開始した年なのである。Flaubert découvre la campagne bretonne en 1847. Scène de vie à Plouharnel (56).

    Centre de Recherche sur la Littérature des Voyagesで行われた講演を音声で聴くことができる。内容はおもしろいがとても長いので、暇があるときにどうぞ。
Flaubert en Bretagne (Par les champs et par les grèves): voyage et anti-voyage, le discours viatique comme laboratoire du roman par Roland LE HUENEN (Université Victoria (Toronto)) 20 avril 2005


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これがフランス語版。リンク上で中身の一部が閲覧できる。
  Voyage en Bretagne








     追加情報

51cwmubjql_aa240_ ブルターニュ紀行 野を越え、浜を越えが発売になった。

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2007.01.30

ブレイス語で小切手をつくろう!

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  フランスでは個人口座でも小切手が使用できる。日常生活では小額でも気軽に使えるので、現金はほとんど持ち歩かない。

  私も小切手帳は持っているが、CARTE BLEUカルト・ブルーで支払いをすることが多い。詳しくはフランス銀行事情を参照。
Cheque_cmb

  ここブルターニュではフランス語のほかにブレイス語という言語がある。このブレイス語表示の小切手を持っている人がいたので写真を撮らせてもらった。Le Crédit Mutuel de Bretagneという銀行が発行している。

    左にブレイス語のテレビやラジオのリンクがあるので言語そのものに興味のあるかたはどうぞ。

  追加情報 (2007.02.21)

  ブレイス語で小切手を記入する方法を解説してくれているサイトを発見!Écrire un chèque en Bretonだ。1 euro=1 skoedと書くのだそうだ。このKer Avon( ker21von.com )はブレイス語学習者のために役立つ情報がたくさんのっている。 

  もっと大きな数字を書きたい人はKervarkerを参考に勉強を。例えばこのようになる。10155=dek mil kant pemp ha hanter kant

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2007.01.17

Nicolas Sarkozy en Bretagne

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    Nicolas Sarkozy ニコラ・サルコジ氏は1月14日の党大会で大統領候補に選出されました。その翌日ブルターニュに来ていたのです。
  Premier déplacement au Mont St-Michel pour Sarkozy nouvelobs.com

  Mont Saint-Michelモン・サン・ミッシェルの頂上で写真撮影をして、Cancaleカンカルの牡蠣養殖場で非公開の昼食、午後はSaint-Maloサン・マロに立ち寄りスリミ工場を見学しています。1月はほとんど毎日雨が降っているのですが、この日は曇りでした。

  Le Mont-Saint-Michel Une merveille en hiver par Nathalie Chahine,LEXPRESS.fr du 29/12/2006
  モン・サン・ミッシェルの興味深い記事を見つけたのでリンクしておきます。夏場は1日に10000人が訪れ、パリについで国内第2番目の観光地です。12月から2月にかけては観光客もぐっと減るのですが、日本人観光客に特に好まれる景勝地です。その理由を「ここはアジアにもあるような聖なる山だから」と説明しています。

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2007.01.12

日本で見つけたPont l'Abbéポン・ラベ

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  おもしろい写真を見つけた。これはまさにブルターニュ、Pont l'Abbéポン・ラベの民族衣装だ。このコワフ(刺繍のかぶりもの)を見間違えるはずはない。Pont l'Abbéポン・ラベで昨年行われたFête des Brodeuses 刺繍祭り(音楽とダンスのフェスティバル)のことはここに書いたので覚えてくれている人も多いだろう。

  東京空港交通株式会社(Airport Transport Service Co.,Ltd.)の時刻表に用いられている。都心から成田空港・羽田空港・東京シティ・エアターミナル(T-CAT)を1日約1,200便運行しているリムジンバス。空港に行くときに利用している人も多いはずだ。

  この写真で見るかぎり、地名を書いていないようだ。どこだろうと疑問に思った人もいるだろうからここで言っておこう。

  これはブルターニュのポン・ラベです。ぜひ刺繍祭りを見に来てください。

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2007.01.07

新年の記者会見

  シラク大統領は1月5日の演説でイラク戦争について、「フランスが恐れ、警告したように、結果の見えない激変をもたらした」と批判した(読売新聞)。Jacques Chirac réaffirme son opposition contre la guerre en Irak(TF1、ビデオ)
  Mherve
  Rennesレンヌでも連日のように新年の挨拶が続いている。いったいどんな様子なのかお見せしよう。
  
  ★Vœux d’Edmond Hervé Maire de Rennes

  Hôtel de Ville市役所内の大広間で1月3日に行われたレンヌ市長の記者会見。注目すべきことは、この1年間でレンヌの選挙権を有する人口が大幅にのびていることだ。1990年からこれまでの推移を比べると、112000~121000人の間でほとんど横ばいだった選挙人が今年度は128521人に増加している。

  このブログでも紹介したように昨年前半のレンヌ中心部は大荒れだった。初回雇用契約(CPE)に反対するデモが全国に広がり、レンヌでは一部が破壊行為におよんだからだ。機動隊の車が大通りをふさぎ、催涙弾で目の前が真っ白になるほどだった。それでもレンヌに転居してきた人が増えたのだから、常に暮らしたい都市の上位に名をつらねているのもうなずける。

Vœux d’Edmond Hervé テキストのダウンロードもできるし、音声も聴ける。
Pref
  ★Vœux de Jean Daubigny Préfet de la région Bretagne et Préfet d' ille-et-Vilaine (ブルターニュ地方のトップ。日本では知事に相当。フランス国内は22の地方に分かれている)。

  こちらはゆったりとした椅子に座り、シャンパンを飲み、カナッペをつまみながらの記者会見。1月5日、会場はPréfecture Martenot県庁。(レンヌ市役所でも記者会見後立食パーティーになった)。私は都合で遅れていったので残念ながら発言の内容は一部しか聞いていない。ブルターニュの農業や中小企業の振興、また若者を中心とする大麻やアルコールの常用が話題となっていた。
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  会見後、個人的に話をした。私が新しく日本語でブルターニュの総合的なサイトをつくりたいと考えていることを伝えると非常に興味を持ってくれた。ここに来た時には知り合いは誰もいなかった。見ず知らずの人たちの優しさにずっと励まされてきた。やっとスタートラインに立ったばかりだが、これからその恩返しをしてゆきたい。今後広報担当者から連絡が来る予定になっている。このようにブルターニュとの縁が続くことをうれしく思う。

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2007.01.02

Meilleurs Souhaits 2007 新年のご挨拶

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  Bien chers amis,

  Toujours en Bretagne par la pensée, je viens vous souhaiter une bonne année. (Rennes, Hôtel de ville)

    ブルターニュに想いを馳せながら新年のお祝いを申し上げます。( 写真はレンヌ、市役所。クリックすると大きくなります。)
 


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2006.12.25

Joyeux Noël メリー・クリスマス

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  23~31日までRennesレンヌの夜を彩る光のショーが開催中だ。今年はじめての試みだと思う。市役所が次々と色を変えていく様をたくさんの見物人が眺めているのだが、ここ数日冷え込みが厳しくじっとカメラを構えていると身体が冷えてくる。

そして最終日、大晦日には毎年恒例の音と光のスぺクタクルがある。広場で花火が打ち上げられ年越しのカウントダウン。それからいつものように大騒ぎになるはずだ。レンヌで新年を迎えるかたは必見。

A partir du 23 décembre, les Rennais pourront découvrir l'Hôtel de Ville paré de couleurs chatoyantes. La Ville de Rennes accompagnée de la société Spectaculaires mettra en lumière tous les détails de l'architecture pour le plaisir des yeux des grands et des petits.Illumination de l'Hôtel de Ville : du 23 au 31 décembre 2006. Tous les jours de 17:00 heures à 2:00 heure du matin.

Le 31 décembre, rendez-vous place de la Mairie à 23h30 pour un spectacle inédit.La Ville de Rennes propose cette année un spectacle de la société Féérie, mêlant pyrotechnie, projection d'images, lumière, musique et danse sur les rythmes du Hip Hop avec la compagnie KLP, et vous accompagnera jusqu'au 12 coups de minuit et l'an 2007.Spectacle pyrotechnique, place de la Mairie, 31 décembre 2006 à 23h30.

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2006.12.05

クリスマスシーズン

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    店ごと買い占めてしまいたくなる可愛い品物がいっぱい。いつもここを通る度にうっとりしてしまう大好きなショーウインドー。

  中でもビクトリア朝のイギリスを思わせる素敵なイラストの少し懐かしい紙製品が私のお目当て。猫の着せ替え人形や天使を手にとって見ているだけで夢見心地になる。とはいえ、ユーロ高で円に換算すると予算オーバーになるので結局何も買っていないのだが・・・ 店の情報は以下のとおり。

Le Grenier des Anges
5, rue Hoche
35000 Rennes
Tel: 02 99 38 31 54

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2006.11.26

森の思想が人類を救う

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    哲学者、梅原猛さんは森の思想が人類を救うで、日本人の心の中に森が息づいていることを思い起こさせてくれる。森の文明について述べられた箇所にハッとした。

家や船の材料になる樹木は、熊や、樹木の姿になって人間のもとにみやげをもって訪れた客人(まれびと)と考えられています。ですから、人間はその客人の意志に従っておいしい肉や、温かい毛布や、どんぐりや、材木をありがたくいただきますが、その霊はていちょうにあの世へ送るのです。彼らの考えでは、あの世は、死んだ人間ばかりか、死んだ熊や木もこの世と同じような生活を営むところなのです。

  この後まだまだ興味深い記述は続くのだが、ここには書ききれないので手にとってご覧いただきたい。上記のような考え方はアイヌやケルトの宗教、ドルイド教にも相通ずるものがある。ブルターニュではまだ一部で信仰を持ち続けている人たちがいるのだが、またこの話は日をあらためて。

  さて私が本屋に行くと必ずページをめくるのは、Arbres remarquables de Bretagneである。この本はブルターニュの巨木ばかりを掲載した本で、発売は2005年1月。この年のPrix Meilleure Nouveauté en BretagneブルターニュのLe prix du livre特選出版物に選出された。写真家Olivier Hameryは撮影に2年をついやしたそうである。Leica Mライカを使用したらしいが、どの機種なのか知りたいものだ。

  樹齢数百年を経た巨木はそこにたっているだけでいとおしい。このブログでも以前ブルターニュの古木というエントリーでブルターニュ最古のchêne(カシ、カシワ、ナラなどのコナラ属)の写真をお見せしたことがある。ここではわざと人物がうつっている写真にした。木の大きさを人間の身長と比べてほしかったからだ。

  梅原猛さんは上記の本で「日本の神道は私は本来、森の宗教であったと思う」と述べている。「森のない神社は神社ではない」という連想は誰でも抱くものであろう。自然崇拝イコール大樹崇拝は世界共通のものだったと私も考えている。今だからこそ人は森に帰るべきではないだろうか。

  

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2006.11.21

Histoire de Rennes レンヌの歴史

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  この秋、発売された大型本Histoire de Rennesレンヌの歴史である。レンヌ市役所で出版記者会見も行われた。写真にうつっているのは左からGauthier Aubert,Edmond Hervé(Maire de Rennes),Alain Croix,Michel Denisの順である。
Histoire_de_rennes
  この本の特徴はカラー図版、写真がふんだんに使用されていることだ。296ページある紙面の半分をしめているのだから。「まずは図版を選び、それから文章を書いた。写真としては質が悪いものもあるが、歴史的資料としての価値をかんがみ採用したものもある」とムッシュー・ドニは説明していた。

    古地図、メダル、中世の装飾写本、旧高等法院のイラスト、1720年の大火事、ドレフュス事件などなど、レンヌを舞台とする出来事が網羅されている。ローマ時代から現代にいたるレンヌの変遷を13人の歴史家が総力をあげて編集した美しい本だ。

  

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2006.11.08

Route du Rhum 単独大西洋横断ヨットレース、新記録誕生

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  10月29日にSaint-Maloサン・マロを出発した単独大西洋横断ヨットレース、はやくもGuadeloupeグワドループに到着している。出発当日は波止場までいったのだが、濃い霧がでて写真のようにぼんやりとしか見えなかった。前回は強風がふいていたという話だ。

  Multicoques ORMA (18.28m,60 pieds)多胴艇部門で優勝したのはLionel Lemonchois リオネル・ルモンショワ。1960年、ノルマンディ生まれだ。19982002年(訂正。8年前)の記録を塗り替えた。

  1998 Laurent Bourgnon   Sui T 18.28m 12d08h
  2002 Michel Desjoyeaux Geant T 18.28m 13d07h
  2006 Lionel Lemonchois Gitana 11 T 18.28m 7d17h19m06s

  Gitana 公式ホームページ 感激の優勝シーンをビデオでどうぞ。

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2006.10.27

Route du Rhum 単独大西洋横断ヨットレース、開催せまる

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  レース開始は今週末。サン・マロのヨットハーバーは夜中まで見物客で大変な賑わいだ。もらった資料の山にうずもれながら、「専門用語を日本語ではどう訳すのだろう」と思案にくれる。そこでWebで検索してみるといつくかの記事がひっかかった。

  先日紹介したRoute du Rhumを詳しく解説してくれているのが山本俊一さんのルト・ドゥ・ロム単独大西洋横断レースである。久保山立民さんのフランス、サン・マロからの順風も簡潔にまとまっていてよくわかる。

  そして大荒れとなった前回2002年のレースについては橋本尚幸さんのLe Monde抄訳が参考になる。巨大多胴型セーリングヨットは人々を魅惑させるが、スキッパーには「ストレス」を与える

  しかし一方でこんな記事もある。フランスの港で大量のコカイン押収にはレースを終えたヨットからコカインが見つかったニュースを伝えている。

  前回も取材していたというスポーツ紙の記者は「今回はスポンサーが変わり、規模が格段に大きくなった。駐車スペースが少ないのが困りものだが・・・」と話してくれた。見学に出かけるなら列車やバスを利用するのが無難である。

    ヨットレース追加情報

  10月22日にスペイン・ビルバオをスタートして、単独世界一周のヨットレース「5OCEANS」に出場中の白石康次郎さん。ゴールするのは来年5月。今回のレースの寄港地はわずか2ヶ所という過酷なレースだ。出航してまだ数日しかたっていないのに、大切なセールが折れてしまうというアクシデントにみまわれている。みんなで応援しよう。

  白石康次郎さん 公式ホームページ
  白石康次郎 世界一周SHIP'S LOG ブログ
  5OCEANS 公式ホームページ

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2006.10.25

Route du Rhum ラム酒ロードヨットレース

Trimarans
  10月29日、日曜日、Route du Rhum ラム酒ロードヨットレースが開催される。Saint-Maloサン・マロからGuadeloupeグワドループまでの大西洋横断ヨットレースだ。1978年から開催され、今年は8回目である。Trimaransg  

  日曜日の夕方、電話がかかってきた。私は長旅の疲れもあって家にこもっていた。Saint-Maloサン・マロに行こうというさそいだったのだが、雨が降っていたので乗り気ではなかった。押し切られるかたちで行ってみると、見たこともないヨットが所狭しと並んでいた。

    上の写真はTrimaransというヨット。日本語では三胴船と訳すようだ。帆をあげると右のようになる。話を聞いていると普通のヨットよりずっとスピードがでるらしい。「海のF1レース」とでも言えばいいのだろうか。ブルターニュで研究開発されたらしく、このようなレースはほかではあまり行われていないようなのだ。
Trimaranss
    操縦席は写真の右後方の白い部分。戦闘機の操縦席に似ている。見ておわかりのように船内にもわずかなスペースしかなく、かろうじて人ひとりが横になれるくらいだそうだ。わずかな仮眠だけで大西洋を横断するのだ。そのためスキッパーは非常に尊敬されていると聞いた。

  この日はボーとしていたので改めて取材したいと思っている。日本に二胴船、三胴船などのヨット愛好者はいるのだろうか?レースはあるのだろうか?もしご存知の方がいたら情報をよせてほしい。

   Route du Rhum 公式ホームページ 数多くの写真やビデオ映像有
   Saint-Maloサン・マロのWEBCAM ヨットハーバーのライブ映像。10秒ごとに更新される。

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2006.08.31

Golf du Morbihan モルビアン湾の夏

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   Golf du Morbihan モルビアン湾は入り江になっていて大小の島が浮かんでいる。水面は穏やかといいたいところだが、入り江の外は太西洋。地元の人たちでさえ潮の流れを読むのはむずかしいのだという。この日は強風のため波があったので、帆をあげて走行しているヨットは少なかった。この美しいヨットは最新鋭らしい。

  レンヌは内陸なのでたまに海に行くと気分転換になっていい。しかしみんな考えることは同じでわずかな駐車スペースをめぐって口げんかが起こったりもする。場所が空くのを待っていた車の横から乳母車を押した女性が割り込んで「すみません。子供づれなので」と言い訳をして場所を動こうとしない。男性は「私はさっきから順番を待っていたのだから、ここにとめますよ」とこちらもゆずらない。

  最後には女性が興奮して「あんたみたいなひどい男を見たことがない。車に傷をつけてボロボロにしてやる」と叫ぶ。一方の男性は「やりたければどうぞ」とさっさと車から降りてヨットに乗り込んでしまった。周りを散歩していた人、釣り糸をたれていた人たちは時ならぬ甲高い声に振り向きながらも、何も言わずに眺めていた。この女性、数十の目が見つめる前で車に傷をつけることも出来ず、怒鳴りながら去っていった。

  売り言葉に買い言葉でどちらが悪いのかはよくわからない。人の怒っている顔など撮りたくないので私もただ見物していただけだが、せっかくの風景が台無しになったようで後味が悪かった。
  

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2006.08.24

海のシンフォニーを奏でるブルターニュのピアニスト Didier Squibanディディエ・スキバン

Didier_squiban_mont_dol
  日本で「海辺のピアニスト」という名称で知られ、すでに日本公演も7回行っているDidier Squibanディディエ・スキバン。(日本語のプロフィールはこちらからどうぞ)。はじめてそのコンサートを聴いた。会場はMont Dolモン・ドルの教会である。L'été culturel du Mont-Dolというイベントだった。

  彼のピアノはネット上で視聴したことがあったのだが、正直に言うと特に印象に残る演奏ではなかった。ところが会場でワンフレーズ、ほんの10秒くらいを聴いただけで、その演奏に魅せられてしまった。たったひとりで演奏しているのに、そこには広大な海が蜃気楼となってあらわれた。
Didier_squiban_mont_dol1
  なんということだろう。ブルターニュに何年も暮らしていて、こんなに素晴らしいピアニストを知らなかったことが恥ずかしい。一曲終わるごとに隣の男性は「ブラボー」と叫んでいた。この教会の音響効果は想像以上。小さなコンサートホールよりずっといい。全身で演奏しているので曲が終わるごとに流れる汗を真っ白なバスタオルでごしごし拭いてにこやかに観客に話しかける。

  プロデューサーのはからいでコンサートの前後に個人的に話をした。7回も来日しているのですっかり日本通。「音楽雑誌だけでなくグルメ雑誌まで取材にきたんだよ。僕が日本料理を好きだって聞いたんだろうね。魚だけではなく肉もうまい。神戸牛はビールを飲ませてマッサージすると知りびっくりしたよ。一緒にマッサージしてほしいね」と上機嫌だった。東京しか知らないので次はほかの地方にも行きたいそうだ。ダイナミックな演奏とこの気さくな人柄。すっかりファンになってしまった。

  帰宅してからネットで調べてみるとブルターニュを舞台とした映画L'Equipier「燈台守の恋」のテーマ曲を弾いていることがわかった。2004年のこの映画、見逃してしまったのだが、ブルターニュのことがきちんと描かれた秀作だと噂に聞いていた。これは是非見なくては・・・日本では昨年秋に公開されたようだ。公式サイト燈台守の恋を開くとDidier Squibanのピアノが流れるので今すぐクリック!


  Didier Squiban 公式ホームページ
  日本で発売されているCD Didier Squibanディディエ・スキバン。

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2006.08.22

ブルターニュの料理学校

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  ブルターニュといえばガレットとクレープ。この作り方を教えてくれる料理学校があります。Ecole Maître Crêpierです。

  例えば入門コースは9日間。70時間の講習があります。入門というものの「クレープのプロ養成講座」ですから内容はもりだくさん。材料選びから飲み物との相性、メニューづくりからコマーシャルの仕方まですべてを学ぶことができます。

  おもしろいのはcrêpes du monde世界のクレープという講座。世界中のクレープ状のものを5日間で学ぶのです。メキシコのタコスから日本のお好み焼きまでカリキュラムにはいっていますが、いったいどんなお好み焼きなのでしょうか。食べてみたいですね。

  写真は私がレンヌで2ヶ月ほど前に食べたガレットです。丸いのはほたて貝なのですが、はじめて食べたのでどんなソースだったか忘れてしまいました。アルコールを使用していたのですが、ウイスキー風味だったでしょうか?場所は古い刑務所跡、prison St Michelの2階です。メモがないので、次に通ったら店の名前を見てきます。

  ブルターニュにあるクレープリーを検索するにはここからどうぞ。たくさんありすぎて困りますが・・・(リンクが間違っていたので張り替えてあります) 

      追加情報

  写真のガレットはL'Ecossaise(スコットランド風)でSt Jacques flambées au whisky,crème fraîcheほたて貝をウイスキーであぶったもの。生クリーム入り。

  店の名前: L'Art ty chaud
  住所   : 7 allée rallier du baty
    Tel    : 02 99 79 19 20

  

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2006.08.21

フォー・ラ・ラット、ケルト夜想曲

Fort_la_latte     Les Nocturnes Celtiques de Fort-la-Latte「フォー・ラ・ラット、ケルト夜想曲」というイベントに出かけた。7月19日から8月17日まで毎週水曜日と木曜日にミュージシャンが音楽を演奏し、語り部たちが話をするという催しだった。時間は午後9時から真夜中まで。
Fort_la_latte2
  Fort-la-Latteは中世のころにつくられた要塞で、19世紀になると見捨てられていたのだが、その後修復された。上の写真は塔の上から見下ろしたところだ。すぐ横に海が迫る光景は中世のころから何ら変わっていない。映画のロケ地として好まれ、何本もの映画が撮影されたのもうなずける。

  Iniskisという3人組みのグループの演奏が始まった。日の入りは午後9時すぎだが、夕立が降ったのであたりはすでに薄暗い。アイルランドやスコットランドの音楽に入場をまちわびた観客から拍手がおきた。Fort_la_lattei野外に設けられた別のステージではSylvain Cebron de Lisleが神秘的な物語を語っていた。

  次にケルティックハープを聴く。lydwenというハーピストが海に暮らす妖精の物語を演奏した。8月になってから、7月の暑さがうそのように肌寒い日が続いている。大きな暖炉に焚かれている火が心地良いほどの冷え込みなのである。
Fort_la_lattely
  塔の中ではFort-la-Latteでどのように映画のロケが行われたかを回想するドキュメンタリーが放映されていた。メインで紹介されていたのは「バイキング」という作品。カーク・ダグラスが製作総指揮・主演で、北欧の沿岸地帯を荒らしまわったバイキングの波乱万丈の生涯を描いたスペクタクル大作なのだが、英国・ノーザンブリア城攻めの迫力あるシーンがここフォー・ラ・ラットで撮影されたのである。硬く閉ざされた城の門を巨大な木を使って打ち破ったシーンを撮影した時の秘話が語られていてとても興味深かった。

   Fort-la-Latteフォー・ラ・ラット ホームページ 一部日本語あり  
  今年のイベントはこれで終了したが、毎年行われているので機会があれば来年おとずれてほしい。

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2006.08.18

青い紫陽花、無花果、セージ

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  紫陽花は「シーボルトがヨーロッパに持ち帰り改良した」ということを以前ツタのからまる家に書いた。日本では紫陽花は梅雨のイメージがあるが、ブルターニュでは春から夏にかけて晴れの日が多いので、夏を代表する花として親しまれている。

    知り合いの家の庭には5メートルくらいある無花果の木がある。大きな葉が太陽の日差しをさえぎっているので、その木陰にいると風さえもさわやかでとても快適なのだ。そこには小さなテーブルと椅子が置かれていて、ゆっくり本など読むのだとか。今年は春先まで寒い日が続いたのであまり実がなっていないそうだ。(写真は2枚とも7月なかばに撮ったもの。上の写真はPont l'Abbéポン・ラベの城で撮影)。

  友人と一緒に訪ねたら冷蔵庫から手作りのsaugeセージ水を出してすすめてくれた。セージは香辛料として肉料理によく用いられる。これはセージのもつ抗酸化作用を生活の知恵として活用しているためだ。血行促進、強壮、老化防止などに有効だと言われている。Figueほかにも低血圧・肥満・うつ病・更年期障害・頭痛・リウマチなどにも効果が期待できる。日本にいたころはセージを鉢植えにしていてよく料理やハーブティーに使っていたが、そういえば最近あまり使っていない。

  世界中で昔から使用されていたのだが、フランスではドイルドたちが万能薬として使用し、シャルルマーニュがセージの栽培を奨励していたのだという。疲れが気になるあなた、試してみてはいかがですか。

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2006.08.15

中世のおもかげの残る町、ディナン

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    ここは不思議な町だ。何回も行っているのに、行く度に道違う小道に迷い込んで地図とにらめっこするはめになる。ブルターニュの中でも中世の木組みの家がたくさん残るDinanディナンにはいたずら好きの妖精たちが今でも住んでいるのかもしれない。

  饗庭孝男さんも海と森のブルターニュで「私がとりわけ心惹かれた町」と書かれている。
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  上の写真はPlace Merciersメルシエ広場に残る堂々とした家。Dinanディナンはフランドル(現在のベルギー、オランダ、フランスの一部を含む地域)や英国との交易で非常に栄えていたのである。堅固な城壁の上に立つとフランス相手に戦っているブルターニュ公国の騎士たちの姿が瞼に浮かんでくる。

    1年おきに中世の祭りが開催されるが今年は行けなかった。04年の様子は中世の祭り1 ディナンからどうぞ。坂道が多いのでけっこうきついが、店もたくさんあり散策するのはとても楽しい。

  Rennesレンヌを基点としてMont Saint Michelモン・サン・ミッシェルに行った帰りにSaint Maloサン・マロだけでなくぜひDinanディナンにも立ち寄ってほしい。

    Dinan office de tourisme visite virtuelleのcliquez iciという文字をクリックすると地図があらわれるので、地図の上の番号をクリック。すると写真と説明が右側に表示される。これを見ておけば道に迷わなくてすむかもしれない。

       追加情報

    饗庭さんの「フランス芸術紀行」を読み返していたら、ディナンのことも、サン・ジルダ・ドゥ・リュイスのことものっているではないか。後者は教会と書かれていたので読み過ごしたのだろうか。写真が載っているから修道院まで足を運んでいるのだ。どうして忘れていたのか情けない。それからエロイーズの続きを書かずにいてごめんなさい。忘れてはいませんので・・・

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灯台とアンティチョーク

Artichaut  左側にあるのは6月に紹介したBatzバッツ島にある灯台です。ちいさく見えますが、42.65メートルあります。(海面からの高さは71.65メートル)。1836年から使用されていますが今は自動制御になっています。1970年から勤務していた人が95年に定年退職したためです。

  右側はArtichautアンティチョークという野菜です。市場ではこのようにして売っています。少しほろ苦いのですが、フランス人には好まれている野菜です。アンティチョーク畑を撮りたかったのですが、ちょうどいい場所に車を駐車できなかったので、数本しかありませんでした。(この写真も6月に撮影したものです)。

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2006.08.06

ブルターニュ特産 有塩バター

Beurre_de_baratte2
  ブルターニュ独特の有塩バターとは、天然のゲランドの塩の粒が練りこまれたバターのこと。バゲットにバターを塗って口にほうばると、塩の粒が後から口の中で溶けて、ほのかな海の味が広がってゆく。日本で食べていたバターとは比べ物にならないほどおいしい。ブルターニュでは料理にもお菓子にもふんだんバターが用いられる。

  いろいろ食べ比べてみたが、写真の2つの商品がおいしいと思う。上はCORALISという会社のもの。2005年度のPrix Meilleure Nouveauté en Bretagne特選新製品に選ばれた商品なのだ。

  下はLAITERIE LE GALLの商品である。1923年から伝統を守り、作り続けられているこだわりの品である。Beurre_de_baratte1同じ会社のle gall DOUXは農務省主催2005年のコンクールで銅賞を受賞しているから、その実力も折り紙つき。ブログLyon Newsにle gall のバターとして紹介されている。

  甲乙つけがたいのだがあえて選ぶとしたら上のCORALISの商品だろうか。微妙にさっぱりしていてやめられない味なのだ。パッケージも個性的でこのまま食卓に置けるのがいい。このバターにジャムやハチミツをたっぷり塗ったパンと紅茶。これだけで幸せな気分になる。


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2006.08.03

メルランの生涯(アーサー王伝説)

Myrdhin_1
  29日、土曜日の夜、Les Nuits des Rives Celtesに出かけた。音楽もさることながら、12des meilleurs conteurs de ce Pays 12人の秀でた語り手たちが集まっていたのである。

  Roger le Contou&Fred le Disouの2人はガロ語をまじえて、ある一家の話をした。掛け合い漫才みたいに底抜けに楽しくて、少々卑猥な話も盛り込まれていた。観客は大声でお腹をかかえて笑い転げていた。だいたいの筋はあるものの、その場ののりで言葉を変えてゆくので全く同じ話にはならないそうだ。

  その後数人の話を聞いたが午後11時からのMyrdhinミルディンの語りは秀逸だった。ケルティックハープを爪弾きながら語られるLa Vie de Merlinメルランの生涯。伝説の森La forêt de Brocéliandeブロセリアンドにまつわるアーサー王伝説である。これは数日前に書いたLe Barzaz-Breiz バルザス・ブレイスをもとにしたものなので、一般に知られている話とは異なっている。
Myrdhin1jpg

  メルランがハープを弾きながら呪文を唱えると石さえも空を飛ぶのだ。魔法をかけるには正しい時間に正しい場所で、決められた旋律を奏でなければならない。ハープは魔法をかけるのにかかせないものなのだ。目をとじて大空に数千の石が舞い上がるさまを想像した。

  アーサーが岩にささったエクスカリバーを抜く。まばゆい光が大地を照らしハープの音色が高らかにに鳴り響く・・・待ち望まれた偉大な王の到来である。

  この演奏があまりに素晴らしかったのでCDを購入して家でくり返し聴いている。MyrdhinミルディンはRencontres Internationales de Harpe celtiqueの主催者のひとりである。縁があってこの数ヶ月で何度も会っているのだが、このように長い演奏を聞くのははじめてだった。このCD、ネットで検索してみたがでてこなかった。どうしても欲しい方はメールで連絡していただければ仲介できるのでどうぞ。

  これまでにもブルターニュのアーサー王伝説について何回か述べたことがあるが、ブルターニュには英国と異なるアーサーの物語がたくさん伝わっている。各地の教会にもゆかりの彫刻やステンドグラスがあったりするのである。アーサー王の居城もあるほどなのだ。私はこれらをたずねてブルターニュじゅうをくまなく巡っている。

  伝説は口承で語り継がれてきた。この夜のように。長い冬の夜、暖炉の前で「続きを話してよ」とねだる子供たちの姿が目に浮かぶ。久しぶりにメルランとヴィヴアンヌが暮らしていた不思議の森、ブロセリアンドをたずねよう。

  
  参考文献

  ケルトの森・ブロセリアンド  田辺保著 青土社 1998 

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2006.07.30

Saint Anneサン・タンヌのパルドン祭

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    Sainte Anne聖アンヌは聖母マリアの母親、キリストにとっては祖母にあたる女性である。7月26日はSainte Anne聖アンヌの日であった。ブルターニュの守護聖人 Saint Yves聖イヴでのべたように、ブルターニュでは特にSainte Anne聖アンヌに対する信仰が深い。

  SAINTE ANNE D'AURAYサン・タンヌ・ドーレイでは17世紀に聖アンナが出現する奇跡がおき、立派な教会が建てられた。毎年7月26日にはパルドン祭があるが、ブルターニュで最も多くの参拝者が訪れるパルドン祭なのである。

  今年は7月25日、前夜祭、そして26日のパルドン祭に参加した。 前夜祭の開始は午後9時30分から。ところが午後9時ごろスコールのように大粒の雨が降ってきた。どうなるのかと空を見上げる参拝者たち。だがこの雨も止み、夜外で真夜中まで集会が開かれた。聖アンナ出現の詳細が語られるのを数万の眼がじっと見守る。やがてひとりひとりのロウソクに火が灯されてゆく。
Ste_anne_nuit_2

  咳払いの音ひとつ聞こえず、夜がゆっくりとふけてゆく。この不思議な感覚は、キリスト教徒ではない私があえてたとえるなら、除夜の鐘を聞きながら神社で手を合わせている感覚と相通じるような気がする。そこまで出かけて行かないと味わえない、ピンと張り詰めた、それでいて静かな安らぎがある。いい写真を撮りたいとは思うものの、その場の静寂を無粋なシャッター音でさえぎりたくはなかった。

  翌日の午後、歩いていると急に声をかけられた。Saint Yves聖イヴのパルドン祭に一緒に行ったCécileセシルだった。レンヌの教会から大型バス2台で来ているのだという。その場に共にいられることがうれしくてたまらない。またひとつ忘れられない思い出が増えた。


     パルドン祭情報

  SANCTUAIRE SAINTE-ANNE D'AURAY 公式ページ
  la basilique de Sainte Anne d'Auray で歌われている聖歌の男性コーラスのCDがブレイス語CD大賞を受賞した。その様子はブレイス語大賞 Les Prizioù 2005から。そこから歌が聴ける生ビデオのリンクあり。

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2006.07.28

ブルターニュの三ツ星レストラン La Maison de Bricourt

  今年2月、ブルターニュ、カンカルにあるレストラン、 La Maison de Bricourt ラ・メゾン・ド・ブリクールがMichelinミシュランのLe Guide Rougeル・ギッド・ルージュで三ツ星に昇格した。三ツ星はフランスで26軒だけである。シェフのOlivier Roellingerオリビエ・ローランジェさんは2005年の最優秀シェフに選ばれた実力の持ち主なのだから当然だろう。

26 restaurants trois étoiles, 70établissements deux étoiles et 425 une étoile. Olivier Roellinger, qui avait été nommé dans la catégorie "espoirs" l'an dernier avec le restaurant "Maisons de Bricourt" à Cancale, obtient la consécration cette année.

  このことはミシュラン・ガイド 三ツ星シェフを発表で紹介したとおりである。ブルターニュは海の幸が有名だが、野菜や肉類、バター・チーズなどの食品をフランス、そしてヨーロッパに輸出しているほど豊かな地方なのである。ブルターニュに来て、牡蠣をはじめ、オマール海老や帆立貝、蟹、ラングスティーヌ(手長エビ)などが生きたままで売られていることに驚いた。

  このような素晴らしい食材が料理人たちの想像力を刺激しないはずがない。でも人気のレストランは予約するのも一苦労。数ヶ月前に予約しないと無理なのだ。

La Maison de Bricourt ホームページ 最近更新された。


    <関連情報>

  三ツ星レストラン La Maison de Bricourt 12月に閉店 2008年11月、健康上の理由でレストランの閉店を発表。


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2006.07.24

ブルターニュ関連書籍 その7 バルザス・ブレイス

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    Le Barzaz-Breiz バルザス・ブレイスとはブルターニュに伝わる伝承をまとめたもの。前にもCDを紹介したことがある。(バルザス・ブレイス参照)のこと。日本語の全訳はでていないようだが、図説 ケルト神話物語の第3章に載っている。

  Le Barzaz-BreizがThéodore Hersart de la Villemarquéテオドール・エルサール・ド・ラ・ヴィルマルケによって出版されたときはヨーロッパじゅうで絶賛された。このことは、原 聖さんが<民族起源>の精神史〈第7回〉―ブルターニュとフランス近代―ブルターニュ関連書籍 その6参照)の第6章に書かれているとおりである。

  ここには、ケルト的な伝統がキリスト教にいかに取り入れられたかという説明もある。日本のブルターニュ観光ツアーにも組み込まれている小村Locronanロクロナン(フランスの最も美しい村々にも選ばれている)がケルトの聖地であったという話も盛り込まれている。Locronanロクロナンについては、まだ書いていないので改めて紹介したい。

  しかしながら、一番上のエントリーで書いたようにThéodore Hersart de la Villemarquéが伝承を改変したという疑いが指摘されQuerelle du Barzaz Breizバルザス・ブレイス大論争が巻き起こった。Querelle du Barzaz Breizについて簡単な説明はここにある。この影響で当時の知識人たちはいったん盛り上がったブルターニュに対する興味を失ってしまった。

  このところ、毎週ブルターニュの伝承音楽をつづけて聞くチャンスがあった。ディナン、ポン・ラベ、そしてカレでも。何でもない日常生活を歌ったものが多かったのだが力強いリズムやリフレーンはいつまでも胸に残っている。ブレイス語がわかったらいいのに、どんな内容なのか知りたいと本気で思う。ブルターニュはかみしめるほど味わいが増すからおもしろい。

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2006.07.23

東京FMに出演します

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  ラジオ局TOKYO FM (TFM) 80.0MHzのHonda Sweet Missonに出演することになりました。放送日は7月27日(木)午前8時10分から約10分間。話す内容はもちろんブルターニュのこと。観光やグルメ情報を話す予定です。東京FMをキー局に38局ネット(日本のFM放送では最大)、全国放送だそうですから緊張してしまいそうです。

  パーソナリティはNHKのテレビイタリア語などでおなじみのパンツェッタ・ジローラモさんです。ジローラモさんのユーモアたっぷりのこの放送、大好きでよく見ていました。イタリア語の響きは心地よいですよね。

  朝の忙しい時間帯なので聞けない方が多いと思います。内容はブログHonda Sweet Missonに掲載されるはずですのでこちらもチェックしてくださいね。


    番組でしゃべった情報

  ブルターニュの三ツ星レストラン La Maison de Bricourt

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2006.07.22

Les Frères Morvan モルバン兄弟

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    Les Frères Morvan レ・フレール・モルバン(モルバン兄弟)は、フランス・ブルターニュ地方ではとても有名。アカペラで朗々と民衆に伝わる伝統の歌を歌ってくれる。もちろんブレイス語で。このチェックのシャツとune casquette帽子がトレードマーク。3兄弟なのだがひとりは体調がすぐれないため2人だけがLes Vieilles Charruesにやって来ていた。毎年かかさず来ているそうだ。

  人気者なのでいつも彼らの周りは人が集まっていて笑いが絶えない。以前ナショナル ジオグラフィックのケルト特集で、リンクした欧州の辺境に息づくケルトの心の中の音楽にこめた思い、ケルト人の心で、Les Frères Morvan モルバン兄弟の歌が視聴できることを紹介したが、覚えてくれているだろうか?

  話をしていたら、ふたりが1曲歌を披露してくれた。心をこめてTregarezトゥルガレ(ありがとう)とお礼を言った。思いがけない出会いがあるのも地元ならでは。Johnny Hallyday ジョニー・アリデーのコンサートが終わってもまだ会場内で姿を見かけた。夜更かしは身体に毒ですよ!

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Johnny Hallyday ジョニー・アリデーのコンサート 

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  ブルターニュにJohnny Hallyday ジョニー・アリデーがやってきた。Carhaixカレで7月20日から23日まで開催されているロック系の音楽フェスティバルLes Vieilles Charruesのためである。毎年20万人以上が集まる人気のフェスティバルである。
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  私は数日前からそわそわ。何しろJohnny Hallyday ジョニー・アリデーを生で見られるのだから。でも会場までたどり着くのが大変だった。駐車場にはいる道路は大渋滞。2時間くらいのろのろ運転で足がつりそうになった。車にはクーラーがないので、すでにここでTシャツはぐっしょり。やっと畑の真ん中の巨大駐車場についたので服を着替えた。ここから町まで無料バスがピストン運転しているが、それでもどこも人だらけ。

  会場も広いので友人に教えられた待ち合わせ場所に行くのに大回りをしてそこでさらに1時間くらいが経過。友人は残念ながら一緒に行けなかったのだが、知り合いを紹介してくれた。このような野外コンサートははじめてだったし、5万人以上の人の中でこの夫婦が迎えてくれたときはほっとした。
Johnny_en_bretagne_2

  20日は初日なのでコンサートは3組のみ。MAUSS、TÊTES RAIDES、JOHNNY HALLYDAYであった。メインのジョニー・アリデーのコンサートは午後10時から。5万人以上が会場にいた。私がいた場所は舞台から500メートルくらい(もっとかも知れないが)離れた場所。上の写真のように右半分が見えなかったが、野外コンサートなので、舞台の端が見えただけでも大満足だった。写真手前の人たちがこちらを向いているのは、すぐ横に巨大モニターがあるせいだ。

  コンサートはたっぷり2時間。声量もおとろえず、最後まで熱演。巨大スクリーンの演出も素晴らしい出来だった。後日ライブDVDとして発売されるそうだ。観客の年齢層は様々。もう40年以上ファンという人たちから10代の若者までも魅了する大スターである。それだけに警備も大変。チェックも厳重だった。

  このフェスティバルは5万人のボランティアがいて、なりたっているのである。幹線道路には一晩中道案内が立ち、誘導してくれるし、こちらの質問にも「フェスティバルを楽しんで」と一言付け加えてくれる。昨年、会場で消費されたミネラルウオーターは何と200万本だそうだ。暑い時期に開催されるとはいえ、大変な消費量である。

  それから少しの間しゃべって、駐車場までついたのが午前2時すぎ。車が数珠繋ぎだったので、寝袋を取り出して午前4時まで休憩。レンヌに帰宅したのは午前7時だった。少し冷えたので霧がかかり、とてもいい感じだったが、今日は一日中頭がボーとしていた。

    関連記事

  Festival des Vieilles Charrues 公式ホームページ
  ジョニー・アリデー 61歳の決断とその波紋 その1 
  MAUSS 公式ホームページ
  TÊTES RAIDES 公式ホームページ

 

続きを読む "Johnny Hallyday ジョニー・アリデーのコンサート  "

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2006.07.18

Fête des Brodeuses 2006 刺繍祭り

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    Pont l'Abbéポン・ラベで行われたFête des Brodeuses 刺繍祭り(音楽とダンスのフェスティバル)に行ってきた。この町のことは先日色鮮やかな刺繍の街、Pont l'Abbéポン・ラベブルターニュのポストカード Carte postaleで紹介したとおりだ。

  フランスはここ数日猛暑に見舞われていて、パレードが行われた16日、日曜日はうだるような暑さだった。私は見物客の邪魔にならないように、アスファルトの上に座って写真を撮っていたのだが、サウナにはいっているような状態。熱中症にかかるかと思ったほどだ。なにしろカメラにさわっただけで火傷しそうなほどだったのだから。

  それなのに、このようなしっかりした仕立ての衣装を身につけて、満面の笑顔で観客にこたえてくれるのだから素晴らしい。パレードのあとは場所を移して野外舞台でダンスや音楽の演奏があった。子供たちでさえ笑顔で踊っているのだからと、そこで1時間ほどがんばったがもうそれが限界だった。夕方になって日陰で34度あったから、日中の気温は40度近かったのではないだろうか。

  それでも片道230キロの距離を行ったかいがあった。Bigoudenビグダン地方の刺繍やコワフは見るだけの価値がある!

  

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2006.07.04

Saint Maloサン・マロに大型帆船集結

Affichetallshipsraces

7月6~9日までSaint Maloサン・マロに世界じゅうの大型帆船がやってくる。The 50th Anniversary of The Tall Ships' Racesが今年はサン・マロからはじまるためだ。その数70隻以上。すごい規模だ! 写真を見ただけでうっとり・・・これも一目見たかった。

  The 50th Anniversary of The Tall Ships' Races 2006 ホームページ
  Sail Train Inginternational

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2006.07.03

Les Tombées de la Nuit レンヌの音楽フェスティバル

Affiche2006
  Les Tombées de la Nuit レンヌの夏の風物詩、音楽フェスティバルがいよいよ明日からはじまる。今年は7月4~9日。町の至るところでコンサートが行われる。毎年大掛かりな舞台が設営され、見るだけでもおもしろい。(たとえばこんなふうに)このコンサートをきっかけに有名になり活躍しているアーチストも多い。

  無料のものも多いので、気軽に出かけよう。ただし、町の中は駐車できない可能性があるので注意。できればメトロかバスで。とはいえ、この時期毎晩たいへんな騒ぎで中心部にいると寝不足になる。ワールドカップサッカーでフランスは勝ち残っているので、次の試合がある5日はいつもにもましてにぎわうことだろう。私はスペインで応援します。

  Les Tombées de la Nuit ホームページ
  今年のプログラム
  昨年の写真

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2006.06.30

Ile de Batz バッツ島 その2 島に上陸

Ile_de_batz_1

    以前レンヌに住んでいた日本人の友人が出張でフランスに来たので、日本人女性ばかり4人でIle de Batz バッツ島をたずねた。Roscoffロスコフまで行って船で島に渡る。船は30分ごとに出ていて乗船時間は15分。料金は往復で7ユーロだ。船を撮ろうとしたら乗組員がポーズをとってくれた。
Ile_de_batz
  子供たちが500人くらい歩いている。遠足なのだろうか。私たちを見つけて「ハロー」とか「こんにちは」と声をかけてくる。ちょうど引き潮で白い砂と岩場が露出し、まるで別世界。海の色は緑がかっていたり、エメラルド色だったり、見飽きることがない。ブルターニュの海岸線はほんとうに美しい。
Plante

  島に上陸し、のんびりと灯台まで歩く。約1時間の行程だ。海岸に面してカフェが数件店開きしている。この島には植物園があるのだが、灯台と反対方向にあるので行かなかった。

    それでも見たことのないような巨大な植物がニョキニョキ生えている。全く見たこともないので、海外から持ち込まれたものに違いない。ちょうど薄紫色の花が咲いていた。

  上の写真は灯台の上からSaint Pol de Leonサン・ポール・ドゥ・レオンを撮ったものだ。


Ile de Batz バッツ島 観光案内

  
  

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Ile de Batz バッツ島 その1 海の色

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海草がゆらゆらと海の中を漂っています。透き通った美しい海です。

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2006.06.22

ケルティックハープと日本の関わり

Harpe5_1

  ケルティックハープが根強い人気を保っていることは以前ケルティックハープが大人気というエントリーに書いた。今回日経BP社のニュース解説にフランスで70年代から続くケルティックハープのブームを書いたが、取材している途中でLes Harpes Camacカマック・ハープ社の社長(社長自身ハーピストとして長いキャリアをもつ)から思いがけない話を聞いた。ケルティックハープと日本の間には深い関わりがあるという話だ。

  中世ヨーロッパではケルティックハープはポピュラーな楽器だったのだが、人々の記憶から忘れ去られていた時代があった。それを現代によみがえらせたのはGeorges Cochevelouジョルジュ・コシュブルーだった。そのハープの音色に魅せられたのが、彼の息子Alan Stivellアラン・スティヴェルで、9才のころにはすでにMaison de Bretagne de Parisでケルティックハープを演奏している。

  そのころビートルズの音楽に影響を受けエレキギターを手にした彼は、フランス音楽界に新風を吹き込むことになった。la pop celtique あるいは rock bretonと呼ばれた新しいジャンルをつくったのだ。これがまたたく間にフランスの若者たちを熱狂の渦に巻き込んだ。アイルランドではケルティックハープは国家の紋章。パスポートやユーロコインにも描かれているほど重要なもの。演奏は行われていたものの、奏法はクラシック調に変化していた。アラン・スティヴェルは伝統音楽をブレイス語(ブルターニュに伝わる系の言語)で歌った。そしてケルト音楽の復興をアイルランド、スコットランドなどのケルト文化を継承するほかの地域に呼びかけたのだ。その努力は人々の共感を呼び「ケルティックリバイバル」が巻き起こった。
Harpes_celtique_2006
  ところが、フランスにはケルティックハープを作る職人がいなかった。その時ケルティックハープを作っていたのが日本の青山ハープ社だっだ。1897年に創業。当初はヴァイオリン・チェロなどの弦楽器の製造をしていた。その後、青山政雄さんが、ハープの魅力に取り付かれ独自の技術でフォークハープ製造するようになったのである。心のこもったメンテナンスが評判をよび、例えばシンガポールでは90%のシェアを確保しているという。(ハープのマーケティング参照)青山ハープ社がハープを製造していなかったら、ケルティックハープブームの到来は数十年遅れたにちがいない。青山政雄さんの情熱が「ケルティックリバイバル」のひとつの底辺になっているのである。

  DinanディナンではRencontres Internationales de Harpe celtique国際ケルティックハープフェスティバルが毎年開催されており、今年は7月11~16日である。Maison de la Harpeハープ博物館で「毎年通ってくるハープ通の日本人がいる」と聞いた。さらに調べてみるとこの方は日本で紫音ハープミュージアムを1年前にオープンしたことがわかった。世界各地のハープ30台と関連の資料を展示公開しているという。

    ハープ、この素晴らしい楽器を守り慈しんできたひとりひとりの物語に感動した。不思議な魔力を秘めた音色を生で聴けることをありがたいと思う。ブルターニュ旅行を計画中の方、国際ケルティックハープフェスティバルも予定に入れて下さい。
  
  

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2006.06.18

ブルターニュのポストカード Carte postale

Carte_p
    構図がおもしろかったので、Carte postaleポストカードを2枚買った。1枚が0.35ユーロ(50円)だ。le Pays Pourletプルレ地方のGuémenéグエメネに伝わるダンス。アクロバティックなダンスと説明されている。パフォーマンス賞を受賞しているというのもうなづける。写真で見ても、すごい迫力だ。

  この地方の衣装の詳しい説明のあるサイトを見つけた。Costumes féminins du pays vannetais bretonnantこちらから。

  もう一枚はBigoudenビグデンのコワフをかぶったおばあちゃんが、自転車でお出かけしている様子。Pas facile de garder la coiffe droite! 「コワフをまっすぐに保つのはむずかしい」。帽子といっても、ほんとうに筒になっているわけではなく、前と後ろの2枚をピンでとめてあるだけ。被り方はここに解説がある。
Carte_b
  はじめて実物を見たのはSainte Anne d'Aurayサン・タンヌ・ドーレイのパルドン祭に行った時だった。もう4年ほど前になる。レストランの中でこの独特のコワフをかぶった数人の女性を見た。どこに行ってもカメラに囲まれているに違いない。

  レストランの中で食事中に写真を撮るのは失礼だと思ったので、声をかけなかったのだが、それからこの有名なBigoudenビグデン地方のコワフを見る機会はなかった。Pont l'Abbéポン・ラベの刺繍祭り、行けたらいいのだが。

    変更

  昼間見るとカードの色が全然違うので、写真を差し替えました。それでも写真なので、全く同じではありませんが。

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2006.06.16

色鮮やかな刺繍の街、Pont l'Abbéポン・ラベ

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  この目の覚めるような朱赤。我がブルターニュが世界に誇るPont l'Abbéポン・ラベの刺繍である。この写真は知人宅に大切に保存されていたおじいさんの遺品。約100年前の男性用のベストだ。夜撮影したので少し色が赤みを帯びている。実際にはもう少し朱の色が強い。Musee Bigoudenビグデン博物館にも衣装が展示されているのだが、少々色あせていた。これほどきれいな風合いの衣装は非常に貴重だ。

  布地から盛り上がるようなボリューム感がある。針を刺すのは非常な力仕事だったので、男性が刺繍したのである。その間、女性たちは港で荷物の積み下ろしをしていた。100キロもあるような荷物を運ぶのは女性たちだった。

  祭りにはポン・ラベの女性たちも美しい刺繍がほどこされた民族衣装を身にまとった。その頭には30センチ近くもあるとても長いコワフ(繊細なレース刺繍の帽子)をかぶっていた。
Bigoudena
  「コワフは特別なものではなく、家から外へ出る時の必需品。私の母親がパスポートをとることになった時、どうしてもコワフなしでは、写真を撮るのはいやだと拒否したんだ。役所もどう対応するか協議した結果、コワフを被った写真を許可したのだが、コワフが長いから顔なんて小さくしか写っていないんだよ」と笑う。

  このパスポートのコピーを見せてもらったが、今はこんな融通もきかないだろう。イスラム教徒がスカーフ着用して身分証明書を撮ることも許可できないと論議されるくらいなのだから。(パンドラの箱は開かれたを参照)

  「Pont l'Abbéポン・ラベには他の地方にないような不思議なことがたくさんある。赤ん坊の臀部には青いあざがあるんだよ。ブルターニュでもBigoudenビグデンだけなんだ。日本人と同じ人種かもしれないね」と地理学の元教授は真顔で私に語りかける。

    大辞泉によると「蒙古斑」とは「乳幼児の臀部(でんぶ)・腰部などにみられる青色のあざ。その真皮中にメラニン色素細胞が存在することによる。黄色人種に特に顕著。七、八歳ごろまでに自然に消失する。小児斑。児斑」と説明されている。黄色人種のみとは限定されていないので、他の国にもこういう事例があるのだろうか。

  
  Pont l'Abbé 観光案内所 コワフを被った女性の写真あり
  Fête des Brodeuses 刺繍祭り(音楽とダンスのフェスティバル) 2006年7月13~16日 
   昨年の写真およびビデオはここから 刺繍の女王の写真

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2006.06.14

サン・ジルダ・ドゥ・リュイス修道院とアベラール その2

Abelard
  ここで改めてアベラールの人生を振り返ってみよう。Petrus Abaelardus(Pierre Abélard ピエール・アベラール 1079-1142)はNantesナントに近いLe Palletル・パレで生まれた。1100年頃パリでGuillaume de Champeauxギョーム・ド・シャンポー(実在論派)のもとで学び、やがて哲学者、神学者としての地位を確固たるものにした。その経歴は清水哲郎さんのページにまとめられているのでまず一読を。

  さてアベラールは39歳で、17歳だったエロイーズの住み込み家庭教師になる。若さと風貌、そして名声に自信を抱いていた彼はエロイーズに接近、彼女の心を射止めることに成功した。やがて彼女は密かにアベラールの故郷Le Palletル・パレで男の子を出産しAstrolabiusと名付けた。アベラールは正規聖職者ではないので、法的には問題はなかった。それでも、世間の目を気にしてこっそり結婚しようという申し出に反対したのは実はエロイーズの方だった。

  なぜ、すぐに承知しなかったのか、考えてみてほしい。アベラールはヨーロッパじゅうの学生たちが教えを請いたいと願ってやまないすぐれた教師であった。彼の講義は5000人もの聴講者を集めるほどだった。相思相愛で子供まで生まれているのに、何をためらう必要があるというのだろう。出世のさまたげになるからか。まず当時の結婚観は現代のものとは異なっていたことを考慮しなければならない。
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  キリスト教、公教会の見解によると、エヴァが蛇の誘惑に負けアダムに禁断の果実を食べさせたため人類は楽園から追放されることになった。諸悪の根源になっているのは女性だ。そのような女性とセックスするのも汚らわしい。だが子孫を残さねばならないので、そのための性行為だけは容認するというものだった。「妻を過度に愛する者は、姦通をなすに等しい」という考えが常に根底にあったのである。

  たとえばAbbaye de Clunyクリュニー修道院の院長Odonオドン(879-942)は女性に対し強い嫌悪感を抱き、女性を「糞の容れもの」と表現しているほどだ。そのためクリュニーの修道士たちは修道院的な禁欲を貴族に説いた。またAbbaye de Saint Benoît sur Loireサン・ブノワ・シュル・ロワール修道院長Abbonアボン(988-1004)は、結婚した男女は童貞である修道士と異なり姦淫の罪を犯しているか否か判別しがたい。したがって結婚は悪であると主張したほどであった。

  一方で俗世間では宮廷風恋愛が話題にのぼっていた。Tristan et Iseutトリスタンとイズー(トリスタンと白い手のイズーが暮らした城)やRoman de la Rose薔薇物語のように女性崇拝を堂々と表現した物語が大流行した。ここでは肉体関係をともなう恋愛も当然のこととして登場する。このような時代を生きていたエロイーズがどう考えたのか、次のエントリーでまとめてみたい。

右の本はHéloïse : L'amour et le savoir

  その3につづく

 

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2006.06.11

サン・マロの海水浴風景

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    サン・マロは城壁で囲まれていますが、撮影場所は城壁の外側、カジノやホテルが建っている海岸です。海水浴を楽しむ人たちでごったがえし、駐車場もいっぱいです。

  下の写真は城壁の下で日光浴している様子です。St_malo1城壁の上を歩きましたが、潮風が心地よくやっと夏の日差しになりました。散歩して友人とソフトクリームを食べて帰ってきました。私はブルターニュで泳いだことがありません。今年は最近まで寒かったので、花の開花がいつもの年より2週間ほど遅いそうです。

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2006.06.08

君の顔、大きいねえ

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    昨晩、1時くらいに寝ようとしたのですが、うるさくて、耳栓して寝ました。「モー」と鳴き続けるんですもの。牛たちです。7日から11日までla ferme en villeという催しが行われていて、いつもの市役所前広場が農場と野菜畑に変身しています。

  いつも静かな田舎に住んでいる牛、豚、羊、ヤギなどの動物たちはいきなり街の中につれてこられて、「興奮して眠れない。家に帰りたい」と訴えているわけです。

  普段動物に接することのない子供たちにとっては格好のチャンス。すぐ側まで近づいて、じっと、大きな顔を見つめています。ほんとうにつぶらな瞳です。草食獣は臭いも少ないし、おとなしいから、お父さんものんびり見ていられます。
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    ブルターニュはフランスの食料庫ですが、ブロッコリー、カリフラワー(白、緑)、白ネギなど野菜のことを聞いてみました。ドイツ、イギリス、オランダなどに生産量の約半数を輸出しているそうです。また麻や菜の花がオメガ3を含む植物として人気が高いそうです。写真はオペラ座前の様子です。動物たち、今晩はおとなしく寝てくれるかな?

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2006.06.05

ブルターニュに生きる

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    白黒のモノトーンの旗が街を埋め尽くす。

  どこを向いても互いの近況を語り合う笑顔で一杯だ。

  同じデモ行進でもCPE反対のデモとは異なり、催涙弾も破壊行為もない。

  これまで涼しかったのに急に真夏の気候。

  昼から夜半までうれしい再会が続きクタクタになった。

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2006.05.26

「踊る猫通り」と「釣りをする猫通り」

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  語学学習応援サイトGlobalvoiceのフランス語コラム「行き先を示す」を読んでいるとこんな文章がありました。「パリの街は東京に比べるとずいぶんと合理的にできています。まず、通りの名前は人の名前になっており、同じ名前は同じ街にはありません」。そうねえと思いながら読んでいたのですが、何かが奥歯の間にはさまっている感じがしました。重要なフランス語の単語は覚えられなくても、ささいなどうでもいいようなことは記憶の片隅に残っているのです。

  しばらくたってから急にひらめきました。人の名前ではなく動物の名前のついた通りがあることを。Rue du Chat Qui Danse「踊る猫通り」です。これは実在する通りの名前でブルターニュの観光地、Saint Maloサン・マロにあるのです。Rue_du_chat_qui_danseWhat’s Michael? の画像とセットで浮かんできました。「踊る猫通り」が信じられないという方のために証拠写真もどうぞ。(こんな写真を公開する日がくるとは思いませんでしたが、猫が好きなので撮っておきました)。

  この名前には由来がちゃんとあるのです。17-18世紀にかけてイギリスとフランスが争そっていたころ。爆薬を満載した船がサン・マロを攻撃しようと接近してきました。でもここは潮の満ち干が大きく、船が座礁してしまったのです。一匹の猫が壁めがけて飛びついたのですが、命を落としてしまいました。この猫のことが語り継がれて通りの名前として残っているそうです。(この話はネットで探しましたので、こんど観光案内所で聞いてみます)。

Parisパリにも猫通りがあります。Rue du Chat qui pêche「釣りをする猫通り」です。パリ5区、セーヌ川で釣りをしているわけですね。パリで一番狭い通りだそうですよ。le sentier小道という定義ではもっと狭いle sentier des Merisiersがありますが。

La rue du Chat qui pêche (Paris 5e) est la rue la plus étroite, avec une largeur minimale de 1,80 m (certaines sources mentionnent le sentier des Merisiers, dans le 12e, qui mesure moins d'1 m).

Les plus étroites : sentier des Merisiers (XIIe) 0,87 m, rue du Chat-qui-Pêche 1,80 à 7 m, passage de la Duée 0,80 m.QUID 2003

rue du Chat qui pêche ちゃんとここで通りの写真が見られます。

     追加情報 2006 06 22

サン・マロの人と話をしました。時代は18世紀。船は座礁したのですが乗組員は全員助かりました。猫だけが犠牲になったと言い伝えられているそうです。

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Saint Yves聖イヴのパルドン祭 その2

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  5月21日、Saint Yves聖イヴのパルドン祭。パルドン祭は決してはなやかなものではない。年に一度、日ごろの行いを懺悔し祈りを捧げる厳粛なものだ。この日だけ特別に記念のミサが行われ、通常は見ることのできない聖遺物が開帳される。

  ミサが終了し、教会の中からそれぞれの教区の旗を持った人々が外に出てきた。これから町の中を行列するのである。雨の中じっと野外で待ちかまえていた巡礼者たちがいっせいに入り口に集まる。出来るだけ近くで見たいというのが人情。あっという間に人垣ができ、傘が邪魔して何も見えない。
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  伝統的な民族衣装に身をつつんだ女性たちが聖母子像をかかげて先頭に立つ。コワフと呼ばれる帽子をかぶっている。地域によって衣装の刺繍や、コワフの形が異なるので、地元の人なら見ただけでどこの人間なのかを識別できる。

  これらは20世紀初頭までは日常で使用されていたもの。20年くらい前までは一部地域でまだ見られた光景だというが、現在では祭りの時くらいしかお目にかかれない。その後にはそれぞれの教区の旗ごとに住民全員が行列に参加する。普段遠くで働いている家族が地元に帰り、互いの近況を語り合う日でもある。
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  別の入り口から教会にはいってみた。正装した弁護士たちがたくさんいる。むかって左側に美しい彫刻をほどこされた真っ白なSaint Yves聖イヴの霊廟がある。「誉れ高き友の側に葬って欲しい」というブルターニュ公JeanV の命によってつくられたものである。サン・ドニ大聖堂にある歴代のフランス王の墓にも匹敵するほど立派なものだ。その中央には右手を胸の上に置き穏やかな顔でSaint Yves聖イヴが横たわっている。

  だがこの墓、じつはフランス革命直後に荒らされ海に投げ込まれてしまったのだという。教会や修道院は宝物があるというので格好の標的にされたのだ。しかしこの略奪者はすぐに死んでしまったそうだ。現在のものは19世紀に再建されたものらしい。ブルターニュ公の墓もこの時破壊されてしまった。どのようなものであったのか、スケッチさえも残されていない。下の写真はSaint Yves聖イヴの頭蓋骨。この教会の貴重な宝である。地下墓地に隠蔽されていて略奪をまぬがれたのである。

  教会内では、ろうそくを買い求め祈りを捧げる列が切れ間なく続いている。そのまわりは花で埋め尽くされ、かぐわしい香りがたちのぼっている。ブルターニュのことがさらに好きになった一日だった。

    参照

  ブルターニュの守護聖人 Saint Yves 聖イヴ

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2006.05.22

Saint Yves聖イヴのパルドン祭 その1

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  Saint Yves聖イヴはブルターニュで貴族の息子として誕生した。7歳の時、Tréguierトレギエで行われた教会のミサに心をうたれ人のために生きようと決心したと伝えられている。学問を修め地元にもどると、両親から受け継いだ領地から得た収入を貧しいものたちに分け与えた。パンも肉も家を暖めるタキギさえもおしみなく差し出したのだ。着るものがないものがいると、自らの衣服を与えることもいとわなかった。彼自身は一日一食、パンや根菜類だけをとり、果物、肉、魚、チーズでさえも食べなかった。復活祭には人々が彼のためにタマゴを持ってきた。それでも彼は微笑んで水しか口にしなかったのだそうだ。Treguier_v2


  私は以前La Cathédrale Saint Tugdualをたずねたことがある。だがほかの場所と一緒に連れて行ってもらっただけで、Saint Yves聖イヴのことを深く調べたことはなかった。上の記述は昨日購入した小冊子から抜粋したものだが、何という高潔さだろう。人々がSaint Yves聖イヴのことを"l'ami des pauvres"「貧者の友」として崇敬し、ブルターニュの守護聖人と呼ぶ理由がよくわかった。
Treguier_v

  21日は雨だった。私とセシル(後日改めて説明したい)がLa Cathédrale Saint Tugdualに到着したとき、すでに記念のミサが始まっていた。教会中に入りきれない人々が教会を幾重にも取り囲みじっと雨に打たれていた。「晴れの日」にふさわしく町中が花々で飾られている。ブルターニュの原野を黄色に染めているgenêtエニシダだ。

   その2につづく

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2006.05.20

ブルターニュの守護聖人 Saint Yves 聖イヴ

St_yves_e1
    5月19日はブルターニュでとても親しまれているSaint Yves聖イヴの日だ。Saint Anne聖アンヌと並んでブルターニュの守護聖人と呼ばれている。Saint YvesあるいはYves Hélory de Kermartin (1250ごろ - 1303)という名前だがほかにも別名がある。Saint Erwan( dans le Trégor, Iwan) Youenn あるいは Eozen (dans d'autres régions)

  Saint Yves聖イヴはTréguierトレギエの近くで生まれた。パリでSt Thomas d’Aquinトマス・アクィナスから指導を受け神学を学び、オルレアンで法学を修めた。そして27歳になったとき、レンヌ司教区で働きはじめた。その後トレギエに帰郷する。

  貧しき人々を助け、正しい裁きをしたSaint-Yvesは、La Cathédrale Saint Tugdualに眠っている。フランスでは職業ごとに守護聖人が定められているのだが、Saint Yves聖イヴは漁師や弁護士の守護聖人としてあがめられている。20日には世界中から弁護士がTréguierトレギエに集まり会議が開かれ、21日には大規模なパルドン祭がある。ちょうどFougèresフジェール城に行く予定にしていたのだが、急遽こちらに行くことにした。身体はひとつしかないので仕方がない。日程はこちらにある。写真は21日に撮影したSaint Yves聖イヴの像。若い弁護士たちを優しく見守っている。

  以前紹介したLa Cathédrale Saint Tugdualの写真はここに。TréguierトレギエにあるErnest Renan(1823-92 思想家・宗教史家・言語学者)の生家の写真はここから。

Saint Yves聖イヴのパルドン祭 その1につづく

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2006.05.19

国際クラシックカーラリー開催中

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  Rallye International du Pays de Fougères国際クラシックカーラリーが金曜日から月曜日までブルターニュで行われています。メインとなるのはFougèresフジェールで、城の中にクラシックカーが並びます。プログラムはここ。世界中から愛好家たちが自慢の車に乗ってやってくるのです。100種類以上のクラシックカーが集まるそうです。

  知り合いが参加する(多分Facel Végaに乗って)というので私も愛車に乗って日曜日にフジェールに行く予定です。私の車、Renault super5 GTR(1987年)も「そのうち仲間入りできるね」などとからかわれていますが、おかげさまでちゃんと動いています。(先日遠出したときにタイヤホイールがひとつなくなってしまったのですが、仕方ありません)。古いけれどボディーにはほとんど傷がなく綺麗なんですよ。それでつい買ってしまったのですが・・・いきさつはああ!大きな勘違い。一か八かの賭けにでるか?ガチガチのドライブに書いています。

  上のような素晴らしいクラシックカーも年代ものですから、走行中にいつ止まっても不思議ではないそうです。「メカに強くないと運転できない」と聞きました。近くに住んでいる方、フジェール城でお会いしましょう。

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2006.05.15

サン・ジルダ・ドゥ・リュイス修道院とアベラール その1

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  12世紀ルネサンスが生んだ神学者アベラールは、弁証法を駆使し論敵を次々と打ち破っていった。その名声も教え子エロイーズとの恋によって急展開する。二人の間には子供が産まれたので極秘に結婚した。だがその事実を知り憤慨したエロイーズの家族が刺客を送りアベラールに最も残酷な復讐を遂げたのだ。

  天沢退二郎さんはこの事件を歌ったフランソワ・ヴィヨンの詩に書かれている肝心の部分を「宮せられて」と翻訳しているが、どういうことかわかるだろうか。アベラールはこの事件を「彼らは彼らの苦しみを引き起こした源である私の体の或る部分を切断したのである」と後に書いている。

  襲った人間たちは厳しい処罰を受けた。アベラールにしたと同様に去勢され、目をくりぬかれたのである。身体の傷が癒えても、精神的恥辱にさいなまれたアベラールはサン・ドニ修道院に引きこもる。一方エロイーズも修道院に入りひっそりと生涯を閉じた。
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  ここまでは有名な逸話であるからフランス中世に関心のある人なら耳にしたことはあるだろう。Site philosophique de l'Académie de Lyonに二人のことを描いた絵画が載っている。

  二人が交わした往復書簡が有名なのだが、それらはアベラールがブルターニュにあるAbbaye de St Gildas de Rhuysサン・ジルダ・ドゥ・リュイス修道院の院長だったときに書かれたものだとはこれまで知らなかった。修道院がある場所はVannesヴァンヌの南。Golfe de Morbihanモルヴィアン湾を抱くように伸びている腕の部分だ。すぐ近くにはChateau de Suscinioスシニオ城もある。

   その2につづく 
    
     追加情報

  Bernadette Soubirous聖女ベルナデッタが眠りについているのはCouvent Saint Gildardサン・ジルダール修道院。こちらはNEVERSヌベールにある。聖女ベルナデッタについてはここに書いている。

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2006.05.06

ブルターニュ、海の幸盛り合わせ

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  ブルターニュの海でとれた新鮮な海の幸をたっぷり味わえるのがFruits de merフリュイ・ドゥ・メールです。この船形にのった生ガキ、数種類のカニ、ラングスティーヌ(エビ)、ハマグリなどの盛り合わせ、実はこれで一人分なんです。カニは食べやすいようにナイフで切ってくれています。

  これは前菜で、このあと魚のグリルとかほかのものを頼むのです。ひとりでは食べきれないのでフランス人の友人と二人で分けて食べました。Fd1これで値段は20~30ユーロくらいです。オマールを選ぶと値段は高くなります。(まだ食べたことがないのですが・・・)。それでも私はお腹いっぱいになったので、デザートだけ食べました。友人がご馳走してくれたのではっきりした値段はわすれました。この友人はもうすぐ結婚するので、お祝いをはずまなくちゃ。

  海の見えるレストランBREIZ ARMORのMonsieur Ségalenは名物シェフ。ちょうど私が行った前の日に日本人観光客が3人来店していたそうです。友人は毎週日曜日ここのカフェでコーヒーを飲むというだけあって、スタッフみんなと知り合いなんです。アペリティフの飲み物をサービスしてくれました。客室32部屋あるホテルもあります。ブルターニュ最古のカルヴェール(キリスト磔刑像)のあるLa chapelle Notre Dame de Tronoënトロノエン・ノートルダム礼拝堂の近くです。

  BREIZ ARMOR
  Plage de Penhors. 29710 PENHORS
  Tel: +33 (0)2.98.51.52.53


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2006.05.05

ブルターニュの城 ブルバンセ城

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  レンヌからサンマロに向かう高速道路を北上する。途中に城の絵が描かれた看板があるので高速を降り、右に曲がると数分でChâteau de La Bourbansaisブルバンセ城に着く。現在の城は16世紀終わりから17世紀はじめにかけて建築されたもの。当時流行していたルネサンス様式の城だ。上の写真は城を正面から眺めたもの。他の写真は右の欄のFlickr写真アルバムからどうぞ。

  ロワール川のほとりにも多くの古城があるが、ほとんどがフランス革命直後に略奪されたり、破壊されたりしていて当時のまま残っている城はほんの数ヶ所しかない。ブルバンセ城も襲われた。だが城内は破壊をまぬがれた。なぜなら当時の城主がおいしいワインをたくさん地下に貯蔵してあったので、しこたまワインを飲みいい気分になった暴徒たちはよっぱらってそのまま帰ったのだという。

  こうしてブルバンセ城は中世のタペストリーや鏡など貴重な品々を無傷で守ることができたのだ。敷地内で見つかったガロ・ローマ時代の金貨や彫刻のある石版などもさりげなく飾られている。テーブルセッティングしてある部屋にはバカラの巨大なシャンデリアが輝き、先祖代々伝わる銀食器が華やかさをひきたてている。

  4月から9月まで毎日タカ狩りと、シカ狩りのデモンストレーションが行われるのだが、見事に訓練されたタカや猟犬の動きは見事だ。実際の狩りに参加したことは以前豊かな森フォンテンヌブロー 伝統の狩りで紹介したが、深い森の中で獲物を見つけるのは容易ではないし、追い詰めるまで銃は使用しないので収穫のないことのほうが多いそうだ。

  この城の敷地は100ヘクタールあり、動物園が併設されている。ライオン、トラ、ヒョウ、ヨーロッパオオカミ、キリン、シマウマなどおなじみの動物に加えて、日本名を知らない珍しいサルがたくさんいる。どの動物も毛つやがよく、繁殖率がとても高いそうだ。もう長いこと動物園に行ったことがなかったので、時間を忘れるほど楽しかった。

  以前は城内に2部屋客室があったが現在は宿泊できない。だが門を入ったところにあるGitesと呼ばれる民宿を城主の家族が経営している。こちらはちょうど改装中で内部を見ることはできなかった。

  Château de La Bourbansais ブルバンセ城
    Le Lézard Tranquille 宿泊一人40ユーロから

     参考資料 敷地の広さ比較

  皇居全体で230ヘクタール
  ニューヨークにあるセントラルパーク340ヘクタール
  ロンドンにあるハイド・パークとケンジントン・パークを合わせて310ヘクタール

  城のホームページが変更されていたのでリンクを変更した(2007 07 18)

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2006.05.03

キットカット タカギホワイト ブルターニュ ミルク

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  Nestleネスレの人気ブランド、Kit Katキットカットから、「Le patissier TAKAGI  タカギ ホワイト ブルターニュ ミルク」が期間限定販売されています。高木シェフが考案したこのチョコレートはフランスブルターニュ産のミルクを100%使用し、そこにエクアドル産ココアバターを組み合わせたとのこと。

  たまたまネットで見つけたのですが、「ブルターニュというからには味見しなければいけない」と日本の友人に頼んで送ってもらいました。郵送代節約のため箱なしにもかかわらず送料だけで400円もかかっています。数日間じっと眺めていたのですが、思い切って食べました。

  私はもともとホワイトチョコが好きなのですが、こくのあるミルクの味がとてもおいしいです。中にウエハースがはいっているので、しつこくなく、食べた後でミルクの香りが口いっぱいに広がります。

  一度に食べるのはもったいないので、また明日食べることにします。いつまで売っているのかわかりませんので、日本の皆さん、急いでお店へ。ブルターニュの写真でも見ながら食べてくださいね。

  このチョコレートの考案者である高木さんのお店のHPと最新の本は以下のとおりです。
  Le patissier TAKAGI ル・パティシエ・タカギ ホームページ
  高木康政のチョコレート―幸せをはこぶ27のレシピ

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2006.04.24

ナショナル ジオグラフィックのケルト特集

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  4月号のNational Geographicナショナル・ジオグラフィックがCeltes Appealケルトの魅力という特集を組んでいます。スコットランドやコーンウォールで行われているケルトの祭典の摩訶不思議な写真が目をひきます。

  この写真を撮影したのはアメリカ人のJim Richardsonジム・リチャードソンさんです。ケルトの伝統を受け継ぐヨーロッパの国をくまなく巡っています。彼はブルターニュにも撮影に来ました。フィニステールで精力的に撮影をこなしたそうですが、残念ながら紙面にはブルターニュの様子は載っていません。

  私は偶然この話をブルターニュの友人宅で聞きました。私はいつも寝袋持参で行って泊めてもらうのですが、ある夜友人が撮影したビデオを見たのです。その中にジム・リチャードソンさんが写真を撮っているところも写っていました。笑顔を絶やさず、写真を撮るのが楽しくて仕方がないようでした。フランス語ができない彼のために撮影のコーディネイトや通訳をしたのが私の友人だったわけです。ですから紙面を見てもその撮影風景が頭に浮かんできます。「あともう一枚と言いながらいつまで待っていても撮影を止めないんだ。ものすごい量を撮っているよ」と友人は話してくれました。
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  ナショナル・ジオグラフィック日本語版4月号の表紙はフランス語版と異なり「大地震」になっています。内容も全く同じではありません。フランス語版のLa quête du roi Arthurアーサー王探求が日本語版にはありません。そのかわり欧州の辺境に息づくケルトの心にはオンラインだけの写真も公開されていますし、音楽と朗読の視聴もできるようになっています。是非聞いてみてください。

  「ケルト」という言葉についての論争があることは、ケルトについて考えるに書いていますが、アイルランドにある考古学博物館でもこのことを話し合いました。改めて別のエントリーでまとめたいと思います。

  追加情報 2006 05 09

  日本語版では5月号にアーサー王特集がのったようです。

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2006.04.20

岸恵子さんが案内するとっておきフランス旅

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ブルターニュに住む日本人の友人から一冊の本を借りました。岸恵子さんのフォト・エッセイ集、私のパリ 私のフランスです。

  昨年12月に発売された本で、テレビ朝日が今年の正月に放送した「岸恵子さんが案内するとっておきフランス旅」に関する秘話がふんだんに盛り込まれています。私は放送を見ていないのですが、放送終了後日本の友人がすぐに内容を伝えてくれていました。パリの風景に加えて、ブルターニュ関連ではモン・サン・ミッシェル、グラニット・ローズ海岸、サン・ギレッグ、クレープリー、ダンス・ブルトンなどの映像があったそうです。

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  番組の中で紹介されていたla Côte de Granit Roseグラニット・ローズ海岸にはペロス・ギレックの海に書いたように赤みがかった花崗岩の巨石が海岸を埋め尽くしている独特の美しい海岸線があります。ここで、岸恵子さんが俳優の岡本建一さんと一緒に訪れたのがSt-Guirecサン・ギレッグの祠です。干潮の時は歩いて行けますが、満潮になると海の中に浮かぶようにたたずんでいます。

  「恋が成就することを願いながらこの聖人の鼻に針を刺すと結婚できる」という言い伝えを実践したために、聖人の顔は穴だらけになっています。日本の「針刺し地蔵」と同じですね。はたして乙女たちの祈りは叶ったのでしょうか?

  この本にはジャン・コクトオ最後の演出の舞台「濡れ衣の妻」に出演したこと、そして楽屋を訪れた三島由紀夫さんが「演出も演技も素晴らしい」と絶賛したことが書かれています。この舞台を見た日本人はほんの数人だったそうですから、不思議な巡り会わせです。彼はフランス文学に関する文章も残しています。三島由紀夫のフランス文学講座。そしてご本人いわく「スペイン植民地風の家」の美しい洋館に住んでいました。三島由紀夫の家

  笑顔がまぶしいほど輝いている岸恵子さんの何と若々しいことでしょう。ちょうど水辺ではヤナギの木がみずみずしい若葉をつけはじめています。一見折れそうに見えるかぼそいヤナギの枝がしなやかに強風をかわしてゆく、そんな風景と重なって見えました。(フランスではヤナギは美しいものの象徴なんです。フランス人は恋人たちの木と考えているようです。日本はヤナギの下に幽霊がいるのですからちょっと違いますね)。

*エッフェル氏のお屋敷にも関連記事があります。

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2006.04.15

ブルターニュ旅行に役立つ日本語情報

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  フランス政府観光局のブルターニュ情報。ここに新しくBretagne comの日本語版ができています。ここでおもな町の基本情報はわかります。でもその町にどうやって行ったらいいのか、このたぶん観光するさいに一番重要な情報は書いてありません。

  具体的なことがよくわかるのはフランス・ツーリズム旅行情報局ブルターニュ地方です。少し古い情報もありますが、国鉄、バスなどのアクセスがまとめられていて便利です。

  レンヌ駅でモン・サン・ミッシェル、サン・マロ、ディナン、カンカル行きのバス乗り場がわからず、探している日本人が非常に多いのですが、駅のエスカレーターを降りいったん外に出て、すぐに右にある建物「Gare routiere」(バスターミナル) がそうで時刻表はここにあります。

  駅員に場所がどこか聞いているのもかかわらず、駅前の広場をさまよって遠くまで行ってしまう人たちが多いのです。なぜかというと、普通の市内バスの停留所が目の前にあるので、そちらに行ってしまうのですが、モン・サン・ミッシェルに行くバス停留所は建物の後ろなので、見えないからです。レンヌ駅で迷っている日本人観光客を見かけるたびに「切符をその建物の中で買って、バス乗り場は建物の裏にありますから」と声をかけるのですが、ここは確かにわかりにくいので注意が必要です。

  ありきたりではなく、個性的な旅がしたいなら宿がポイント。これまで紹介したブルターニュのホテルはLe Relais Saint Michelル・ルレ・サン・ミッシェルと Le Clos de Vallombreuse ル・クロ・ドゥ・ヴァロムブルーズだけですが、ブルターニュにはかつての城や邸宅を改装したホテルもあります。

  それらの優雅なホテルを写真と音楽で見られるのが読売ニュースストリームのまだ見ぬホテルへです。建築家の稲葉なおとさんの下記の本をまとめたものですが、ブルターニュのホテルも13ヶ所紹介されています。なかでも動物園のあるホテルがブルターニュにあるとは驚きました。トラやキリンまでいるから本格的ですね。あとで検索してみたら、レンヌからサン・マロに行く途中なのです。全く知りませんでした。そこでさっそく現地に行ってきました。次回報告しますのでお楽しみに。

  Château de La Bourbansaisですが、残念ながら現在は城の中に宿泊することはできません。
  
  稲葉 なおとさんの著書
  アール・デコザ・ホテル
  まだ見ぬホテルへ
  遙かなるホテルへ
  Hotels(ホテルズ)

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2006.04.13

桜が見ごろ

Sakura  もうすぐ、ブルターニュを旅行するという方から「危険はないでしょうか」とメールをいただきました。最低気温は0度前後と寒いのですが、春の花が咲いていて、田舎はとても美しい時期です。もう催涙ガス弾が使用されるようなことはないと思います。どうぞ、ブルターニュの春を楽しんでください。

Sakura1  上の写真はレンヌ第二大学の西側にある桜並木。下はサン・シールという地域の小さな公園の中で撮りました。フランスはストライキやデモが頻繁に行われるので、鉄道、バスの情報だけ気をつけてくださいね。

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2006.02.22

白波のたつ冬の海

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    冬の海は波が高い。この写真は日曜日、友達と行ったブルターニュ南西部、Phare d'Eckmühlエクミュール灯台横の海。トリスタンと白い手のイズーが暮らした城で書いたようにトリスタンがイズーの船を待っていたと伝えられる場所だ。

  雨が一日中降っていたのでカメラを濡らさないよう傘をさしていたのだが、強風で骨が1本折れてしまった。これで何本目の傘だろう・・・どれほどの風だったのか、友達が写真を撮っている私の姿をカメラにおさめメールで送ってきたのでお見せしよう。
  

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2006.02.20

ブルターニュの特選新製品 Prix Meilleure Nouveauté en Bretagne 2006

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    ブルターニュの企業がまとまって国内外に物産を紹介しているのが、Produit en Bretagneである。毎年新発売になったブルターニュの製品からよりすぐられたものに賞が与えられている。2月17日総会が開催され、Prix Meilleure Nouveauté en Bretagne 2006、今年の特選新製品が発表された。Confitures_1
  上の写真が各分野の受賞者たちだ。おのおのの発表は左の写真のようにして行われた。家族だけとわずかな従業員が小さな工場でつくっているような製品も選ばれていて、喜びを隠せない様子だった。授賞式のあと試食会があったが、候補にあがったものもどれもおいしかった。

昨年の受賞製品はこちら

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2006.02.09

ブルターニュ特産 シードル その2

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ブルターニュにはおいしいものがたくさんあるが、Cidreシードル(リンゴの発泡酒)もそのひとつ。特に自家製のものは生産者によって味が微妙に異なる。今日紹介するのはCidre Bouché de Bretagneという名前で写真がオーナーのJean-Pierre Sémeryさんである。

  これはアルコール度5%、林檎のほんのりと甘い香りとさわやかなのどごしがとてもおいしかった。ここでは林檎ジュースなども作っている。レンヌのバーではシードルをおいているところは多くないのだが、クレープリーではみんなシードルを飲んでいる。こうやって生産者と話すチャンスがあるのも、地元ならではの楽しみである。

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2006.02.07

ツタのからまる家

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  まだ寒い日が続いていて風邪がとてもはやっている。キューバに行っていた友人が何枚か南国の写真を送ってきた。少々夏の日差しが恋しいので、昨年夏の写真を紹介しよう。

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  ブルターニュにはアジサイがたくさん植えられている。アジサイはシーボルトがヨーロッパに持ち帰り改良したものだ。シーボルトは日本人女性「小滝さん」にちなんで、大輪で美しい品種に「オタクサ」と命名したそうだが、学名はHydrangeaでフランス語ではhortensiaオルタンシアという。この名前はフランスの植物学者Philibert Commersonコメルソンが別の女性の名前から名付けたもので「小滝さん」とは関係ないそうだ。

  こちらのアジサイの色は非常にバリエーションに富んでいるのだが、青色や紫色に近いような深い色をしていることが多い。土壌の成分がこのような色を生み出したのだという。それにしてもこの家、ツタが家を多い尽くしていて窓も開かないのではないだろうか。
 

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2006.02.03

トンケデック城を望む

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    曲がりくねった道の木立の向こうに城が姿をあらわす。まさに中世の騎士たちが腕試しに訪れる秘境にあるかのように見える。実際にはここをくだって畑の中の小道を進んでゆくとあるのだが、ここからの眺めた城は堂々としていて「眠れる森の美女」がいると言われても不思議には感じない。

  秋から春まで管理人もいないので私も敷地内部には入っていないのだが、下のリンクのDiaporamaから写真を見ることができる。かつての姿を描いたデッサンもある。
  
Château de Tonquédec

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2006.01.29

ブレイス語大賞 Les Prizioù 2005

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  第7回目を迎えるブレイス語大賞Les Prizioùの授賞式がサン・マロを発着する客船Brittany-Ferriesブリタニー・フェリーの船上で行われた。これまで授賞式はこの授賞式はブルターニュ西部で開催されていて、今年はじめてHaute-Bretagneブルターニュ東部のサン・マロが会場になった。

  ブレイス語振興に役立っている6つの分野であらかじめ3つの候補が選出され、この日会場で受賞の発表があった。この様子はテレビ局France 3のブレイス語番組RED AN AMZERが公開録画し22日に放送された。

le prix du meilleur livre jeunesse en breton ブレイス語児童文学賞
le prix du meilleur livre en breton ブレイス語文学賞
le prix de la meilleure émission de radio en breton ブレイス語ラジオ番組大賞
le prix du meilleur film télé ブレイス語テレビ番組大賞
le prix du meilleur CD ブレイス語CD大賞
le bretonnant de l’année ブレイス語大賞

  voix この日e prix du meilleur CD ブレイス語CD大賞に選ばれたのはKanerion Pleuigner Choeur D'Hommes de Pluvignerだった。このCDは教会で歌われる聖歌の男性コーラスの歌声を録音したもので、2枚組、90ページもの詳細な解説が付いている。右の写真がそうである。

  このところずっとこのCDを聴いているのだが、bombardeボンバルドやorgueパイプオルガンの荘厳な響きと力強い歌声が素晴らしく、ブレイス語の魅力を再認識した。普段はそれぞれ農業、大工、技師などの仕事についている人たちなのだが歌うことに誇りを抱き、心底楽しんでいることがよくわかる。録音は以下の2ヶ所、la basilique de Sainte Anne d'Auray 、Pluvignerで行われている。

       参考資料

  Voix d'hommes à la cathédrale : sublime 歌声を何とか聴けないかと探したら、ライブビデオがあった。一番上のリンクをクリックすると、ビデオが始まる。
  Sainte Anne d'Aurayサン・タンヌ・ドーレイはブルターニュ最大のパルドン祭の行われるところ。その由来はここに書いている。

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2006.01.28

トリスタンと白い手のイズーが暮らした城

t_y   この週末、Carhaixカレという町に行くはずだった。ところが昨日電話があって、気温が下がって雪になりそうだから会議を3月に延期するということだった。この予報どおり、土曜の朝から雪が降っている。細かなパウダー状の雪が数センチ積もった。

  違うことをネットで調べていて、驚くような情報を見つけた。トリスタンと白い手のイズーが暮らした城はカレにあったというものだ。この町、本のフェスティバルで訪ねたことがある。そして車のバッテリー交換もした。でもそれだけで、町を歩いてはいないのだ。

  私はずっと、トリスタンが暮らしていたのはパンマルク岬のエクミュール灯台のあるところ付近の高台だったのだと考えていた。それでその灯台は2度訪ねた。「ここでトリスタンの命がつきたのだ」と感慨にふけったものだ。だがカレというのはブルターニュの内陸部にあるので、これまで全く考えたことがなかった。

  あわててトリスタン・イズー物語(Joseph Bédier)を取り出して読んでみると「トリスタンはカルエーをさして駒を駆った」と確かに書いてある。信仰と愛と    フランス中世文学集 1の記述「カレの聖トレムール」にも「ブルターニュのカレ」と注釈があるではないか。

    手元にあるfolio classique(André Mary)にもCarahès(Carhaix)という説明があった。すっかり細部を見落としてしまっているのだが、このことを調べた日本語の記述はまだ読んだ事がない。きっと誰かが調べているだろうが。ご存知の方はお知らせください。

  興奮してじっとしていられないので今すぐにもカレに行きたいところだが、午前11時の気温はマイナス4度。今年一番の冷え込みなので、週末はじっと家にいたほうがよさそうだ。日本に帰国してからこんなことを見つけたらくやしくて夜も眠れないところだが、ここはブルターニュ。自分の目で確認に行けるとは幸せだ。2月中旬に近くまで行く用事もあるし、それまでにもっとよく調べてから行くことにしよう。

  日本で手にはいるそのほかのトリスタンとイズー物語   トリスタン・イズー物語 説明はここから
  Tristan Et Iseult     Tristan and Iseult

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2006.01.19

3月18日パリでケルトフェスティバル開催

st-p  毎年ブルターニュではLorientロリアンで大規模なFestival interceltiqueが開催される。昨年のフェスティバルには1日だけしか行けなかったのだが、町中がお祭り気分で盛り上がっていた。